☆本話の作業用BGMは、『セシールの雨傘』(飯島真理)でした。
所謂、マ●ロスのミ●メイさんですね。
当時、本格的な歌手デビュー目前に声優のオーディションを受けたら通ってしまったという。珍しい経歴の持ち主。逆だったらどうだったのかなあ、と考えてみたり。
このお歌、暗い(?)曲調ですが、割と好きです。
あの「――アレ、覚えてる?(健忘なの?)」という代表曲より好きです。
ーーーーーー
二人、夢中でソフトクリームを貪った。
金髪幼女は物凄い勢いで咀嚼し、コーンの端っこを名残惜しそうに、口中へそっと放った。
無言で瞑目。眉毛が力無く垂れた。
私も一足遅れで食べ切り、再びお地蔵さんのような顔になった幼女へ、
「私、『あやめ』っていうんだけど、君は――」
名乗ってしまった。そんな必要もないと思うんだけど。
少し頭がぽーっとする。
(ぼく……眠くなってきたよ、パ●ラッシュ……)
なんでか、頭の中でネロ少年? がひと言囁いた気がした。
「偉いのう、ちゃんと自分から名乗るかえ。——ときに、どんな字じゃ?」
「えと……『い●えみ綾』の『綾』に……『女ぎつねon the Run』の『女』だよ?」※1
「マニアック過ぎてさっぱり分からんのう。ワシは……ジョセフィーヌという」
「外国の人? ハーフ?」
「ぽいじゃろうが違う」
問われるまま身の上を少し語ってしまった。なんで?
ふと肌寒くなって、思わず両腕を抱き締める。
ジョセフィーヌちゃんは膝下をぷらぷらさせてて、そのうち片方の健康サンダルがポンッと飛んで行った。
あ、と思って立ち上がりかけたら、誰かがサンダルを拾い上げた。
視線を上げると、ジャージ姿の若い男が二人、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「む。噂のオラオラ系というヤツかえ?」
幼女がどんよりとした声で囁く。
「彼女ぉーカワイイじゃーん」
「高校生? 中学生? なんか暖かいもんでも飲みに行こうや」
ガニ股でゆっくり間を詰める二人。「オラオラ」という音が漏れ聞こえそう。
これナンパ? なの? カワイイってどっちのこと?
ジョセフィーヌちゃんを横目に見ると、無表情。
どうしよう。一緒に逃げた方がいい? でも彼女の保護者が――。
と、突然。二人が糸の切れた人形のように、ふいーっと頽れた。
倒れたまま白目を剥いている。
背後に背の高いシルエット。
若干逆光で見えづらいその姿——制服姿の女子高生風。ギャルっぽい風貌、何色か分からない濃い目のシュシュで髪を纏めている。
彼女はしゃがみ込み、サンダルを拾って、
「お待たせで~す、姫」
「……そりゃなんじゃ? こすぷれと申すやつか?」
ジト目のジョセフィーヌちゃんに、ギャルがサンダルをそっと渡し、
「どうでしょう? まだわたくしもイケますか?」
その場でコマのように回って見せた。
猛烈に短いスカートが花のように舞い、黒だか紫だか、そんな感じの際どい下着がチラと覗く。
足元はルーズソックスだ。
何がナンだか……座ったまま口を開けて硬直している私に、
「大事なくて良かったわぁ~お嬢さん」
「……あ、あの……今、ナニヲシタんですか?」
私の目は泳ぎまくっているに違いない。
背の高いギャルは顎に人差し指をあてると、ほんの間思案して、
「えーと」
(えーと?)
「ああ、『当て身』というやつね。時代劇でよく見るでしょ?」
「……時代劇はあんまり……」
「あらそう。平たく言うと、達人の業ね!」
ギャルがニッコリ笑った。
それを見たら、なんか一気に安心しちゃった。
突然、ジョセフィーヌちゃんがパッと立ち上がり、
「冷たいモン腹に収めたゆえ、シコリが出来ぬうちにゴーホームじゃ!」
ギャルの背にひょいっと飛び乗った。あっという間。
「あやめ、馳走になった。礼はいずれな。サバラ!」
「え、えっ?!」
あ、と思う間もなく、二人の姿が一瞬で消えた。
——気が付いたら、とっぷり日が暮れている。
夢でも見ていたような気分で頭がふわふわ、門限ヤバイけど立ち上がる気にならない。
当て身って言うのか、アレ……。
なんとゆうか——
「ギャルかっけー」
無意識に漏れていた。
数日後。
『綾女ちゃんへ Jより』
という、少し怪しげな熨斗の付いた、「箱詰めのどら焼き」が寺に届いた。
うっすら湯気が立ってて、ちょっとびっくり。
◇◇◇
試験は無事終了。
前日綾女に(無理くり)渡された地図を頼りに余裕で会場へ到着。
緊張からか3級は予想外に悪戦苦闘し、午後の1級に尋常でない暗雲が。
気合を入れ直したのが功を奏したのか、1級本番は気持ち悪いくらいスムーズだった。
——帰途、山手線に揺られながら橙色に染まる町並みをぼんやり眺めていると、ふと気が付いた。
山手線なんて何年振り? 今頃? ああ、朝はほんと慣れないことしてテンパってたんだな……。
得心がいった途端、急に体が重量を増した風に、ズルズルと椅子に沈み込んだ。
☆☆☆
年が明けましたよ皆の衆。
この寺で、おおよそ十年ぶりに迎えた正月は、特に変わり映えのないものでした。
初詣客はまばら、あまり人気のない寺なのでしょう。
☆☆
月半ば、通知が二通届きました。所謂、合否の通知。
学校から帰り着き、私はそれを目にしたまま暫く硬直しておりました。
翌日――5時間授業でいつもより早く学校を去ると、美冬さんと一緒に八幡様へ。
銀杏のカーテンの所為で年中薄暗い社。
今日は珍しくぽかぽか陽気ですが、ここは左程その恩恵が感じられません。
二人揃ってオグラ名誉会長へ恒例のご挨拶。
少し離れた社の階段上に、小さな鳥が一羽佇んでおります。
「オウム?」
「インコではないでしょうか」
ああ、左様で。
「会長のお知り合い? あ、ひょっとして晩御飯に?」
その黄色い鳥は、
「バンゴハン! バンゴハン!」
バタつきながら元気よく鳴きました。
「シュール(晩御飯が晩御飯と鳴くでしょうか?)……お友達じゃないですか、会長の」
美冬さんはお優しい。
第一感が「晩御飯」の私とは違います。
「……じゃ食べないの?」
会長は目を閉じて蹲ったまま。
ヒンヤリとした石段に二人腰を下ろし、震える手で例の通知を開封しようと――いたしますが。
「何某かの中毒症状のような……わたくしが開けましょうか?」
「い、いえいえ、ヒトリデデキルモン」
「でしょうね」
力任せにいったら真ん中で破れた。は、ははは。
「神幸さん落ち着いて」
「へあい?!」
3級はナント不合格。
「……」
「……まあ、本命はこちらですからね」
美冬さんは妙に落ち着いている。
ぐらぐら沸騰する寸前の頭の中に、あの苦闘の日々が蘇り……。
「――おめでとうございます」
抑揚のない声で、覗き込んだ美冬さんが呟きました。
——1級合格の文字。
スッと、美冬さんが私の体を抱き締めました。
ああ、すんげーいい香り……なんだろ? トイレの芳香剤とは違う感じの……。
美冬さんのどアップに腰が砕けそう。
顔を向けられなくて、でもお礼が言いたくて――私の口は音も無くパクパクするだけでした。
☆☆☆
そのまま春家にお邪魔を。
美冬さんが卓袱台に置いたのは、小さな暗黒のケーキ。
いや、ブラックホール……?
「チョコ?」
「あんこです。お好きでしたよね?」
「え、ええ、まあ」
あんこでコーティングされたケーキ……美冬さん手づからのケーキを口に入れると……。
一瞬で、あれやこれやがフラッシュバックいたしました。病気じゃ?
真正面に座った美冬さんが静かな眼差しで、
「あらためて、おめでとうございます。神幸さん、優勝です」
手にした携帯から、何やら音楽が。
あ、これ、表彰式の?
脳内に日の丸が浮かぶと、脳内評議員たちが君が代を口にします。
私は美冬さんの――整い過ぎなご尊顔を見詰め、
「あ……あり……ありがとう……ございます……」
震える唇で絞り出すと、ほろ——と涙が零れました。
美冬さんは――菩薩の如き微笑を浮かべ、男らしいサムズアップをしてみせたのでございます。
ーーーーーー
※1 『いくえみ綾』——漫画家。『女ぎつね――』はバービーボーイズの曲。
所謂、マ●ロスのミ●メイさんですね。
当時、本格的な歌手デビュー目前に声優のオーディションを受けたら通ってしまったという。珍しい経歴の持ち主。逆だったらどうだったのかなあ、と考えてみたり。
このお歌、暗い(?)曲調ですが、割と好きです。
あの「――アレ、覚えてる?(健忘なの?)」という代表曲より好きです。
ーーーーーー
二人、夢中でソフトクリームを貪った。
金髪幼女は物凄い勢いで咀嚼し、コーンの端っこを名残惜しそうに、口中へそっと放った。
無言で瞑目。眉毛が力無く垂れた。
私も一足遅れで食べ切り、再びお地蔵さんのような顔になった幼女へ、
「私、『あやめ』っていうんだけど、君は――」
名乗ってしまった。そんな必要もないと思うんだけど。
少し頭がぽーっとする。
(ぼく……眠くなってきたよ、パ●ラッシュ……)
なんでか、頭の中でネロ少年? がひと言囁いた気がした。
「偉いのう、ちゃんと自分から名乗るかえ。——ときに、どんな字じゃ?」
「えと……『い●えみ綾』の『綾』に……『女ぎつねon the Run』の『女』だよ?」※1
「マニアック過ぎてさっぱり分からんのう。ワシは……ジョセフィーヌという」
「外国の人? ハーフ?」
「ぽいじゃろうが違う」
問われるまま身の上を少し語ってしまった。なんで?
ふと肌寒くなって、思わず両腕を抱き締める。
ジョセフィーヌちゃんは膝下をぷらぷらさせてて、そのうち片方の健康サンダルがポンッと飛んで行った。
あ、と思って立ち上がりかけたら、誰かがサンダルを拾い上げた。
視線を上げると、ジャージ姿の若い男が二人、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「む。噂のオラオラ系というヤツかえ?」
幼女がどんよりとした声で囁く。
「彼女ぉーカワイイじゃーん」
「高校生? 中学生? なんか暖かいもんでも飲みに行こうや」
ガニ股でゆっくり間を詰める二人。「オラオラ」という音が漏れ聞こえそう。
これナンパ? なの? カワイイってどっちのこと?
ジョセフィーヌちゃんを横目に見ると、無表情。
どうしよう。一緒に逃げた方がいい? でも彼女の保護者が――。
と、突然。二人が糸の切れた人形のように、ふいーっと頽れた。
倒れたまま白目を剥いている。
背後に背の高いシルエット。
若干逆光で見えづらいその姿——制服姿の女子高生風。ギャルっぽい風貌、何色か分からない濃い目のシュシュで髪を纏めている。
彼女はしゃがみ込み、サンダルを拾って、
「お待たせで~す、姫」
「……そりゃなんじゃ? こすぷれと申すやつか?」
ジト目のジョセフィーヌちゃんに、ギャルがサンダルをそっと渡し、
「どうでしょう? まだわたくしもイケますか?」
その場でコマのように回って見せた。
猛烈に短いスカートが花のように舞い、黒だか紫だか、そんな感じの際どい下着がチラと覗く。
足元はルーズソックスだ。
何がナンだか……座ったまま口を開けて硬直している私に、
「大事なくて良かったわぁ~お嬢さん」
「……あ、あの……今、ナニヲシタんですか?」
私の目は泳ぎまくっているに違いない。
背の高いギャルは顎に人差し指をあてると、ほんの間思案して、
「えーと」
(えーと?)
「ああ、『当て身』というやつね。時代劇でよく見るでしょ?」
「……時代劇はあんまり……」
「あらそう。平たく言うと、達人の業ね!」
ギャルがニッコリ笑った。
それを見たら、なんか一気に安心しちゃった。
突然、ジョセフィーヌちゃんがパッと立ち上がり、
「冷たいモン腹に収めたゆえ、シコリが出来ぬうちにゴーホームじゃ!」
ギャルの背にひょいっと飛び乗った。あっという間。
「あやめ、馳走になった。礼はいずれな。サバラ!」
「え、えっ?!」
あ、と思う間もなく、二人の姿が一瞬で消えた。
——気が付いたら、とっぷり日が暮れている。
夢でも見ていたような気分で頭がふわふわ、門限ヤバイけど立ち上がる気にならない。
当て身って言うのか、アレ……。
なんとゆうか——
「ギャルかっけー」
無意識に漏れていた。
数日後。
『綾女ちゃんへ Jより』
という、少し怪しげな熨斗の付いた、「箱詰めのどら焼き」が寺に届いた。
うっすら湯気が立ってて、ちょっとびっくり。
◇◇◇
試験は無事終了。
前日綾女に(無理くり)渡された地図を頼りに余裕で会場へ到着。
緊張からか3級は予想外に悪戦苦闘し、午後の1級に尋常でない暗雲が。
気合を入れ直したのが功を奏したのか、1級本番は気持ち悪いくらいスムーズだった。
——帰途、山手線に揺られながら橙色に染まる町並みをぼんやり眺めていると、ふと気が付いた。
山手線なんて何年振り? 今頃? ああ、朝はほんと慣れないことしてテンパってたんだな……。
得心がいった途端、急に体が重量を増した風に、ズルズルと椅子に沈み込んだ。
☆☆☆
年が明けましたよ皆の衆。
この寺で、おおよそ十年ぶりに迎えた正月は、特に変わり映えのないものでした。
初詣客はまばら、あまり人気のない寺なのでしょう。
☆☆
月半ば、通知が二通届きました。所謂、合否の通知。
学校から帰り着き、私はそれを目にしたまま暫く硬直しておりました。
翌日――5時間授業でいつもより早く学校を去ると、美冬さんと一緒に八幡様へ。
銀杏のカーテンの所為で年中薄暗い社。
今日は珍しくぽかぽか陽気ですが、ここは左程その恩恵が感じられません。
二人揃ってオグラ名誉会長へ恒例のご挨拶。
少し離れた社の階段上に、小さな鳥が一羽佇んでおります。
「オウム?」
「インコではないでしょうか」
ああ、左様で。
「会長のお知り合い? あ、ひょっとして晩御飯に?」
その黄色い鳥は、
「バンゴハン! バンゴハン!」
バタつきながら元気よく鳴きました。
「シュール(晩御飯が晩御飯と鳴くでしょうか?)……お友達じゃないですか、会長の」
美冬さんはお優しい。
第一感が「晩御飯」の私とは違います。
「……じゃ食べないの?」
会長は目を閉じて蹲ったまま。
ヒンヤリとした石段に二人腰を下ろし、震える手で例の通知を開封しようと――いたしますが。
「何某かの中毒症状のような……わたくしが開けましょうか?」
「い、いえいえ、ヒトリデデキルモン」
「でしょうね」
力任せにいったら真ん中で破れた。は、ははは。
「神幸さん落ち着いて」
「へあい?!」
3級はナント不合格。
「……」
「……まあ、本命はこちらですからね」
美冬さんは妙に落ち着いている。
ぐらぐら沸騰する寸前の頭の中に、あの苦闘の日々が蘇り……。
「――おめでとうございます」
抑揚のない声で、覗き込んだ美冬さんが呟きました。
——1級合格の文字。
スッと、美冬さんが私の体を抱き締めました。
ああ、すんげーいい香り……なんだろ? トイレの芳香剤とは違う感じの……。
美冬さんのどアップに腰が砕けそう。
顔を向けられなくて、でもお礼が言いたくて――私の口は音も無くパクパクするだけでした。
☆☆☆
そのまま春家にお邪魔を。
美冬さんが卓袱台に置いたのは、小さな暗黒のケーキ。
いや、ブラックホール……?
「チョコ?」
「あんこです。お好きでしたよね?」
「え、ええ、まあ」
あんこでコーティングされたケーキ……美冬さん手づからのケーキを口に入れると……。
一瞬で、あれやこれやがフラッシュバックいたしました。病気じゃ?
真正面に座った美冬さんが静かな眼差しで、
「あらためて、おめでとうございます。神幸さん、優勝です」
手にした携帯から、何やら音楽が。
あ、これ、表彰式の?
脳内に日の丸が浮かぶと、脳内評議員たちが君が代を口にします。
私は美冬さんの――整い過ぎなご尊顔を見詰め、
「あ……あり……ありがとう……ございます……」
震える唇で絞り出すと、ほろ——と涙が零れました。
美冬さんは――菩薩の如き微笑を浮かべ、男らしいサムズアップをしてみせたのでございます。
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※1 『いくえみ綾』——漫画家。『女ぎつね――』はバービーボーイズの曲。