☆本日の作業用BGMは、『君への道』(伊藤薫)でした。
別タイトルで色んな方がその後歌っていらっしゃいますが、自分はやはりこれです。
ーーーーー
朝から霧雨が降りしきる一日。
開店早々、爽太くんが事務所にいらっしゃいました。
ご両親のお帰りが遅いそうで、ここで二人一緒に夕食をいただくことになっております。
勿論、ご両親公認です。食事の話です。うぐ。
「○○ちゃんとマ○クでお茶した」とかいう偽のアリバイ作りではありません。
知り合いの家~で吸ったデイ――イエ○タデイでもありません。
師匠の家(寺)で夕飯お呼ばれ、という事になっております。
あれ? 偽アリバイみたい。
数日前からウキウキで迷い、結局、宅配の「にぎり寿司」にしました。理想は焼肉でしたが。
爽太くんはまだ山葵に抵抗があるらしいので、全て「サビ抜き」で注文です。
多少奮発して、ランクで言えば「松・竹・梅」の「竹」です。三人前。プラス鉄火巻きを少々。
このお天気ですと、どのみち来店客は見込めないので(投げやり)、爽太くんには先に宿題を片付けていただきます。
私も机に向かい、タブレットでエロい漫画や無料動画に没頭します。ミュートです。
傍目には真剣に見えるものと自負しております。私の集中力をみくびらないでくださいませ。
時折、爽太くんが質問やらで傍にやってきますが、さりげなく自然に画面を切り替えるので心配ご無用ですよ、お母さま。
エロエロとドキドキのシチュエーションで、まあ人並みに興奮もするわけですが、下着が××××××になるようなことはございません。それくらいの慎みはあります。重ねて心配ご無用です、お母さま。
……先程トイレに行きましたが……ま、まあ、大丈夫でしたよ?
☆☆☆
和気藹々、モリモリお寿司をいただき、熱いお茶でまったりしておりますと、あろうことか表でカランと鳴ったではありませんか。
時刻は五ツ(午後八時)になろうかというところ。
舌打ちひとつ(いけません)マジックミラーに向き直ると――傘立てにビニール傘を差し込んでいるのは、「あの」おじさんでした。
先般、柴又で遭遇した「スカウト擬き」の男性。
思わず爽太くんと顔を見合わせました。
☆☆☆
くたびれたスーツ姿で椅子に腰掛けると、暫く説明とボタン群をチラチラ窺っておりましたが、やがて『ありもり●べりいま●かり』というボタンをぼちっと押下しました。
これなんだろ?
【んちゃ!】
左手を挙げ、ご陽気にひとこと。
横の爽太くんがぽかんとしております。
「ツイてない御苑へようこそ。あの、私の声はどなたの――」
【俳優の有森●実さんだ! ファンなんだよな】
「ああ、なるほどそういう」
【ここは告解できんのか?】
「カトリックではありませんので、そういうのはちょっと」
【そうか……】
サングラス奥の目を細め、
【俺さ、これでも一応、経営者なんだよ。零細芸能事務所の端くれだけどな】
わたしの周囲は端くれが多いようですね、お母さま。
自ら「零細」で「端くれ」と言うあたりは潔いです。
【零細だから、自分でスカウトもするわけ。この間ちょっとした逸材と遭遇したんだけど、アプローチをしくじってなあ……】
意外と整っている口ひげをちょいちょい撫でます。
「それはツイてないですね!」
横っちょから爽太くんがヤケ気味に叫びました。
ちよとお顔が強張っております。
【お? おお、そうだな】
「逸材とは?」
【スターだよスター。錦●以来のスター!】
「そんな長い事スターが不在でしたか」
【あ、ヒロミGO以来かな】
タイムスリップしてきたのでしょうか、おじさん。
随分芸能史が飛んでいるようです。
【女の子二人――中々のレベルだったな――それと小学生の坊主がひとり。姉弟って感じじゃねえな。思うに、女の子は代アニの声優科で、ガキは一時預かりの遠縁――可哀想に両親は早くに亡くなった、そんなトコだろ】
「……左様でございますか」
零細の理由が腑に落ちました。
見立てズレまくり。
爽太くんがジト目で睨んでいます。「ガキ」がお気に障ったやも。
【背の高い女の子はちょっと面白い素材だった。アイドルよりアクション系俳優かもな。「女・ジェット・リー」……いや、「女・志●美悦子」って路線でドカン! と――】
「志穂●さんも女性ですが――」
【方々探して、こんなトコまで来ちまったぜ……】
「どこがそんなにお気に召したので?」
【クール! ヅカの男役風でさ。全身黒の衣装が嵌る美しさちゅうか】
「……はあ」
【黒いパンツがまたキュートでよ】
思わず立ち上がり中腰に。くそ、見られていたか。
えっ、黒タイツ越しに見えた?
……端くれ恐るべし。
爽太くんがあさってをスンと眺めております。
【あろうことか、ガキがナイト気取りで邪魔しやがってな】
こほ、とひとつ、爽太くんがひと息零しました。
腕組みで仁王立ち。
ジリジリと前方へ近寄りつつ、キッとおじさんを睨み付けます。
【情けない事に、ガキに気圧されて腰抜かしちまった。アハ!】
突然大口を開けて、ガハハと笑います。
【あのガキには悪い事したな。いい大人がムキになってよう……もうちっと丁寧にやらねえとさ、今みたく迷子になっちまう】
ガックリ肩を落とし溜息を吐きます。
いろいろ他にも覚えがあるのやもしれませんね。
爽太くんは腕組みを解き、すーっと後退さってソファに腰を下ろしました。
気の抜けた顔で視線を落とします。細長い息が漏れました。
「世に逸材は溢れまくりじゃないですか? またその内、別の逸材と遭遇することも」
【……んー、どうかな……ああ、女の子セットでデビュー、とかも考えたんだよな。背の高い方は執事系の男装でよ、小さい方は娘役だな、多分ウケるぜ?! 今そういうの人気なんだろ? 意外と女性ファンがつくんじゃね? 曲も考えた】
「デビューって歌手としてですか? 音痴かもしれないのに」
【そんなのはどうとでもなるさ。まずはヴィジュアル――あ、曲のタイトルは『矢切のマ●ナビ』ってんだ】
「なんかパクリ臭――」
【飲ま●まイエ! て感じで】
「まんまパクリ? 『恋のマイ●ヒ』?」
【……ペンチ~ラ――あっロン!――さら~に肉――】
「やめろ。適当な替え歌公表したら翻案権侵害とかで訴えられますよ」
【冗談だよ! 俺も業界人の端くれだ(しつこい)、そんくらいは承知の助さ】
何故か悲しそうに笑うおじさん。
サングラスを透かして、意外、と言ってはアレですが――目尻に幾重も刻まれた皺が見えます。
ふと爽太くんを見やるとキョトン顔。
ああ、マ●アヒも矢切の●しもご存知ないですよね。
熱く夢(?)を語るおじさんに――なんでしょう、まるで共鳴いたしません。
心が動きませんよ。ドカンと成功するイメージがさっぱり。
恐らく、「端くれ」状態が改善される見込みはありませんね。
【……ま、飽きるまで探してみるよ。夢があるうちはな】
「そう……ですか。ご健闘をお祈り申し上げます」
【おお、ありがとよ! バイちゃ!】
元気を取り戻したのかどうか、おじさんは真っ直ぐ出て行きました。
意外と普通のおじさんでしたね。拍子抜け。
「――ゴッド・ブレス・ユー」
消えた背中へ、思い出したように気の抜けた締めを呟くと、爽太くんがササッと背後より歩み寄り、
「アイドルとか、絶対ダメですよ!」
必死の目付きで縋りついてきました。
なんとなく彼の頭をポンポンいたしますと、やがてキュッと抱きつかれたのであります。
……こりゃ血が滾るってもんです、お母さま。――またトイレ行かないと。
私がアイドル……すりゃ有り得ひん、ははは。
……綾女はあの名刺、どうしたでしょう。
別タイトルで色んな方がその後歌っていらっしゃいますが、自分はやはりこれです。
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朝から霧雨が降りしきる一日。
開店早々、爽太くんが事務所にいらっしゃいました。
ご両親のお帰りが遅いそうで、ここで二人一緒に夕食をいただくことになっております。
勿論、ご両親公認です。食事の話です。うぐ。
「○○ちゃんとマ○クでお茶した」とかいう偽のアリバイ作りではありません。
知り合いの家~で吸ったデイ――イエ○タデイでもありません。
師匠の家(寺)で夕飯お呼ばれ、という事になっております。
あれ? 偽アリバイみたい。
数日前からウキウキで迷い、結局、宅配の「にぎり寿司」にしました。理想は焼肉でしたが。
爽太くんはまだ山葵に抵抗があるらしいので、全て「サビ抜き」で注文です。
多少奮発して、ランクで言えば「松・竹・梅」の「竹」です。三人前。プラス鉄火巻きを少々。
このお天気ですと、どのみち来店客は見込めないので(投げやり)、爽太くんには先に宿題を片付けていただきます。
私も机に向かい、タブレットでエロい漫画や無料動画に没頭します。ミュートです。
傍目には真剣に見えるものと自負しております。私の集中力をみくびらないでくださいませ。
時折、爽太くんが質問やらで傍にやってきますが、さりげなく自然に画面を切り替えるので心配ご無用ですよ、お母さま。
エロエロとドキドキのシチュエーションで、まあ人並みに興奮もするわけですが、下着が××××××になるようなことはございません。それくらいの慎みはあります。重ねて心配ご無用です、お母さま。
……先程トイレに行きましたが……ま、まあ、大丈夫でしたよ?
☆☆☆
和気藹々、モリモリお寿司をいただき、熱いお茶でまったりしておりますと、あろうことか表でカランと鳴ったではありませんか。
時刻は五ツ(午後八時)になろうかというところ。
舌打ちひとつ(いけません)マジックミラーに向き直ると――傘立てにビニール傘を差し込んでいるのは、「あの」おじさんでした。
先般、柴又で遭遇した「スカウト擬き」の男性。
思わず爽太くんと顔を見合わせました。
☆☆☆
くたびれたスーツ姿で椅子に腰掛けると、暫く説明とボタン群をチラチラ窺っておりましたが、やがて『ありもり●べりいま●かり』というボタンをぼちっと押下しました。
これなんだろ?
【んちゃ!】
左手を挙げ、ご陽気にひとこと。
横の爽太くんがぽかんとしております。
「ツイてない御苑へようこそ。あの、私の声はどなたの――」
【俳優の有森●実さんだ! ファンなんだよな】
「ああ、なるほどそういう」
【ここは告解できんのか?】
「カトリックではありませんので、そういうのはちょっと」
【そうか……】
サングラス奥の目を細め、
【俺さ、これでも一応、経営者なんだよ。零細芸能事務所の端くれだけどな】
わたしの周囲は端くれが多いようですね、お母さま。
自ら「零細」で「端くれ」と言うあたりは潔いです。
【零細だから、自分でスカウトもするわけ。この間ちょっとした逸材と遭遇したんだけど、アプローチをしくじってなあ……】
意外と整っている口ひげをちょいちょい撫でます。
「それはツイてないですね!」
横っちょから爽太くんがヤケ気味に叫びました。
ちよとお顔が強張っております。
【お? おお、そうだな】
「逸材とは?」
【スターだよスター。錦●以来のスター!】
「そんな長い事スターが不在でしたか」
【あ、ヒロミGO以来かな】
タイムスリップしてきたのでしょうか、おじさん。
随分芸能史が飛んでいるようです。
【女の子二人――中々のレベルだったな――それと小学生の坊主がひとり。姉弟って感じじゃねえな。思うに、女の子は代アニの声優科で、ガキは一時預かりの遠縁――可哀想に両親は早くに亡くなった、そんなトコだろ】
「……左様でございますか」
零細の理由が腑に落ちました。
見立てズレまくり。
爽太くんがジト目で睨んでいます。「ガキ」がお気に障ったやも。
【背の高い女の子はちょっと面白い素材だった。アイドルよりアクション系俳優かもな。「女・ジェット・リー」……いや、「女・志●美悦子」って路線でドカン! と――】
「志穂●さんも女性ですが――」
【方々探して、こんなトコまで来ちまったぜ……】
「どこがそんなにお気に召したので?」
【クール! ヅカの男役風でさ。全身黒の衣装が嵌る美しさちゅうか】
「……はあ」
【黒いパンツがまたキュートでよ】
思わず立ち上がり中腰に。くそ、見られていたか。
えっ、黒タイツ越しに見えた?
……端くれ恐るべし。
爽太くんがあさってをスンと眺めております。
【あろうことか、ガキがナイト気取りで邪魔しやがってな】
こほ、とひとつ、爽太くんがひと息零しました。
腕組みで仁王立ち。
ジリジリと前方へ近寄りつつ、キッとおじさんを睨み付けます。
【情けない事に、ガキに気圧されて腰抜かしちまった。アハ!】
突然大口を開けて、ガハハと笑います。
【あのガキには悪い事したな。いい大人がムキになってよう……もうちっと丁寧にやらねえとさ、今みたく迷子になっちまう】
ガックリ肩を落とし溜息を吐きます。
いろいろ他にも覚えがあるのやもしれませんね。
爽太くんは腕組みを解き、すーっと後退さってソファに腰を下ろしました。
気の抜けた顔で視線を落とします。細長い息が漏れました。
「世に逸材は溢れまくりじゃないですか? またその内、別の逸材と遭遇することも」
【……んー、どうかな……ああ、女の子セットでデビュー、とかも考えたんだよな。背の高い方は執事系の男装でよ、小さい方は娘役だな、多分ウケるぜ?! 今そういうの人気なんだろ? 意外と女性ファンがつくんじゃね? 曲も考えた】
「デビューって歌手としてですか? 音痴かもしれないのに」
【そんなのはどうとでもなるさ。まずはヴィジュアル――あ、曲のタイトルは『矢切のマ●ナビ』ってんだ】
「なんかパクリ臭――」
【飲ま●まイエ! て感じで】
「まんまパクリ? 『恋のマイ●ヒ』?」
【……ペンチ~ラ――あっロン!――さら~に肉――】
「やめろ。適当な替え歌公表したら翻案権侵害とかで訴えられますよ」
【冗談だよ! 俺も業界人の端くれだ(しつこい)、そんくらいは承知の助さ】
何故か悲しそうに笑うおじさん。
サングラスを透かして、意外、と言ってはアレですが――目尻に幾重も刻まれた皺が見えます。
ふと爽太くんを見やるとキョトン顔。
ああ、マ●アヒも矢切の●しもご存知ないですよね。
熱く夢(?)を語るおじさんに――なんでしょう、まるで共鳴いたしません。
心が動きませんよ。ドカンと成功するイメージがさっぱり。
恐らく、「端くれ」状態が改善される見込みはありませんね。
【……ま、飽きるまで探してみるよ。夢があるうちはな】
「そう……ですか。ご健闘をお祈り申し上げます」
【おお、ありがとよ! バイちゃ!】
元気を取り戻したのかどうか、おじさんは真っ直ぐ出て行きました。
意外と普通のおじさんでしたね。拍子抜け。
「――ゴッド・ブレス・ユー」
消えた背中へ、思い出したように気の抜けた締めを呟くと、爽太くんがササッと背後より歩み寄り、
「アイドルとか、絶対ダメですよ!」
必死の目付きで縋りついてきました。
なんとなく彼の頭をポンポンいたしますと、やがてキュッと抱きつかれたのであります。
……こりゃ血が滾るってもんです、お母さま。――またトイレ行かないと。
私がアイドル……すりゃ有り得ひん、ははは。
……綾女はあの名刺、どうしたでしょう。