☆本日の作業用BGMは、『サヨナラ模様』(伊藤敏博)でした。
あらためて聴くと、美声でございます。
サブタイトルは、昔某国営放送で放映されたドラマ『存在の深き眠り』(脚本:ジェームス三木)から。
恐くて切ないドラマでした。「大竹しのぶマジパネェ」と思いました。
ーーーーー
低気圧が猛威を揮った昨日から一転して、生温かい風が吹く夕方。
寺町通りに差し掛かる頃、自転車同士の接触事故を目撃いたしました。
赤信号になった途端に自転車横断帯を飛び出した自転車が急停止し、青信号に変わった側の車線を飛ばしてきた自転車が激突。
で、口論勃発です。
「自分の信号は『青』だった!」と「自分は正当」と主張する少年(やるな)に対し、飛び出て止まったおばさん(電動アシスト車)は、
「たとえ青信号でも注意するべきでしょ! この辺は信号無視する自転車多いんダからっ!」※1
とこうですよお母さま。アラアラ、まあまあ。
激高ぶりからすると、どっちが真っ当なのか分からなくなります。
でも凄い論理ですね。私なら訳もわからず言いくるめられそうです。
オ●タリアンという古の流行語(らしい)が頭に浮かびました。
ちなみに、私が頃合いで事故に遭遇した場合、「労災」はおりるのでしょうか。
(※通勤途中なので可だとは思いますが、そもそも雇用主が労災保険に加入しているか不明)
☆☆☆
七ツ半(午後五時)を回った頃、女性の来店客がありました。
白いシャツにベストの事務服を羽織った、小柄なOL風。
黒いパンプスをペタペタ鳴らしつつ、ゆっくりと椅子に腰を下ろします。
緩いウエーブのかかる長い黒髪をかき上げる左手の指に、一瞬白金の煌めき。
膝下の黒いスカートから覗くベージュのストッキングが、一種艶めかしい光沢を振り撒いております。
二十代後半――三十代に掛かるでしょうか。
大きな目を見開いてボタン群を眺めていらっしゃいましたが、やがてクスリ笑むや、
『星だって落ちたら石ころでしょ?』※2
というボタンを押下いたしました。
――どなたのお言葉でしょう。
【こんばんは】
にっこりお笑いになりました。まさに薔薇色の笑み。
淡い桃色の頬。控えめに開いたピンクの唇がテカリます。
「ツイてない御苑にようこそ。お仕事、途中なのですか?」
【ええ、これから残業なんです。ちゃんとお手当ては出るし、早く帰っても独りだから丁度よかったです】
悪戯っぽい微笑みを湛え、さっぱりと仰います。
真っ白い歯が健やかに光りました。
【最近、ツイてないことがありまして】
彼女はそう言うと、左手の指を三本立てました。
【二件語ってもよろしいですか?】
「? どうぞ、存分に」
三本指はナンです? と突っ込もうか迷いましたがやめました(めんどい)。
あ、グ●シ戦闘機ですかね? サ●ラ! は四本だったような。
【最近、通勤をスクーターから自転車に変えたんです。そうしたら、悉く「赤信号」に捕まるようになってしまって……】
スクーターの感覚を引き摺っている所為か、「間に合う」と思った信号に全く間に合わなくなったそうで。
「自転車とでは、やはり速度差がありますから」
【そう、頭ではわかっているのですが、なかなか感覚が修正できなくて】
「じき慣れるのではないでしょうか」
はい一本お仕舞い。次イッテミヨウ!
【スーパーで、レジの一番後ろに並んでいたのですが……。先頭のお婆ちゃんが、端数の一円玉をお財布から取り出すのに手間取っていまして】
「あるあるですね(?)」
【端数は九円のようで、一枚ずつ並べていって……お婆ちゃんと私の間に並ぶ皆さんが、様子を探るように「チューチ●ートレイン」ですよ】
「あはは、目に浮かぶようです(他人事)」
【四枚並べて「次は五円玉かな?」と思ったら、次もまた一円玉で。真ん中へんにいた若い男の子が「また一円かよ!」って思わずツッコミを入れてました】
「そう言われましても……」
お婆さんだって、後ろに並んだ人たちに申し訳ないと思いつつ、心持ち焦っていたでしょうに。
【プリプリしても仕様がないですよね。私も将来そんな風に焦るかもしれないですし……】
「同意です」
同時に乾いた笑いが零れました。
二本目も終了ですね。サクサク進んでよかったよかった。
彼女は――特に帰る素振りも見せず、俯いてモジ男状態です。
しきりに長い黒髪をかき上げていらっしゃいます。
む。これは……。
「ゴッド――」
【ごめんなさい! もう一件だけよろしいですか?】
私の「締め」を遮るように、彼女が声を上げました。
☆☆☆
――あの三本指はこういうことだったのでしょうか。それとも無意識?
彼女は中々口を開きませんでしたが、大きく胸を上下させると、徐に語り出しました。
顔を上げた彼女の目に、光がありません。
【今、旦那と別居中なの】
「……左様でございましたか」
【「キミ、浮気してないよね? ね?」って――アタシを誰だと思ってんだよっっ!】
――んん?
【なーんちゃって! 浮気なんて結婚前から途切れたことないっての】
「そ、そうなん――」
【ねえ。誰にも話してないこと、ここで言っちゃっていい?】
「え?」
【守秘義務くらいあんでしょ?】
「え、ええ、それは勿論」
【一人息子、旦那の子じゃないの。元彼の子なのよねぇ。ツイてねえよ】
「――は?」
井戸端会議でもないのに。
彼女はさらっと口にいたしました。
――えっと…………誰?
【血液型は二人共「B」だから、一応辻褄は合うのよ?】
また髪をかき上げながら、ニヤリと口端を上げます。
「……も、元彼はこのこと――」
【——子供できちゃった。あんたの子じゃないの。アタシその人と結婚するわ。って、元彼とは綺麗に縁を切ったわ。元々売れないギタリストで、一緒になっても苦労するだけだもの。丁度よかったよね、タイミングが】
「…………」
【彼、セックスの相性は最高だったんだけどなあ……。でも、子の父親となれば話は別。ズルズルつるむわけにはいかないわ】
ヤレヤレ、という風に両手を広げ、肩を竦めて見せます。
当然、旦那さんはご存知ないでしょう。
【今の彼はまあまあかな。ダンナよりは数段上手だし】
なんとなく思い付き――けれど確信を抱いて問いました。
「……今の彼、血液型は……」
【Bに決まってるじゃん。あったり前でしょ?】
眉を八の字にして、呆れたように吐き捨てます。
【アタシはO型だから、Oでもいいんだっけ? よく知らんけど】
言い捨て両手を上げると、う~んと気持ち良さ気に伸びをします。
ついでに欠伸をひとつ。
すっきりした――いえ、恍惚としたようなお顔になりました。
……ここで数多お話をうかがい、腑に落ちたことがあります。
いらっしゃるお客さんは、大概三通りに凝縮されます。
駄目もとでストレス解消に訪れる人。
周囲に散々語っても満足していない人。
そして、「誰にも話せない」事を、「我慢できずに」暴露しにくる人。
だからどうだという訳でもありません。良い悪いもわかりません。
私はただお話を聞くだけ――それだけです。それ以上のことはありません。
ご子息は、いつかこの事実を知ることになるのでしょうか。
何も知らぬまま天寿を全うするのでしょうか――。
彼女は受話器を耳に当てたまま立ち上がり、
【ああ。さっきの、「レジ圧」掛けられた婆ちゃんさ】
「は、はい?」
【電子マネーに切り替えた方がよくね?】
言い置くと受話器をガチャンと放り、甲高い声で愉しげに笑いながら、弾む足取りで去って行きました。
慌てて、
「ゴッド――」
言い差したものの、私はそれ以上の言葉を継ぐことをやめました。
中絶を選択しなかった母親……。
人は、幾つもの「顔」を持っている。
改めて実感いたしました、お母さま。
我知らず溜め息をつき、いつの間にか小刻みに震えている体を、両腕でそっと抱き締めました。
ーーーーー
※1 本当にまんま、こう仰ってました。ひえっ
※2 「桃井かおり」さん、だそうです
あらためて聴くと、美声でございます。
サブタイトルは、昔某国営放送で放映されたドラマ『存在の深き眠り』(脚本:ジェームス三木)から。
恐くて切ないドラマでした。「大竹しのぶマジパネェ」と思いました。
ーーーーー
低気圧が猛威を揮った昨日から一転して、生温かい風が吹く夕方。
寺町通りに差し掛かる頃、自転車同士の接触事故を目撃いたしました。
赤信号になった途端に自転車横断帯を飛び出した自転車が急停止し、青信号に変わった側の車線を飛ばしてきた自転車が激突。
で、口論勃発です。
「自分の信号は『青』だった!」と「自分は正当」と主張する少年(やるな)に対し、飛び出て止まったおばさん(電動アシスト車)は、
「たとえ青信号でも注意するべきでしょ! この辺は信号無視する自転車多いんダからっ!」※1
とこうですよお母さま。アラアラ、まあまあ。
激高ぶりからすると、どっちが真っ当なのか分からなくなります。
でも凄い論理ですね。私なら訳もわからず言いくるめられそうです。
オ●タリアンという古の流行語(らしい)が頭に浮かびました。
ちなみに、私が頃合いで事故に遭遇した場合、「労災」はおりるのでしょうか。
(※通勤途中なので可だとは思いますが、そもそも雇用主が労災保険に加入しているか不明)
☆☆☆
七ツ半(午後五時)を回った頃、女性の来店客がありました。
白いシャツにベストの事務服を羽織った、小柄なOL風。
黒いパンプスをペタペタ鳴らしつつ、ゆっくりと椅子に腰を下ろします。
緩いウエーブのかかる長い黒髪をかき上げる左手の指に、一瞬白金の煌めき。
膝下の黒いスカートから覗くベージュのストッキングが、一種艶めかしい光沢を振り撒いております。
二十代後半――三十代に掛かるでしょうか。
大きな目を見開いてボタン群を眺めていらっしゃいましたが、やがてクスリ笑むや、
『星だって落ちたら石ころでしょ?』※2
というボタンを押下いたしました。
――どなたのお言葉でしょう。
【こんばんは】
にっこりお笑いになりました。まさに薔薇色の笑み。
淡い桃色の頬。控えめに開いたピンクの唇がテカリます。
「ツイてない御苑にようこそ。お仕事、途中なのですか?」
【ええ、これから残業なんです。ちゃんとお手当ては出るし、早く帰っても独りだから丁度よかったです】
悪戯っぽい微笑みを湛え、さっぱりと仰います。
真っ白い歯が健やかに光りました。
【最近、ツイてないことがありまして】
彼女はそう言うと、左手の指を三本立てました。
【二件語ってもよろしいですか?】
「? どうぞ、存分に」
三本指はナンです? と突っ込もうか迷いましたがやめました(めんどい)。
あ、グ●シ戦闘機ですかね? サ●ラ! は四本だったような。
【最近、通勤をスクーターから自転車に変えたんです。そうしたら、悉く「赤信号」に捕まるようになってしまって……】
スクーターの感覚を引き摺っている所為か、「間に合う」と思った信号に全く間に合わなくなったそうで。
「自転車とでは、やはり速度差がありますから」
【そう、頭ではわかっているのですが、なかなか感覚が修正できなくて】
「じき慣れるのではないでしょうか」
はい一本お仕舞い。次イッテミヨウ!
【スーパーで、レジの一番後ろに並んでいたのですが……。先頭のお婆ちゃんが、端数の一円玉をお財布から取り出すのに手間取っていまして】
「あるあるですね(?)」
【端数は九円のようで、一枚ずつ並べていって……お婆ちゃんと私の間に並ぶ皆さんが、様子を探るように「チューチ●ートレイン」ですよ】
「あはは、目に浮かぶようです(他人事)」
【四枚並べて「次は五円玉かな?」と思ったら、次もまた一円玉で。真ん中へんにいた若い男の子が「また一円かよ!」って思わずツッコミを入れてました】
「そう言われましても……」
お婆さんだって、後ろに並んだ人たちに申し訳ないと思いつつ、心持ち焦っていたでしょうに。
【プリプリしても仕様がないですよね。私も将来そんな風に焦るかもしれないですし……】
「同意です」
同時に乾いた笑いが零れました。
二本目も終了ですね。サクサク進んでよかったよかった。
彼女は――特に帰る素振りも見せず、俯いてモジ男状態です。
しきりに長い黒髪をかき上げていらっしゃいます。
む。これは……。
「ゴッド――」
【ごめんなさい! もう一件だけよろしいですか?】
私の「締め」を遮るように、彼女が声を上げました。
☆☆☆
――あの三本指はこういうことだったのでしょうか。それとも無意識?
彼女は中々口を開きませんでしたが、大きく胸を上下させると、徐に語り出しました。
顔を上げた彼女の目に、光がありません。
【今、旦那と別居中なの】
「……左様でございましたか」
【「キミ、浮気してないよね? ね?」って――アタシを誰だと思ってんだよっっ!】
――んん?
【なーんちゃって! 浮気なんて結婚前から途切れたことないっての】
「そ、そうなん――」
【ねえ。誰にも話してないこと、ここで言っちゃっていい?】
「え?」
【守秘義務くらいあんでしょ?】
「え、ええ、それは勿論」
【一人息子、旦那の子じゃないの。元彼の子なのよねぇ。ツイてねえよ】
「――は?」
井戸端会議でもないのに。
彼女はさらっと口にいたしました。
――えっと…………誰?
【血液型は二人共「B」だから、一応辻褄は合うのよ?】
また髪をかき上げながら、ニヤリと口端を上げます。
「……も、元彼はこのこと――」
【——子供できちゃった。あんたの子じゃないの。アタシその人と結婚するわ。って、元彼とは綺麗に縁を切ったわ。元々売れないギタリストで、一緒になっても苦労するだけだもの。丁度よかったよね、タイミングが】
「…………」
【彼、セックスの相性は最高だったんだけどなあ……。でも、子の父親となれば話は別。ズルズルつるむわけにはいかないわ】
ヤレヤレ、という風に両手を広げ、肩を竦めて見せます。
当然、旦那さんはご存知ないでしょう。
【今の彼はまあまあかな。ダンナよりは数段上手だし】
なんとなく思い付き――けれど確信を抱いて問いました。
「……今の彼、血液型は……」
【Bに決まってるじゃん。あったり前でしょ?】
眉を八の字にして、呆れたように吐き捨てます。
【アタシはO型だから、Oでもいいんだっけ? よく知らんけど】
言い捨て両手を上げると、う~んと気持ち良さ気に伸びをします。
ついでに欠伸をひとつ。
すっきりした――いえ、恍惚としたようなお顔になりました。
……ここで数多お話をうかがい、腑に落ちたことがあります。
いらっしゃるお客さんは、大概三通りに凝縮されます。
駄目もとでストレス解消に訪れる人。
周囲に散々語っても満足していない人。
そして、「誰にも話せない」事を、「我慢できずに」暴露しにくる人。
だからどうだという訳でもありません。良い悪いもわかりません。
私はただお話を聞くだけ――それだけです。それ以上のことはありません。
ご子息は、いつかこの事実を知ることになるのでしょうか。
何も知らぬまま天寿を全うするのでしょうか――。
彼女は受話器を耳に当てたまま立ち上がり、
【ああ。さっきの、「レジ圧」掛けられた婆ちゃんさ】
「は、はい?」
【電子マネーに切り替えた方がよくね?】
言い置くと受話器をガチャンと放り、甲高い声で愉しげに笑いながら、弾む足取りで去って行きました。
慌てて、
「ゴッド――」
言い差したものの、私はそれ以上の言葉を継ぐことをやめました。
中絶を選択しなかった母親……。
人は、幾つもの「顔」を持っている。
改めて実感いたしました、お母さま。
我知らず溜め息をつき、いつの間にか小刻みに震えている体を、両腕でそっと抱き締めました。
ーーーーー
※1 本当にまんま、こう仰ってました。ひえっ
※2 「桃井かおり」さん、だそうです