☆本日の作業用BGMは、『リビング・イン・アメリカ』(ジェームス・ブラウン)でした。
「ファンクの帝王」でござんす。めっちゃ濃いいですね。
ネットで動画を拝見しますと、「ロ●キー4」なんですよね。サントラだったそうで。
ドラゴの冷たい視線を浴びながら、在りし日のアポロさんがご陽気に踊っております。
お茶目さん。
ーーーーーー
三月も終わりに近づいたある日。
開店早々にいらしたお客さんが、逆光を背にして表口に立っております。
鞄から何やら取り出すと、徐に頭から被ったようです。
一直線に小走りでやってくると、ささっと椅子に腰掛けました。
スーツ姿の会社員風。鞄を両手で抱えるそのお顔には、口元が覗いた虎のマスク。
私の口が無意識にぱかっと開きました。
そのお姿で街中を闊歩しなかったのは賢明(?)でしょう。
鞄を膝に置き、両手で何度かマスクを整えると、説明書きとボタン群を眺めます。
少々見辛いのか、何度も目許を弄ります。——マスク取れば?
やがて、『虎だ! 虎になるのだ!(がおー)』というボタンを押下しました。
もうなってますけど。
で、これは誰のお声?
【こんにちは】
「ツイてない御苑へようこそ。上野から徒歩ですか?」
【ごめんなさい。動物園からやって来たわけではないんです】
「左様で。……私の声は、タ●ガーマスクさん?」
【いえ。ミ●ターXですね】
「そっち……虎●穴は本日も平和でございますか」
【さっき秋●原店Aに寄って来ましたけど、盛況でしたねえ】
「いえ、そっちの虎●穴ではなく……もういいです。本日はどうされました?」
中々、合わせ辛いお客さんのような気がいたします。
彼はペットボトルのお水を取り出し、目測を誤ったのか鼻●穴に突き刺しました。
(そこは虎●穴だろって? まあ焦るな皆の衆)
「マスク脱いだら如何です? お鼻から水を接収なさるおつもりですか」
【すみません、今は正体を明かしたくないもので。失礼は承知です。何とぞ、このままで】
やはり見辛いのか、何度も目をパチクリいたします。
【あのう、「ランドセルを寄付する伊達●人(=タ●ガーマスク)」の話、ご存知ですか?】
「ええ。いっとき、話題になりましたね」
マスクが「うんうん」頷いて、
【やはり。今日のミ●ターXはお優しい。別人のようです】
「別人だが? 私は虎●穴の所在地すら知りません」
彼は小刻みに首を振りながら、再び水を鼻に突っ込みました。
【この間、芽吹いた桜の樹を眺めておりましたら、なんか自分も「タ●ガーマスク」やってみたくなりまして】
「…………ほう」
【マスクが無かったので、手作りしました】
「自作ですか」
【嫁が昔着ていたボディコンを引っ張り出しまして】
「え?」
【ヒョウ柄の】
「タイガーじゃない……」
【我ながら上手く出来たゾ! とテンション上がって……】
「勝手にバラバラにしちゃまずいでしょう」
ヒョウ柄のボディコン――。
どこかバブリーな響きがございます。
思いの外、お年を召した方やもしれませんね。
【ランドセルは前と後ろ、あと両手に提げて――計四個ですね――マスク被ってウキウキで某区役所へ】
「行っちゃったかぃ……」
【自動ドア潜って数メートルも歩いたところで、飛んで来た警備員に両脇からガッチリ抱きつかれました。「神妙にしろい!」とか言われて】
「ああ……不審者扱いですね」
然もありなん。
妙なヒョウ柄のいびつなマスク被って、小型フォークリフトみたいにランドセル運んでいたら、そりゃ怪しさマックスでしょうね。
現場で目撃したかったです。
【会議室みたいな所へ連れて行かれ、必死に事情をご説明申し上げているうちに、お巡りさんが二人いらっしゃいました】
「ああ……うん。それで?」
【時間掛けてご説明申し上げましたら、なんとかご理解いただけたようで。色々聴取されましたが、「もうこんな真似するんじゃないよ?」と送り出されました。あ、「マスク脱いで帰るんだよ」と最後にひと言ありました】
「……左様でございますか」
【ツイてないでしょ?】
長いな。
ひとえに善意から、というのは、まあ分かります。
「で、ランドセルは無事に寄付できたのですか?」
【いえ。「今日は持って帰りなさい」と。今は何かと面倒らしいですね、そういう寄付ひとつするにも。徒労に終わってしまいましたよ】
「マスクがいけなかったのでしょうか」
【それもありますね。……で、帰ったら今度は嫁に叱られましてね】
「そうなんですか?」
【思い出のボディコン、バラバラにしおって! って。あたしの青春かえせ! ……と、こうですよ。ひどくないですか?】
「それは仕様がないでしょう。ひと言聞いてみればよろしかったのに」
【だって、どう見ても二度と着る見込みが無いんですよ? もう入らないですって】
「旦那、それを言っちゃお終ぇよぅ」
わかってないな、乙女心(?)。
いえ、少なくとも思い出の品であることは間違いないでしょうに。
しかし――何故そんな突然、「義侠心(?)」に目覚めたものか。
【ああ。それは……ベタですが、桜って短いでしょ? 見ごろというか、パッと咲いて散るまでが】
「そうですね」
【多分無意識に、自分に重ねちゃったのかもしれません……】
「? と、申しますと?」
思わず返してしまいましたが、これは聞いてよいものだったのかどうか。
【私、ガンなんです。余命●●と宣告されまして】
「う……さ、左様で……」
【なぁーんちゃって!】
「おいっ!」
くっ……やはり噛み合わない。
翻弄――というよりも。
リビングで語り合っているというより、ずっと門扉で遣り取りしている気分なのです。
――何故か家中には招き入れてくれない――そんな感じ。
【私ね、来年早々定年なんですよ。ここまで波の無い、穏やかな航海でした】
「お疲れ様でございます……はまだ早いですね」
【いえいえ。ありがとうございます】
彼は空いている手で、マスクの頬を優しく撫でさすります。
「そのマスクは――ヒョウ柄ではないですよね」
【ええ、ヒョウ柄のヤツは嫁に没収されました。ボディコンの代わりに「思い出」にするそうで】
「ちゃんと謝ったのでしょうね?」
【そりゃあもう、ささっと土下座ですよ。でもね、あのボディコンは元々、私が嫁にプレゼントしたものなんです】
「本当に思い出の品じゃないですか。そりゃ奥様もプンプン丸ですよ」
【あは! ですね。……若い頃の嫁は、お立ち台ですりゃあ輝いてました。オーラ振り撒いてましたよ。とても、綺麗でした……。最近、昔の事をやたらと思い出すようになりましてね……】
「……今でもキレイだよって言ってあげておくんなまし」
マスク内で、はっきりと目を見開いたのが分かりました。
【え? そんな今更、心にもないことを――】
「コラーッ! アカン、今の内に言ってあげるのですっ! 今だからこそです!」
【そ、そうですか。そこまで仰るなら……】
チラチラこちらを窺う彼の両脚が、微かに貧乏揺すりを始めました。
「ランドセル。またあらためて寄付されますよね?」
途端、びしぃ! と背筋を伸ばしたタ●ガーマスクは、
【はい! 勿論です! きっとやり遂げます】
☆☆☆
立ち上がり、ひとつ目礼した彼は、背を向けて表口へと歩き出します。
マスクを脱ぎながら、しっかりした足取りで遠ざかる彼。
「ゴッド・ブレス・ユー」
私は心から、その背中に言葉を送りました。
胸中では、先ほどから何故かユ●ミンが「ど・お・し・て ど・お・し・て……」――じゃない!
【なぁーんちゃって!】のひと言を…………。
繰り返し繰り返し。叫んでいるのです。
「ファンクの帝王」でござんす。めっちゃ濃いいですね。
ネットで動画を拝見しますと、「ロ●キー4」なんですよね。サントラだったそうで。
ドラゴの冷たい視線を浴びながら、在りし日のアポロさんがご陽気に踊っております。
お茶目さん。
ーーーーーー
三月も終わりに近づいたある日。
開店早々にいらしたお客さんが、逆光を背にして表口に立っております。
鞄から何やら取り出すと、徐に頭から被ったようです。
一直線に小走りでやってくると、ささっと椅子に腰掛けました。
スーツ姿の会社員風。鞄を両手で抱えるそのお顔には、口元が覗いた虎のマスク。
私の口が無意識にぱかっと開きました。
そのお姿で街中を闊歩しなかったのは賢明(?)でしょう。
鞄を膝に置き、両手で何度かマスクを整えると、説明書きとボタン群を眺めます。
少々見辛いのか、何度も目許を弄ります。——マスク取れば?
やがて、『虎だ! 虎になるのだ!(がおー)』というボタンを押下しました。
もうなってますけど。
で、これは誰のお声?
【こんにちは】
「ツイてない御苑へようこそ。上野から徒歩ですか?」
【ごめんなさい。動物園からやって来たわけではないんです】
「左様で。……私の声は、タ●ガーマスクさん?」
【いえ。ミ●ターXですね】
「そっち……虎●穴は本日も平和でございますか」
【さっき秋●原店Aに寄って来ましたけど、盛況でしたねえ】
「いえ、そっちの虎●穴ではなく……もういいです。本日はどうされました?」
中々、合わせ辛いお客さんのような気がいたします。
彼はペットボトルのお水を取り出し、目測を誤ったのか鼻●穴に突き刺しました。
(そこは虎●穴だろって? まあ焦るな皆の衆)
「マスク脱いだら如何です? お鼻から水を接収なさるおつもりですか」
【すみません、今は正体を明かしたくないもので。失礼は承知です。何とぞ、このままで】
やはり見辛いのか、何度も目をパチクリいたします。
【あのう、「ランドセルを寄付する伊達●人(=タ●ガーマスク)」の話、ご存知ですか?】
「ええ。いっとき、話題になりましたね」
マスクが「うんうん」頷いて、
【やはり。今日のミ●ターXはお優しい。別人のようです】
「別人だが? 私は虎●穴の所在地すら知りません」
彼は小刻みに首を振りながら、再び水を鼻に突っ込みました。
【この間、芽吹いた桜の樹を眺めておりましたら、なんか自分も「タ●ガーマスク」やってみたくなりまして】
「…………ほう」
【マスクが無かったので、手作りしました】
「自作ですか」
【嫁が昔着ていたボディコンを引っ張り出しまして】
「え?」
【ヒョウ柄の】
「タイガーじゃない……」
【我ながら上手く出来たゾ! とテンション上がって……】
「勝手にバラバラにしちゃまずいでしょう」
ヒョウ柄のボディコン――。
どこかバブリーな響きがございます。
思いの外、お年を召した方やもしれませんね。
【ランドセルは前と後ろ、あと両手に提げて――計四個ですね――マスク被ってウキウキで某区役所へ】
「行っちゃったかぃ……」
【自動ドア潜って数メートルも歩いたところで、飛んで来た警備員に両脇からガッチリ抱きつかれました。「神妙にしろい!」とか言われて】
「ああ……不審者扱いですね」
然もありなん。
妙なヒョウ柄のいびつなマスク被って、小型フォークリフトみたいにランドセル運んでいたら、そりゃ怪しさマックスでしょうね。
現場で目撃したかったです。
【会議室みたいな所へ連れて行かれ、必死に事情をご説明申し上げているうちに、お巡りさんが二人いらっしゃいました】
「ああ……うん。それで?」
【時間掛けてご説明申し上げましたら、なんとかご理解いただけたようで。色々聴取されましたが、「もうこんな真似するんじゃないよ?」と送り出されました。あ、「マスク脱いで帰るんだよ」と最後にひと言ありました】
「……左様でございますか」
【ツイてないでしょ?】
長いな。
ひとえに善意から、というのは、まあ分かります。
「で、ランドセルは無事に寄付できたのですか?」
【いえ。「今日は持って帰りなさい」と。今は何かと面倒らしいですね、そういう寄付ひとつするにも。徒労に終わってしまいましたよ】
「マスクがいけなかったのでしょうか」
【それもありますね。……で、帰ったら今度は嫁に叱られましてね】
「そうなんですか?」
【思い出のボディコン、バラバラにしおって! って。あたしの青春かえせ! ……と、こうですよ。ひどくないですか?】
「それは仕様がないでしょう。ひと言聞いてみればよろしかったのに」
【だって、どう見ても二度と着る見込みが無いんですよ? もう入らないですって】
「旦那、それを言っちゃお終ぇよぅ」
わかってないな、乙女心(?)。
いえ、少なくとも思い出の品であることは間違いないでしょうに。
しかし――何故そんな突然、「義侠心(?)」に目覚めたものか。
【ああ。それは……ベタですが、桜って短いでしょ? 見ごろというか、パッと咲いて散るまでが】
「そうですね」
【多分無意識に、自分に重ねちゃったのかもしれません……】
「? と、申しますと?」
思わず返してしまいましたが、これは聞いてよいものだったのかどうか。
【私、ガンなんです。余命●●と宣告されまして】
「う……さ、左様で……」
【なぁーんちゃって!】
「おいっ!」
くっ……やはり噛み合わない。
翻弄――というよりも。
リビングで語り合っているというより、ずっと門扉で遣り取りしている気分なのです。
――何故か家中には招き入れてくれない――そんな感じ。
【私ね、来年早々定年なんですよ。ここまで波の無い、穏やかな航海でした】
「お疲れ様でございます……はまだ早いですね」
【いえいえ。ありがとうございます】
彼は空いている手で、マスクの頬を優しく撫でさすります。
「そのマスクは――ヒョウ柄ではないですよね」
【ええ、ヒョウ柄のヤツは嫁に没収されました。ボディコンの代わりに「思い出」にするそうで】
「ちゃんと謝ったのでしょうね?」
【そりゃあもう、ささっと土下座ですよ。でもね、あのボディコンは元々、私が嫁にプレゼントしたものなんです】
「本当に思い出の品じゃないですか。そりゃ奥様もプンプン丸ですよ」
【あは! ですね。……若い頃の嫁は、お立ち台ですりゃあ輝いてました。オーラ振り撒いてましたよ。とても、綺麗でした……。最近、昔の事をやたらと思い出すようになりましてね……】
「……今でもキレイだよって言ってあげておくんなまし」
マスク内で、はっきりと目を見開いたのが分かりました。
【え? そんな今更、心にもないことを――】
「コラーッ! アカン、今の内に言ってあげるのですっ! 今だからこそです!」
【そ、そうですか。そこまで仰るなら……】
チラチラこちらを窺う彼の両脚が、微かに貧乏揺すりを始めました。
「ランドセル。またあらためて寄付されますよね?」
途端、びしぃ! と背筋を伸ばしたタ●ガーマスクは、
【はい! 勿論です! きっとやり遂げます】
☆☆☆
立ち上がり、ひとつ目礼した彼は、背を向けて表口へと歩き出します。
マスクを脱ぎながら、しっかりした足取りで遠ざかる彼。
「ゴッド・ブレス・ユー」
私は心から、その背中に言葉を送りました。
胸中では、先ほどから何故かユ●ミンが「ど・お・し・て ど・お・し・て……」――じゃない!
【なぁーんちゃって!】のひと言を…………。
繰り返し繰り返し。叫んでいるのです。