☆本日の作業用BGMは、『戦う男』(エレファントカシマシ)でした。
 テンションは……上がりますね。全編叫んでいるような曲です。
 ギターパートを指でなぞると、つります。やったった感を得られます。

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 ふいに事務所側のインタホンが鳴りました。
 小さなモニタに映るのは、よく出前を頼むお蕎麦屋のおじさんです。

「はいはい。どうされましたおじさん」
「お仕事中ごめんねえ。いやー注文間違えて作っちゃってさ、○○寺さん良かったら食べない? ロハでいいから」

 おじさんは私の事を「○○寺さん」と呼びます。
 個人名を名乗るのも(仕事に差し障りが)と思うので、いつもスルーしております。

「――カレーライスですね」
「――カレーライスだーね。あ、嫌いだった?」
「まさか。カレーが嫌いな日本人なんて日本人じゃありません(※個人の見解)」
「そうかい? そりゃ良かった。じゃ、器出しといてくれたら勝手に回収するからさ。悪ぃね」

 
 それはごくごく「カレー味のカレー」でした。
「ヒ○キカンゲキ!」風のご機嫌なカレーライス。
 とても美味しかったのです。


☆☆☆


 暮れ六ツ(午後六時)の鐘が、浅草寺から微かに届きました。

 ついに「人外」の来店です、お母さま。※1
 上野のお山からやって来た銅像が今まさに! この店へ足を踏み入れたのです。
 犬は連れておりません。
 人なら徒歩三十分程でしょうか。銅像ならどの位でしょう。重いですからね。

 椅子にのっそり腰を下ろしたそのお姿——「人間」でした。黒縁の眼鏡をお掛けです。
 何処かでお見かけした気がいたします。


『ファ○ヤーソウル!(守護星は火星)』というボタンを押下いたしました。
 ああ、月に代わって……の一味(?)ですね。確か「赤い人」です。巫女さんです。
 御苑で巫女さん……売られた喧嘩は買わないとですか? いやめんどい。


 受話器を取り上げてこちらを見やったそのお顔、思い出しました。
 動物園で美冬ちゃんと一緒だった方です、確か。お名前は――

【こんばんは。お忙しいところ申し訳ない】
「とんでもない。ツイてない御苑へようこそ」

 男性がふっとあさってに視線を向け、大きな鼻をひくつかせました。

【——この(かぐわ)しい匂い】
「ああ、加齢臭――」
【カレー臭と言っていただきたい。いらん誤解を招く】
「失礼いたしました。先ほど夕餉(ゆうげ)に――」
【ほう】
「近所のお蕎麦屋さんから差し入れを」

 男性は大きく頷いて、

【それはいい。王道です】

 重々しい声(宇宙人の)で、ぼそり零しました。


【至高の香りだ。やはりこうでないと】
「西郷さんは」
【違います。よく言われますが】
「失礼いたしました。……カレーライスお好きなのですか」
【そう……ですね。まあ、カレーライスが嫌いな日本人はそうそう居ないでしょう(※個人の見解)】
「激しく同意です。鹿児島でもやはり」
【違います。よく言われますが。自分、東京生まれです。足●区の端っこで】
「これまた失礼を」

 西郷さん(仮)は撫で肩になると、目を細めて穏やかなお顔になりました。

【先般、クライアントと昼食がてら、ちょっとお高いインド料理屋さんに行きまして。ベタですが、なんたらカレーを注文しました】
「辛いヤツですかね」
【辛いヤツです。具もやたら高そうなもの使ってまして。やれA●ランクの和牛だ、有機栽培の野菜だと……値段もソコソコでしたが、まあそれなりに美味しかった】
「高級カレーですね」
【高い食材を使ってプロが料理すれば、そりゃ旨いのは当たり前です】
「身も蓋も……仰るとおりかと」

 突然、ピタンッとデコを叩いた西郷さん(仮)、

【旨かったのですが……なにか釈然としないものが】
「贅沢なご感想(笑)」
【全くですな。……その晩、近所の後輩ン家に招待()ばれまして】
「後輩……学生時代の?」
【同じ業界に片脚だけ突っ込んでいる男がおりましてね】

 一瞬眼鏡を外したその瞳には、何やらの笑みが浮かんでおります。

【で、その家で出されたのが、これまたカレーライスでした】
「まあ、それはツイてないのかなんなのか」
【まあ好きなのでその程度は。その家のカレーライスは絶品なんですよ。後輩の妹さん手づから……。何度か馳走になっておりますが、毎度「旨い」のです。いらん先入観もあるせいか】

 なんとなく顔を赤らめます。
 ふーん……ほうほう。

「へえー」

 あ、声に出ちゃいました。
 西郷さん(仮)敏感に反応して、

【んんっ――特に変わったカレーではないのです。何か隠し味はあるかもですが。ただ――「カレーらしいカレー」なんです】
「カレーらしいカレー……」

 なんとなく……分かるような、気もいたします。
 ひとつ口にした途端、「ああこれこれ。カレーってこうだよな」という感じ、と申しましょうか。
 さっき頂いたカレーのような。

【ああ、ニッポンのカレーだなあ……という感じなんです。昔家で食べていたような、懐かしさもしみじみ湧く一品。昼に食べた高級カレーには、それが無かった】
「いわゆる『カレーライス』なんですね」
【そうですそうです。日本人とカレーライスというのは、何某か小さい頃の記憶と紐づいているのかもしれませんね。だから、旨い!】
「カレーライスは『小さな巨人』です!」
【? オロ●ミンC? ……そういえば昔、親父に「小さな巨人てなに?」と聞いた事があります】
「ほほう」
【「そんなモンはいねえ」と言われて仕舞いです】
「?」
【「小さい」んじゃ「巨人」じぇねえだろう、と】
「ああ……その「巨人」じゃないのですけどね」

 軽快に笑い合い、

「その妹さんがお作りになるカレーライスは尚更美味し! ですね」

 軽口を叩くと、モニタ越しに西郷さん(仮)の目がギラリと一瞬光りました。
 こわや。
 ふっと仰け反ると、彼は俯いて額をひと差し指でコリコリ掻いてみせました。

【うむ。バレバレですか】
「ひょっとして、その方に懸想してらっしゃる?」

 彼は逞しい肩とゴツイ顎で受話器をホールドすると、私の失言も意に介さず、

【左様。懸想しております】

 あら男らしい。
 予想外につぶらな瞳が、モニタ越しにキラキラと眩い光を寄越します。
 両手を組み、真正面からこちらを見詰める西郷さん(仮)はキリリとした面持ちで、

【ですが、強力なライバルが――と申しますか……彼女自身中々手強いのでね。苦慮しておりますよ】

 暮れに動物園で会った際は、てっきりデートかと思っておりました。
 あ……名前、思い出しましたよ。今頃。

【最近、彼女も多少自立心が芽生えてきたようなので……もう少し時を待とうと思うとります】

 フッと柔らかい笑みを浮かべました。
 妙なタイミングで、私の脳裏に「真っ赤なボディコンの女社長」のお顔が浮かびます。※2
 今更ナンですが、彼女、あれからどうしているのでしょう……。


 西郷さん(仮)が腕を組んだままウンウン頷くと、

【彼女も最近同業者になりましてね。特殊な事情のある地域ということもあり、何かと頼りにされるのですよ。自分は一人っ子ですが、なんだか妹のような気もしてきて複雑ではあるのですが】
「妹に手を出してはいけません」
【御意。()()()にもそう言ってやっていただけませんか? いらん世話だとは思いますが】

 ガハハと豪快に笑いました。
 まあ、「お兄様」は大丈夫でしょう。相手もいらっしゃることですし。

 美冬ちゃんは手強いですね、根強い勘違い(?)をずっと抱えておりますから。
 西郷さん(仮)――夏……文太郎右衛門(ぶんたろうえもん)さんでしたね、確か。旗本みたいなお名前でした。
 焦りが感じられません。なにか大人の余裕と申しますか――。


「ゴッド・ブレス・ユー」

 この方に加護は不要かもしれません。
 自力でなんでも突破してしまいそうな匂いがあります。

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※1 実際は、既に複数「人外」が訪れております。神幸が知らないだけで
※2 二十五話「真っ赤な悪女」より