☆本日の作業用BGMは、『大都会』(クリスタル・キング)でした。
言わずと知れた名曲(ええ、ご存知ない方もいらっしゃるでしょう)。
時代ですねえ、といった趣があります。
そして締めは『あの鐘を鳴らすのはあなた』(和田アキ子)。
ーーーーーー
春一番もとうに吹き荒れたというのに、イレギュラーな寒波に襲われたその日。
訪れた来客は、妙にみすぼらしい感じの若い男性でした。
上下黒のジャージに、やたら寒そうなスタジャン一枚。
背の低い坊主頭の男性は、『綺麗なお姉●んは好きですか?(ジョリジョリ)』というボタンを押下いたしました。
私は――そんな――毛深い質ではないと思います、多分……爽太くんは「綺麗なお姉さん」という認識でいてくれますよ? ね? お母さま。
【こ、こんにちはでやんす】
「ツイてない御苑へようこそ。えーと、今日はお寒いですねぇ」
何故か。ひと言付け足してしまいました。
【某、半年ほど前に岩手の山奥から上京いたしまして……日々、暖かい弁当を売るお店のパートで糊口を凌いでるんでやんす】
「左様でございますか」
「某」と「やんす」がマッチしておりませんね。
どちらかというと太鼓持ちの貧乏御家人……。
「糊口を凌いでいるのだろうなあ」と腑に落ちるビジュアルです。
「進学で上京を?」
【いえ、人生経験を積むためというか……某、小説家にインしてみようと】
「イン?」
【小説家になりたいんでやんす】
「……なるほど」
【日中お弁当屋さんで働き、夜はひたすら執筆でやんす】
そんな彼が、同僚の女性とデート(擬き)をする事になったそうです。
それが昨日の事。
【「寅○ん記念館」というのがあるそうで。休憩中にその女性が話しているのを聞いて、思わず「いいですね、行ってみたいでやんす」と口走ってしまい……】
「口にするのはタダです」
【寅○ん、というか、あの監督が好きでして……】
気のいいその女性から誘われ、二人で記念館へ行く事に。
「いいですねいいですねぃ、デートの行き先としては渋いですが」
【デートじゃないんでやんす。彼女、既婚者でやんすから】
「……ほう(人の妻ですか)」
その話を聞いていた店長が、あとで彼をバックヤードに引っ張り出し、
【地理も不慣れだろうと、丁寧に場所や行き方を教えてくれたでやんす。ありがたくて涙が出そうになったでやんす】
「まあまあ親切ですね。店長」
やんす(仮)がカクンと項垂れました。説教喰らって反省する○○のように。
唐突なアクションに何も言えず、じっとモニタを見詰めます。
暫くじっと俯いていたやんす(仮)は、弱々しく顔を上げると、
【……うらぎ~りのぉ 言葉にぃ~……】
小さく震える声で呟きます。
始まっちゃうのでしょうか。取り敢えず「ムッシュ」のパートだけかな?
「ど、どうされ……」
【店長にレクチャーされた場所に着くと――】
「着くと?」
【亀有公園だったでやんす】
「……ん? 両さん?」
【某を迎えてくれたのは、眉毛の繋がった両津●吉の銅像だったでやんす……】
「……なんと」
【某、携帯もスマホも持っておりませんで、彼女に連絡を入れる事もできなかったでやんす】
同じ葛飾区で、なんとなくキャラクターが似ていない事もない(?)気もいたしますが。
「店長、勘違いしちゃったのでしょうかね」
【……交わす・言葉●寒い・こぉのま~ちぃ~……】
「どうしました? でやんす」
【……こぉーれも運命とぉ 生●て行くのかぁ……】
やんす泣いてるでやんす(くどいな)。ムッシュのパート(低音)をなぞりながら。
ぐしぐしスタジャンの袖で涙を拭うと、
【店長を責めるのは間違いでやんす。普通、レクチャーされても確認くらいするでやんす】
「まあ、そうですね」
【全部某の責任でやんす。頭の中ぐるぐる色々な言葉が駆け巡ったでやんす……果ってっし●ないー 夢●ー追いー続け~……】
「その辺から駆け巡ったのですか。サビですよね」
【……考えても仕様がないので、そこから柴又へと徒歩で向かったでやんす】
「なるほど。お一人で。でも、地図などお持ちだったのですか?」
【無いでやんす。見知●ぬ街ではぁ~……期待とぉ不安がぁ~ひとつにンなってぇ……】
「先を早う!」
【み、見知らぬ街の様々なお人に尋ねて……】
どうにか柴又駅前に辿り着いたやんす(仮)は、
【駅前に、かの銅像があったでやんす。某嬉しくて、寅○んの銅像と一緒に写真を】
「カメラはお持ちでしたか」
【なんとか「写ルン●す」は所持してたでやんす】
「よりによって(まだ売ってるの?)」
【短い参道を抜け、突き当りの帝釈天(題経寺)でお参りして、記念館へと向かったでやんす】
一人寂しく記念館を満喫したやんす(仮)。
【ここでも寅○ん(のパネル)と写真撮りまして、なんだか感無量に……明日彼女にさっぱりと謝ろう、嫌われても仕様がないじゃないかと、そんな気に……】
「というと、今日?」
【今日は某、休みですので、明日でやんす】
「左様ですか……ゴッド・ブレス・ユー。神の御加護を」
やんす(仮)は立ち上がり、ペコリ小さく頭を下げると、振り返ることなく店を後にしたのでございます。
……ふむ。寅○ん記念館、ですか……。
☆☆☆
――それから一週間ほど後。
やんす(仮)が再びやって来ました。
なぜか沈痛な面持ちでゆっくり座ると、『男の意~地を 見●るでやーんす(ど根性でやーんす)』というボタンを押下します。
エンディングの曲ですね。ぴったりじゃないですか。
やんす(仮)は、かの「後日談」を始めました。
【彼女に土下座して……】
「いや土下座までせんでも」
【某の気が済まないでやんす……彼女はさっぱりとしてました。「しょうーがないねー」で終わったでやんす】
「よかったです」
しかし、事件は起こったのです。
【……数日後、彼女お店辞めちゃったでやんす】
「え?」
【店長も他店に異動になりました……】
「……どういう事ですか?」
——店長と彼女は、元々「出来て」いたのだそうです。
所謂「ダブル不倫」というやつで。
店長が彼に誤った情報を与えたのも、要は嫉妬にかられたうえでの嫌がらせだったと(いじめと言ってもいいかもしれません)。
【同僚が詳細を教えてくれたでやんす】
「それは……重ねがさねツイてないというか」
【全部、某が引き金になったんじゃないかと……】
「それは考えすぎでしょう。いずれは破綻する関係ですし(※個人の見解です)」
【退勤後、バッタリ彼女と遭遇したでやんす】
「ほう。それは偶然なのですか?」
【さあ、それは……彼女、色々ごめんなさいって……。それと、離婚が決まったと】
「ごいすー」
【前々から拗れていたそうで。店長とも不倫関係精算したと。小さい娘さんが一人いらっしゃるそうで、これから二人で頑張るって言ったでやんす……無理に笑う顔が痛々しかったでやんす】
「……」
【別れ際、「小説頑張ってね。応援してる」って……】
やんす(仮)は床を見詰めながら、遠い目になりました。
【……その言葉を聞いて、思わず「今度、あらためて記念館に行きませんか?」って……】
「……ほう」
【彼女、目玉が落っこちそうなほど目を見開いて……「今度は最寄り駅で待ち合わせでやんすね?」って笑ってくれたでやんす】
「相変わらず『やんす』がくどいですね。……まあそれなら、間違いも無いでしょうけれど」
やんす(仮)は頭を掻きながら、朱に染めた四角い顔で何事かゴニョゴニョ呟いたのでございます。
☆☆☆
かの店長、「ざまあカ●カンカッパのへ~」というヤツでやんすね。
「大●会」には、「こんな俺でもいつかは光を浴●ながら きっと笑える日が……」との一節があります。
——気張れ。やんす。大都会なんかに負けンな…………でやんす。
言わずと知れた名曲(ええ、ご存知ない方もいらっしゃるでしょう)。
時代ですねえ、といった趣があります。
そして締めは『あの鐘を鳴らすのはあなた』(和田アキ子)。
ーーーーーー
春一番もとうに吹き荒れたというのに、イレギュラーな寒波に襲われたその日。
訪れた来客は、妙にみすぼらしい感じの若い男性でした。
上下黒のジャージに、やたら寒そうなスタジャン一枚。
背の低い坊主頭の男性は、『綺麗なお姉●んは好きですか?(ジョリジョリ)』というボタンを押下いたしました。
私は――そんな――毛深い質ではないと思います、多分……爽太くんは「綺麗なお姉さん」という認識でいてくれますよ? ね? お母さま。
【こ、こんにちはでやんす】
「ツイてない御苑へようこそ。えーと、今日はお寒いですねぇ」
何故か。ひと言付け足してしまいました。
【某、半年ほど前に岩手の山奥から上京いたしまして……日々、暖かい弁当を売るお店のパートで糊口を凌いでるんでやんす】
「左様でございますか」
「某」と「やんす」がマッチしておりませんね。
どちらかというと太鼓持ちの貧乏御家人……。
「糊口を凌いでいるのだろうなあ」と腑に落ちるビジュアルです。
「進学で上京を?」
【いえ、人生経験を積むためというか……某、小説家にインしてみようと】
「イン?」
【小説家になりたいんでやんす】
「……なるほど」
【日中お弁当屋さんで働き、夜はひたすら執筆でやんす】
そんな彼が、同僚の女性とデート(擬き)をする事になったそうです。
それが昨日の事。
【「寅○ん記念館」というのがあるそうで。休憩中にその女性が話しているのを聞いて、思わず「いいですね、行ってみたいでやんす」と口走ってしまい……】
「口にするのはタダです」
【寅○ん、というか、あの監督が好きでして……】
気のいいその女性から誘われ、二人で記念館へ行く事に。
「いいですねいいですねぃ、デートの行き先としては渋いですが」
【デートじゃないんでやんす。彼女、既婚者でやんすから】
「……ほう(人の妻ですか)」
その話を聞いていた店長が、あとで彼をバックヤードに引っ張り出し、
【地理も不慣れだろうと、丁寧に場所や行き方を教えてくれたでやんす。ありがたくて涙が出そうになったでやんす】
「まあまあ親切ですね。店長」
やんす(仮)がカクンと項垂れました。説教喰らって反省する○○のように。
唐突なアクションに何も言えず、じっとモニタを見詰めます。
暫くじっと俯いていたやんす(仮)は、弱々しく顔を上げると、
【……うらぎ~りのぉ 言葉にぃ~……】
小さく震える声で呟きます。
始まっちゃうのでしょうか。取り敢えず「ムッシュ」のパートだけかな?
「ど、どうされ……」
【店長にレクチャーされた場所に着くと――】
「着くと?」
【亀有公園だったでやんす】
「……ん? 両さん?」
【某を迎えてくれたのは、眉毛の繋がった両津●吉の銅像だったでやんす……】
「……なんと」
【某、携帯もスマホも持っておりませんで、彼女に連絡を入れる事もできなかったでやんす】
同じ葛飾区で、なんとなくキャラクターが似ていない事もない(?)気もいたしますが。
「店長、勘違いしちゃったのでしょうかね」
【……交わす・言葉●寒い・こぉのま~ちぃ~……】
「どうしました? でやんす」
【……こぉーれも運命とぉ 生●て行くのかぁ……】
やんす泣いてるでやんす(くどいな)。ムッシュのパート(低音)をなぞりながら。
ぐしぐしスタジャンの袖で涙を拭うと、
【店長を責めるのは間違いでやんす。普通、レクチャーされても確認くらいするでやんす】
「まあ、そうですね」
【全部某の責任でやんす。頭の中ぐるぐる色々な言葉が駆け巡ったでやんす……果ってっし●ないー 夢●ー追いー続け~……】
「その辺から駆け巡ったのですか。サビですよね」
【……考えても仕様がないので、そこから柴又へと徒歩で向かったでやんす】
「なるほど。お一人で。でも、地図などお持ちだったのですか?」
【無いでやんす。見知●ぬ街ではぁ~……期待とぉ不安がぁ~ひとつにンなってぇ……】
「先を早う!」
【み、見知らぬ街の様々なお人に尋ねて……】
どうにか柴又駅前に辿り着いたやんす(仮)は、
【駅前に、かの銅像があったでやんす。某嬉しくて、寅○んの銅像と一緒に写真を】
「カメラはお持ちでしたか」
【なんとか「写ルン●す」は所持してたでやんす】
「よりによって(まだ売ってるの?)」
【短い参道を抜け、突き当りの帝釈天(題経寺)でお参りして、記念館へと向かったでやんす】
一人寂しく記念館を満喫したやんす(仮)。
【ここでも寅○ん(のパネル)と写真撮りまして、なんだか感無量に……明日彼女にさっぱりと謝ろう、嫌われても仕様がないじゃないかと、そんな気に……】
「というと、今日?」
【今日は某、休みですので、明日でやんす】
「左様ですか……ゴッド・ブレス・ユー。神の御加護を」
やんす(仮)は立ち上がり、ペコリ小さく頭を下げると、振り返ることなく店を後にしたのでございます。
……ふむ。寅○ん記念館、ですか……。
☆☆☆
――それから一週間ほど後。
やんす(仮)が再びやって来ました。
なぜか沈痛な面持ちでゆっくり座ると、『男の意~地を 見●るでやーんす(ど根性でやーんす)』というボタンを押下します。
エンディングの曲ですね。ぴったりじゃないですか。
やんす(仮)は、かの「後日談」を始めました。
【彼女に土下座して……】
「いや土下座までせんでも」
【某の気が済まないでやんす……彼女はさっぱりとしてました。「しょうーがないねー」で終わったでやんす】
「よかったです」
しかし、事件は起こったのです。
【……数日後、彼女お店辞めちゃったでやんす】
「え?」
【店長も他店に異動になりました……】
「……どういう事ですか?」
——店長と彼女は、元々「出来て」いたのだそうです。
所謂「ダブル不倫」というやつで。
店長が彼に誤った情報を与えたのも、要は嫉妬にかられたうえでの嫌がらせだったと(いじめと言ってもいいかもしれません)。
【同僚が詳細を教えてくれたでやんす】
「それは……重ねがさねツイてないというか」
【全部、某が引き金になったんじゃないかと……】
「それは考えすぎでしょう。いずれは破綻する関係ですし(※個人の見解です)」
【退勤後、バッタリ彼女と遭遇したでやんす】
「ほう。それは偶然なのですか?」
【さあ、それは……彼女、色々ごめんなさいって……。それと、離婚が決まったと】
「ごいすー」
【前々から拗れていたそうで。店長とも不倫関係精算したと。小さい娘さんが一人いらっしゃるそうで、これから二人で頑張るって言ったでやんす……無理に笑う顔が痛々しかったでやんす】
「……」
【別れ際、「小説頑張ってね。応援してる」って……】
やんす(仮)は床を見詰めながら、遠い目になりました。
【……その言葉を聞いて、思わず「今度、あらためて記念館に行きませんか?」って……】
「……ほう」
【彼女、目玉が落っこちそうなほど目を見開いて……「今度は最寄り駅で待ち合わせでやんすね?」って笑ってくれたでやんす】
「相変わらず『やんす』がくどいですね。……まあそれなら、間違いも無いでしょうけれど」
やんす(仮)は頭を掻きながら、朱に染めた四角い顔で何事かゴニョゴニョ呟いたのでございます。
☆☆☆
かの店長、「ざまあカ●カンカッパのへ~」というヤツでやんすね。
「大●会」には、「こんな俺でもいつかは光を浴●ながら きっと笑える日が……」との一節があります。
——気張れ。やんす。大都会なんかに負けンな…………でやんす。