☆本日の作業用BGMは、『大きくなったら』(フライングキッズ)でした。
 イカ天初代グランドチャンピオンだそうです。
 VOの浜崎さんは目付きも顔色もお悪いので、よくご尊父から「早く薬やめろよ?」と言われたそうです。ジョークだと思います😊

ーーーーーー


 少し春めいてちょっとだけ暖かい金曜日。
 掃除もそこそこに、開店前から来客です。
 モニタに映るのは背の高い「ハゲタワー」と、眼鏡を掛けた小学生男児——。

 兄様と爽太くんでした。
 兄様は大きな紙袋を提げております。

 つかつかと歩み寄ったハゲが五百円硬貨を投入し、いつもの『ぼろアパートの管理人(未亡人)』ボタンを押下します。
 徐に受話器を取り上げ、

【お疲れちゃーん! 午前中にちょっと改修工事したんだ。開店前に塩梅チェックさせてくれろ】
「はあ……爽太くんを連れて?」
【偶然そこで一緒になった】

 ふとモニタ裏を覗くと、微かに白い粉が見受けられます。

「大工仕事でもしたのですか?」
【も、やった。ああ、そうそう!】

 兄様は言い置くと、表から出て裏へと回り、

「ご進物。作業着欲しいとか言ってたろう。サイズチェックしてくれ」
「は? そ、そうですか。ありがとうございます。では早速に」

 大きな袋ごと手渡されました。

 兄様が来客スペースへ戻るのを確認して、着替えに取り掛かります。


☆☆☆


 袋から取り出した「それ」は――メイド服? ハア?
 
「おいハゲ。こりゃあ何の(つも)りさね」
【作業着と言ったらこれだろ? ビジュアル・機能性を追求するとこうなる訳です】

 ドヤ顔で腕組みしつつ、兄様が言い切りました。
 爽太くんは椅子にちょこんと座り、真っ直ぐこちらを見つめています。

【まあまあ、騙されたと思って着てみてよ】
「騙されてばかりは御免なんだよ」
【別に家で着てもいいし、ウケるぜ多分。綾女なんか大喜びかもな】

 釈然としない心持ちではありましたが、正直、この装いに興味が全く無いわけではございません。
 爽太くんは(よろこ)ろーんでくれるでしょうか……。


 ハゲが爽太くんの眼前に両手を翳してます。目隠し?
 なんでそんな意味の無い事を……。
 
 スウェットを脱いで下着姿(珍しく上品な淡いブルーの上下)になった私が、メイド服を手にしてモニタに向き直ると。
 ハゲがパッと両手を()けました。
 こちらを向いたままの爽太くんがぼーっとしております。
 瞬きもせず、ほんの数秒こちらを凝視した頃合いで、ハゲがまた目隠しをしました。
 ——だから、なんの遊戯?

 ワケが分からないまま着終えると、兄様は受話器を取り、

【二、三周、くるっと回ってください】

 タイミング良く指示を飛ばしました。
 何の意味が? ガールズコレクションかよ。

 面倒臭いのでパパっと右に左に回転してみます。
 情けない事に、少々目が回ったようです。運動不足も極まれりという……。

☆☆☆

 相変わらず姿見などは無いので、目視で方々チェックしてみました。
 ……そんな悪くないかも。

 生地は意外と伸縮性があり、保温性も良さげです。


【ちゃんと着たか? どんな感じ?】
「はあ。胸が少々キツイくらいですかね」
【ハッ! 巨乳アピールしてますぜ旦那】

 横の爽太くんへ囁くと、爽太くんは無言でウンウン頷きます。

【ヘッドドレスも付けた?】

 あん?
 紙袋を覗くと、確かにありました。
 ここまでやらなアカンの? まあやりますけど。

 ふと――「V」を思い出しました。
 アレも、ひょっとして、兄様の策略だったのでは? まさかな。


 ヘッドドレスをちゃっと装着して椅子に掛けると、

【じゃあ一応、デモろうか】
「デモ?」
【爽太、なんか「ツイてない」を披露してやれい!】
【…………】
【? 爽太?】
【は?! はいっ、では……こ、こんにちは!】

 なんなんだこの茶番は。

「ツイてない御苑へようこそ」
【違う違う、そこは「お帰りなさいませご主人様」だろう?】
「――は・あ?」
【いいからヤレッ! ヤルんだジョーッ!】

 めんどいな。

「えー……お帰りなさいませご主人様」
【カーット! やっぱり「お帰りなさいませ旦那様」でいこう】
「……お帰りなさいませ旦那様(棒)」
【おー旦那様だって爽太! 新婚カップォかよ~このこのぉ!】

 ハゲにビスビス小突かれた爽太くんは、にへらと相好を崩して、頬をほんのり桜色に染めました。
 真正面からそのご尊顔を拝した私も、つられて思わず顔の筋肉が緩んだようです。


【……めぐ○ん(コミュニティバス)に乗車していると、いつも! 「止まります」ボタンを先に押されてしまうんです……】
「なるほど。でも、手間が省けてよろしいのでは?」
【合理的? かとは思うんですが……ボクの意思が無視されているような気がして、なんとなく切ないのです】
「左様ですか。そういたしますと、もうボタンに指を掛けてスタンバイするしか……」

 棒立ちの兄様が、パンッ! と柏手(かしわで)をひとつ。

【懐かしいな! まんまテレクラじゃねーか】
「黙れ色欲。爽太くんに碌でもない事を教えるな」
【テレクラってなんですか?】
「あーほらぁー喰い付いちゃったじゃないのぉ! もうっ!」
【テレクラって言うのはさ――】
「黙れってんだろツルッパゲッ」


 既定の時間を大幅に通り越しながら、ひとしきり三人で喚き合ったのでございますよ、お母さま。
 
【ゴッド・ブレス・ユー! うひゃひゃ!】

 テンション高ぇーなハゲ。
 線香でも食べたのでしょうか。


☆☆☆


 二人が出て行った後は、来店客もありませんでした。
 本日の売り上げは兄様の投入したワンコインだけです。

 
 事務所の鍵を閉め、裏口から表へと回り、最後に来客スペースを目視します。
 照明を落とす間際、何気なく事務所へ目をやると――
 
 いつもは単なる壁でしかない、灰色に塗りつぶされた窓から、薄暗い事務所内が透けて見えました。
 ――あれれ?
 
 ……脳内評議員達が沈黙しております……。


☆☆


 御苑を後にした俺は、神幸の代わりに爽太を自宅へと送り届けるべく、多少喧騒の残る街中をぷらぷら(あゆ)んでいる。

「……どうだった爽太。来て良かったろう」

 首がもげそうなヤバイ角度でこちらを見上げた爽太は、

「ありがとうございました! お心遣い感謝申し上げます」

 二人目を見合わせ、にやり笑う。

「――画像。押さえたか?」
「――はい。密かに。バッチリです――あ、あくまでメイドさんのお姿ですよ?」

 俺は惑る爽太の頭に「ポン」と優しく手を置き、

「分かってる。皆まで言うな少年」
「ですが……説明しなくてよかったのでしょうか……」
「もう遅いって」
「でも……」
「大体、今からネタばらしなんぞしたらアイツ怒髪天だろ。勢い百合やらに走っちまうかもしれんぞ? 男性不信てヤツ」
「百合?」
「男に興味無くしちゃうってことだ」
「そ、それは一大事です!」
「だろ? ここは黙ってるのが武士の情け(?)といふものさ。俺とお前、二人だけの秘密だ」

 爽太は足下に視線を落とし、まだゴニョゴニョ何事か呟いているようだ。

「五百円玉落ちてたら教えてくれ」
「はあ…………想像していたより大人っぽいアレで、ドキドキしました」
「白じゃなかったなー」
「白じゃなかったです……」
「淡いブルーときたもんだ」
「淡いブルーでした……」
「紐だったしなあ」
「ひっ! 紐でした……」

 ここは真っ赤になるところだな。鼻血ブーだったり……見下ろした爽太の顔は、裏道へ入った辺りで丁度翳ってよく見えなかった。

「爽太にとって青春の一ページなワケだ。こんなんでも暫くは保つだろ(?)」
「はいっ! 先生!」
「『爽太のアレ』が、♫ 大○くなったら~ウォウウォウ……煩悩を鎮めるのに役立ててくれい」

 若人の喜ぶ様は癒される。
 賢者(タイム)への大いなる一歩だぞ爽太。俺も功徳を積んだっちゅうもんだ。


 ――尚更言えないぜ。
 
「マジックミラーの向き間違えました、なんてなー」

 ……明日朝一で来て、とっとと直さねーとなー。