☆本日の作業用BGMは、『TOKYO PRISON』(ARB)でした。
 MVの石橋さんが若いっす。
 締めは『ロックオーバージャパン』(同)です。

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 良く晴れた週末金曜。
 薄暮の中、最初のお客さんがいらっしゃいました。


 年の頃は三十前後でしょうか。
 白い徳利セーターにスリムジーンズ、コートとブリーフケースを小脇に抱えた短髪の男性です。
 銀縁の「ウルトラセ○ン」ぽい眼鏡を装着した、スマートな外見。
「手練れ」の雰囲気です。

 剃刀のような鋭い目で説明書きとボタン群を眺めてらっしゃいます。
 私がなんとなく身構えている内、やがて彼は『光の国から(M○8星雲より)』というボタンを押下し、受話器を手にいたしました。

【こんにちは】
「~アーア~アアアアア~アー」
【ズバリ! 「北○国から」ですね】

 ビシィッ! と両人差し指を某ダンディのように向けます。

「ようこそツイてない御苑へ。リクエスト通り歌わせていただき――」
【惜しいですね。僕のリクエストは、多分「ウル○ラマン」です。ボタンは「光の」国となっているようですね】

 銀のブリッジを軽いタッチで押し上げ、彼が予想外に優しく諭します。
 は? 私は一応、ボタンを再度確認いたしました。
 ……本当だ、「北の国」じゃない……。
 最近、慣れた――と申しますか、ちよと調子に乗っているようですね。私。

「……そういたしますと、私の『声』は一体……」
【普通に人の声のようです。「それっぽい」人の声が、「ヘアッ!」とか「ジュワッチッ!」「イヨォアア!」「シェアッ!」と合いの手を入れていますが】
「……なるほど。誠に失礼いたしました」

 ついに、地球外生命体の声がラインナップに並ぶ日が来たようですね。
「時は来た!」(「破壊王」橋本真也)というやつです。
 何気に不安もございますが、承知いたしました。

「本日はお仕事帰りですか?」
【普段はほぼ在宅勤務なのですが、毎週金曜だけ出社する必要がありまして】
「左様でございますか」

 彼はコートのポケットから「大人のブラック」という缶コーヒーを取り出してテーブルに置くと、プルタブを開けてゴクリと飲み込みました。
 フッと息をつきます。

【……数日前、ツイてないことがありまして】
「拝聴いたします」


【朝起きてパチョコンを起ち上げ――】
「ぱちょこん?」
【んんッ――パソコンの電源を。朝一のルーティンなんですが……ネットが繋がらないのです】
「ああ、フーッて息を吹き掛けると生き返ることがありますよ」
【いえ、○ァミコンじゃないですから……色々試したのですが、結局ダメで。プロバイダ契約をしているケーブルテレビの会社に電話で問い合わせようと固定電話の受話器を取り上げると、「ツーッ」ともいわないのです。固定電話もその会社で一括契約なので、これは「両方駄目になってるな」というのは分かりました】
「それは……災難でしたね」

 表情を崩さず、また大人のブラックを一口。
 先ほど噛んだ際も、さして動揺は見られませんでした。

【仕方なくスマホでその会社に連絡を。担当者曰く、ケーブル切断事故の復旧作業中です、と。少なくとも昼過ぎまではエリア内の復旧は無理という事でした】
「スマホが繋がるのは不幸中の幸いでしたね」
【ええ、僕もそう思ったのですが……やがてスマホも繋がらなく】
「え?」
【スマホも、その系列会社で契約しているのですが、そっちも通信障害が……あっさりと詰んじゃいました。八方塞がりです】

 ははは、と乾いた笑いが漏れます。

「ツイてないですね」
【まったく。流石の僕ちゃん——ゲホゲホッ、僕も途方に暮れて……暫く頭を冷やそうとベランダへ。昼までに一件、取引先と更新契約の最終確認を終えないといけません。外へ出て無線LAN可の店にでも入るしかないか、と思案していると……】

 川を挟んだ真向いのマンションで、同じようにベランダへ出て来た女性が目に留まったそうです。
 川向うは○葉県。
 ケーブルテレビ会社のエリアは別です。

【彼女は、在宅の際たまにコンビを組んでいる部下なんです。ああ、彼女に事情を説明して代わりに処理してもらおうか……昼過ぎには復旧するとして、午前中の案件だけは急ぐ必要があります】
「ジュワッ! 不幸中の幸い!」
【? そ、そうですね……。ベランダで大声もナンダな、と。思い付きで「ジェスチャー」を】
「ジェスチャー? 彼女気が付きました? というか、伝わるものですか、そんな複雑な内容」
【そうなんですけど、彼女、指でOKサインを作ると、さっと部屋に引っ込んだんです。ああ、伝わったんだな、俺スゲーなと思いながら暫く待っていると……】

◆◆◆

 数分後、チャイムが鳴り――
 扉越しに覗くと、ツインテ眼鏡でノーメイク――褞袍(どてら)を着た田舎の娘っ子のような女の子が、荒い息で佇んでいたそうです。

【会社ではコンタクトだったんだな、と然もない事を思いながらドアを開けました】

 彼女は大きな鍋を両手で抱え、

『課長、お待たせです!』

 何故か嬉しそうに、満面の笑みを浮かべたそうです。

『お、おお、ご苦労。で、これは?』
『ご要請のとおり、「肉じゃが」です! 作り置きで申し訳ありません』

◇◇◇

「――肉じゃが?」
【僕のジェスチャーを、「今すぐ肉じゃが持って来い」と解釈したそうで】
「…………へぇ。優秀な部下だ……」
【「あ、おタマ忘れちゃいましたテヘぺろ♥」とか言って】
「セブンは嘗て言いました……ジュワッ! そんなあたなにア○スラッガー」
【アイ○ラッガーでは「肉じゃが」よそえないでしょう】
「御意」


【……仕方なく、一から事情を説明して……午前中の案件は、なんとか無事に終わりました】
「シェアッ! それは重畳」
【? 結局お昼には、僕の部屋で二人肉じゃがを囲むことに……】
「……ほう」

「課長」は変わらず無表情です。
 その無表情に、何故か違和感を抱いた私。

「……その後——いえ、その()はどうされたので?」
【ば、晩? ですか?】
「ええ。ここは会社ではありません。貴方と私の二人っきりです。この際、爽快に――」
【あああああ! あの! ……そ、その晩、というか……】

 今日初めて、課長の目が激しく泳ぎます。

【……彼女と、つ、付き合う事に、なりました……】

 モニタから課長の上半身がフッと消えました。
 背骨の凹凸が「進撃○巨人」を思い起こさせます。


 ——やがて顔を上げた課長の顔は、情けないくらい真っ赤っかでした。
 眼鏡のフレームが溶け落ちそうな塩梅です。
 震える手に握られた「大人のブラック」——最早「天使のミルク」の方がお似合いでは?
 な? 僕ちゃん。


「その日の内に、文字通り濃厚○○者の一丁アガリか」
【………………】

「良かったな僕ちゃん、お幸せに。ゴッド・ブレス・ユー」


 また上からやっちまいました……。

 しかし課長、チョロいな。
「切れる」のは目線だけだったか。頭じゃなくて。
 まさかのポンコツとはなあ。


 新説爆誕。
 意味不明のジェスチャーひとつで交際が始まる事もあるようです。
 彼が冷静に、最初から彼女に会って助けを乞えばこうは行かなかったわけで。


「肉じゃが」か……。
 
 ——彼女の方が一枚上手だったやもしれませんね、お母さま。