☆本日のBGMは『クックロビン音頭』でした。

ーーーーーー

 モニタに映るお客さんは、晋三です。
 オリンピックで「マリオ」の仮装をした人ではありません。
 お母さまも記憶にございますでしょう。近所の晋三ですよ、私の二つ下の。

 部活帰りなのか、夏休み中にも関わらず半袖のカッターシャツにタックの入った制服(ズボン)姿。なぜか手ぶらですよ。
 ツンツンとんがった頭髪が汗に濡れて若干光っています。

 ……コイツ、「わざと」か……?

 私がここに詰めていることを知っているのは、兄様だけです。
 しかし、実家(寺)直営なのを知らないのでしょうか――晋三のくせに。
 エロエロと抜けたところのあるボンボンでしたが、あまり変わっていないようですね。

 何か思い詰めた白い顔で、じっと下を見詰めています。

 私、夕餉(ゆうげ)の五目焼きそばを()んでいる途中でしたが、コイツ相手なら食べながらでも……。
 いやいや、プロの姿勢としてそれは……えっ、私プロですか? お母さま……。

 晋三は百円玉を五枚、立て続けに投入すると、「任三郎(警部補バージョン)」のボタンを押下しました。よりによって、それか。兄様、よい加減にしてくださいよ。
 私には「警部バージョン」と「警部補バージョン」の区別がつきません。
 もう、適当でよろしいですか? お母さま。

 とりあえず、お仕事開始でございます。ハア……。


☆☆☆


【……そ、卒爾(そつじ)ながら……】

 ――剣客かお前。

「(もぐもぐ)んー『ツイてない御苑』へようこそ。今日は――あー、どうされましたぁ(くっちゃくっちゃ)」

 うろ覚えで真似が利きません。確かちょっと早口な一本調子――でしたよね。ね? お母さま。


【あ、あの……普通で……普通にお願いします。……何か食べていらっしゃいます?】

「まあまあ」とばかり、晋三ごときが(なだ)めるように左手を前にぐいぐい(かざ)しております。
 食事時に来やがってよう……お前が悪い(※言いがかり)。

「食べてませんよ? で、どうしたの今日は」
【(なんか投げやりだな……)え、そのう……こ、告白したんです、昨日】
「………………へえ」

 まるで興味ありませんよ。お前の色恋沙汰なんて。

【相手のお宅に……夜、突然思い立っちゃって、勢いで電話を掛けまして……「ずっと前から好きでした!」と叫んだのですが……どうも、その……慌てすぎて別人に告白しちゃったみたいで……】

 モニタから消える勢いで、晋三が項垂(うなだ)れました。
 そういえば、そんな電話を受けましたね、昨日。


★★★


 家に帰り着いて、母屋のキッチンへ入り込みました。ここにはオーブンレンジがありますから。
 帰りがけにスーパーで買い求めた「しぞーか(静岡)おでん」を温め、ハフハフ頬張っておりましたところ、電話が鳴りまして。
 舌打ちひとつ、重い腰を上げて出てやりましたよ。で、いきなり先程の台詞です。

「は・あ?」

 と返しましたら、すぐプチっと切れました。


☆☆☆


 ……ありゃお前だったのか。今すぐ返せ、私の貴重なゴールデンタイムを。

「チッ――どなたに告白するつもりだったのですか」

 ゆっくり顔を上げた晋三は、少し逡巡したあと、

【(チッ?)……き、近所の……ある寺院の、と、当主の……ご住職です……】

 視線が迷子になっています。
 もじもじすんな、晋三のくせに。

 しかし――兄様に? お前、兄様がずっと好きだったと?
 ほうう……腐女子の皆さんがいきり立つ展開ですな。
 ちょっと面白いような……実はそうでもないような……。お母さま的にはどうでしょう。


「♫ あーくーじょーにな~るなら月夜はおよ●よ――」
【どうして突然歌い出すんですっ?!】

 喰い気味に被せられました。中島み●きさんの悲し気なお顔が頭に浮かびます。

「……あー直接お伝えすればよいでしょう。なれば確実かと」

 兄様は「衆道」も嗜まれたでしょうか。お母さまご存知ですか?
 まあ独身ですからねえ、いい歳して……今度(※覚えてたら)伺ってみましょうか。

【……そ、そんな……そんなことができたら……】

 晋三はちぎれるように身を(よじ)っております。そのままちぎれるがよいです。

 私はそんな画を目にしないよう、急いで残りの五目焼きそばを掻き込みます。
 ふんとに……食事中に妙なカミングアウトしくさってよう……。
 
 晋三は相変わらず、EX●LEのようにぐるぐる体を身悶えさせています。

 私は無事に食べ終わり、爪楊枝をシーシー手繰(たぐ)っておりました。
 ああ、勿論片手で口を覆っております。心配無用です、お母さま。


 晋三のような者でも、貴重なお金を払ってまでこのようなところへとやって来る……。
 彼もずっと悶々としていて、夕べ突然限界を迎えてしまったのかもしれませんね。
 
 来店される皆さんも、「ツイてない」以外にも色々抱えていらっしゃるのでしょう。
 身内や親しい人に話せるものもあれば、誰にも話すことができないようなことも……。

 私が住職(兄様)から命令されているのは――

《俺が×××に求めるのは、来店した人の話を一所懸命「聞いてあげる」ことだけだ。悩みを解決しようなんて思うな。多少なりと落ち込んでいる人の話を、「()()()」「()()()」聞いてあげてほしい――そ、それだけなんだからねッッ?!》

 なぜかツンデレ風に言われました。

 ただこれだけのことが何気にムズイ。つい「解決してあげなくては」となるのは、思い上がりだとわかってはいるのですが……。

 相変わらず私は、その人の表層だけに突っ込んで失敗を重ねております……。

 
☆☆☆

 
 頃合いで――

「ご馳走様で――ゲフンッ――お疲れ様でした」
【え? あ、あのう――】
「よろしければ、その後の進捗をお教えください。ゴッド・ブレス・ユー(神のご加護を)…………へっ」
【へっ?! ちょっと、もしもし?!】

 私は取り合わず、プチっとフックを押しました。
 そっと受話器を置きます。

 受話器を耳にあてたまま――晋三は石になっているようです。


☆☆☆


 とっくに役務(サービス)の時間を越えておりますが、晋三はいまだに固まったままでございます。
 かれこれ――三十分。

 私は彼を放っぽって、家から持ち出した夕刊を読み込んでおります。連載小説が実に面白いのです。荻●浩さんなのですが――お母さまはご存知でしょうか。


 閉店(午後九時)までこのままにしておきましょう。
 いえ、閉店後もこのままにしておきましょうか。

 所詮、晋三です。世の中はいつも通りに回っております。
 何も心配はいりませんよ、お母さま。