☆本日の作業用BGMは『ど〇〇〇〇も』(槇〇〇之)でした。
曲造り天才なんじゃないかと。
ーーーーーー
暮れ六ツ(午後六時)の鐘の音が尽きる頃、店へ足を踏み入れたお客さんは、先般おいでになったOLさんと同じ制服でした。
「不知火型の女」と一緒、鮮やかな水色のタイトスカート。
黒いカーディガンのみの軽装です。ご勤務先が近所なんですねやっぱり。
あの人と同じように、大きめの財布を大事そうに握り締め、力無く椅子に腰掛けます。
ラッピングされた小袋をテーブルにそっと置くと、小さな溜息を漏らしました。
本日も中々お客さんが来店されず、間が悪く夕飯もまだでしたので、少しだけイライラしているところでした。お腹減った……。
女性は説明書きに目をやる事もなく眼下のボタン群を一瞥すると、やがて『就職戦線異状ありデガす』というボタンをそっと押下しました。……デガす?
受話器を手にし、こちらを虚ろに眺める女性、二十代後半といった感じです。
サラサラの黒髪は肩に届かず、耳が少しだけ覗いております。
小さな丸顔に薄いピンクの唇、やや垂れた眉が若干頼りな気な空気を醸しております。
☆☆☆
【……こんばんは】
見た目通り力無い小さな声が、ピンクの口許からぽふっと零れました。
「聖なる日に『ツイてない御苑』へようこそ」
余計な枕詞だったようです。途端、彼女の目に涙が浮かびます。いきなりか。
八つ当たりでしたね。ごめんなさい。
私もいつの間にか、八つ当たりしたくなる、できる、しても怒られないような雰囲気を感じ取る(多少)スキルを体得したのかもしれません。
「失礼いたしました。ここは、誰ぞお聞きになったのですか?」
彼女はポケットからピンクのハンケチを取り出すと、そっと目頭に当てました。
【会社の後輩から……。相談に訪れて、彼氏が出来たとか自慢げに吹聴してましたから】
「(ん?)左様でございますか。で、今日はどうされました?」
彼女は二度三度軽い呼吸を繰り返し、小袋にちらと目をやると、
【会社の同僚に、チ、チョコを渡そうと……今朝まで必死に捏ね繰り回したチョコを渡そうと、思ったのですが……結局渡せません】
中々目線が上がりませんね。
「ご勤務先はどんなムードでした? 今日一日」
【私の居るフロアは男女半々なんですけど、チョコの遣り取りが殆ど無かったです】
「一度も?」
【いえ、一回だけ。ここを教えてくれた後輩が、付き合っている同僚に……。公認の仲なので、みんな「また始まった」風に冷めた目で眺めていました。ちょっと変わった娘ですし】
「変わってる?」
【いっつも、自販機の前で四股踏んでます】
――やっぱアイツか。てかまだやってるんだな。未だに取り忘れるんか?
「僕が側で見てるから」とか言ってたよな? あのナイスガイ。
いやいや。不知火型を押し付けたのは私だしなあ……。
俯く彼女の口の端に、ほつれた髪がぺったりくっついております――彼女もお腹減っているのですね、きっと。
そうしていると薄幸感が増幅される気がいたします。
【……一日中タイミングを窺って、今だ! ってアタックしようとしても、腕がチョコを掴んでくれなくて……】
「足腰はちゃんと上がりましたか?」
【私の足じゃないみたいに、バッと立ち上がるんです。けど腕が……】
「トミー・ジョン手術を受けましょう」
【チョコを渡すために? そんな、とても間に合わない――じゃなくて、日常生活で剛速球を投げるわけでもないし……】
私が放った渾身のジョークは、冷静に捌かれチョンです。
――それがナニか?
「お相手は退社されましたか」
【いえ、残業中です。私もですが】
「……なるほど」
まだチャンスはあるわけですね。もうひと押しが欲しい――そんなトコロでしょうか。
そうは問屋が卸さないのですぅ~(くふふ)。
「そもそも、チョコなんぞ渡してどうしようと?」
【え? えーと……いつの間にか、彼のこと好きになってて……】
「チョコ如きであわよくば交際を?」
益々腹減ってきたぞ。
困惑気味の彼女を眺めながら、なんとなくイライラが募ります。
【夕べは……交際云々はともかく、「チョコ完成させなきゃ」って気持ちしかなくて……出来上がるまでは、そういう、「一意専心」というか】
「中○語は勘弁してください」
【日本語ですよ? あれ? 由来は中国なのかな?】
「ほら中国!」
【ち、ちょっと気取っちゃいました、ごめんなさい。……雑念が無かったんです、要するに】
「チョコを渡して女の子から愛の告白などと……バレンタインはそんな破廉恥なイベントじゃありません!」
【そういうイベントなんですっ!】
「お姉ちゃんの嘘つきー(棒)」
【本当です! ご存知ないんですか? 女性から告白する日なんです。……そんな病人を見るような目は止めてください】
「見えないくせに」
【み、見えません。嘘を言いました】
「お姉ちゃんの嘘つきー」
☆☆☆
「では改めて……会社の中心で愛を叫びますか? それとも会社の中心で愛を告白しますか?」
【おんなし……】
どこか呆れたような響き――なんか癪に障るな。
なーんでか? 『な●でかフラメンコ』かよ。※
「じゃ、余計な事は言わず「食べてください」でいいのでは? 告白は置いといて」
彼女が顔を上げました。
なんだその不思議そうな顔は。
【告白はいいんですか? メインイベントなのに】
「ムムッ! いーんです!」
脳内慈○さんがサムズアップしております。
【え? えと……私の気持ちです、とかは】
「いえ、そーゆーのもナシで。ただ『食べてください』と」
【…………】
「相手の『左目』を――間違ってはいけません、『左目』ですよ? じっと見詰めて……瞬きは厳禁です!」
【は、はいっ!】
「すると、目も潤んでくるでしょう、ドライアイでない限り。そのままじっと見詰めるだけです」
【じっと見詰めるだけ……】
「そう! コンプリートです!」
どっかの魔術師にでもなった気分です。いや暗示?
――目は口ほどにモノを言う、と聞きます。
「あなたのその瞳——相手がボンクラでない限り、いやでもキニナルことでしょう」
さすれば、いずれ相手の方から何らかのアプローチがあるやもしれん。
変わった女だ、って終わっちゃうかもしれませんけど。
「貴女が見初めたお人です。ボンクラではないでしょう?」
お会いした事もないので知らんけど。
彼女は――
目を伏せると、青白い顔で思考に落ちているようでした。
やがて。
【……やってみます。食べて、って渡すだけですもんね】
「『やらず後悔』より『やって後悔』を選択したのでしょう? 後の事は考えずに、フラットな気持ちで行きましょう」
【ネガティブな私でも出来ますかね? あまり重く考えずに――】
「ど○な時もっ! ど○な時もっ!」
【え?】
「僕が僕ら○くある~」
【もう、いいです、結構です! 仰る通りです!(?)】
引くな。そこで。サビくらい歌わせてくれろ。
「好き」とか「恋」とか、ひとそれぞれ、色んな心持ちがあっていいのではないでしょうか。
「好き」と言わずに「好き」という気持ちを伝える――私は、彼女の選択(※私が強要した)を尊重する処女ん(んぐぐ)所存なのであります。
少しだけ紅潮した顔を上げた彼女の眉は、もう垂れ下がってはいませんでした。
立ち上がり様、スッと伸ばした手で力強く小袋を掴んだのを見た私は、
「ゴッド・ブレス・ユー!」
私なりのエールを、心からお贈りしたのでございます。
☆☆☆
——あれから数日。
彼女は未だ、ここを訪れてはおりません。
ーーーーーー
※ギター漫談家、堺すすむ師匠の名人芸・鉄板ネタ。
(よく似ておいでですが、西川貴教さんとは別人です)
曲造り天才なんじゃないかと。
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暮れ六ツ(午後六時)の鐘の音が尽きる頃、店へ足を踏み入れたお客さんは、先般おいでになったOLさんと同じ制服でした。
「不知火型の女」と一緒、鮮やかな水色のタイトスカート。
黒いカーディガンのみの軽装です。ご勤務先が近所なんですねやっぱり。
あの人と同じように、大きめの財布を大事そうに握り締め、力無く椅子に腰掛けます。
ラッピングされた小袋をテーブルにそっと置くと、小さな溜息を漏らしました。
本日も中々お客さんが来店されず、間が悪く夕飯もまだでしたので、少しだけイライラしているところでした。お腹減った……。
女性は説明書きに目をやる事もなく眼下のボタン群を一瞥すると、やがて『就職戦線異状ありデガす』というボタンをそっと押下しました。……デガす?
受話器を手にし、こちらを虚ろに眺める女性、二十代後半といった感じです。
サラサラの黒髪は肩に届かず、耳が少しだけ覗いております。
小さな丸顔に薄いピンクの唇、やや垂れた眉が若干頼りな気な空気を醸しております。
☆☆☆
【……こんばんは】
見た目通り力無い小さな声が、ピンクの口許からぽふっと零れました。
「聖なる日に『ツイてない御苑』へようこそ」
余計な枕詞だったようです。途端、彼女の目に涙が浮かびます。いきなりか。
八つ当たりでしたね。ごめんなさい。
私もいつの間にか、八つ当たりしたくなる、できる、しても怒られないような雰囲気を感じ取る(多少)スキルを体得したのかもしれません。
「失礼いたしました。ここは、誰ぞお聞きになったのですか?」
彼女はポケットからピンクのハンケチを取り出すと、そっと目頭に当てました。
【会社の後輩から……。相談に訪れて、彼氏が出来たとか自慢げに吹聴してましたから】
「(ん?)左様でございますか。で、今日はどうされました?」
彼女は二度三度軽い呼吸を繰り返し、小袋にちらと目をやると、
【会社の同僚に、チ、チョコを渡そうと……今朝まで必死に捏ね繰り回したチョコを渡そうと、思ったのですが……結局渡せません】
中々目線が上がりませんね。
「ご勤務先はどんなムードでした? 今日一日」
【私の居るフロアは男女半々なんですけど、チョコの遣り取りが殆ど無かったです】
「一度も?」
【いえ、一回だけ。ここを教えてくれた後輩が、付き合っている同僚に……。公認の仲なので、みんな「また始まった」風に冷めた目で眺めていました。ちょっと変わった娘ですし】
「変わってる?」
【いっつも、自販機の前で四股踏んでます】
――やっぱアイツか。てかまだやってるんだな。未だに取り忘れるんか?
「僕が側で見てるから」とか言ってたよな? あのナイスガイ。
いやいや。不知火型を押し付けたのは私だしなあ……。
俯く彼女の口の端に、ほつれた髪がぺったりくっついております――彼女もお腹減っているのですね、きっと。
そうしていると薄幸感が増幅される気がいたします。
【……一日中タイミングを窺って、今だ! ってアタックしようとしても、腕がチョコを掴んでくれなくて……】
「足腰はちゃんと上がりましたか?」
【私の足じゃないみたいに、バッと立ち上がるんです。けど腕が……】
「トミー・ジョン手術を受けましょう」
【チョコを渡すために? そんな、とても間に合わない――じゃなくて、日常生活で剛速球を投げるわけでもないし……】
私が放った渾身のジョークは、冷静に捌かれチョンです。
――それがナニか?
「お相手は退社されましたか」
【いえ、残業中です。私もですが】
「……なるほど」
まだチャンスはあるわけですね。もうひと押しが欲しい――そんなトコロでしょうか。
そうは問屋が卸さないのですぅ~(くふふ)。
「そもそも、チョコなんぞ渡してどうしようと?」
【え? えーと……いつの間にか、彼のこと好きになってて……】
「チョコ如きであわよくば交際を?」
益々腹減ってきたぞ。
困惑気味の彼女を眺めながら、なんとなくイライラが募ります。
【夕べは……交際云々はともかく、「チョコ完成させなきゃ」って気持ちしかなくて……出来上がるまでは、そういう、「一意専心」というか】
「中○語は勘弁してください」
【日本語ですよ? あれ? 由来は中国なのかな?】
「ほら中国!」
【ち、ちょっと気取っちゃいました、ごめんなさい。……雑念が無かったんです、要するに】
「チョコを渡して女の子から愛の告白などと……バレンタインはそんな破廉恥なイベントじゃありません!」
【そういうイベントなんですっ!】
「お姉ちゃんの嘘つきー(棒)」
【本当です! ご存知ないんですか? 女性から告白する日なんです。……そんな病人を見るような目は止めてください】
「見えないくせに」
【み、見えません。嘘を言いました】
「お姉ちゃんの嘘つきー」
☆☆☆
「では改めて……会社の中心で愛を叫びますか? それとも会社の中心で愛を告白しますか?」
【おんなし……】
どこか呆れたような響き――なんか癪に障るな。
なーんでか? 『な●でかフラメンコ』かよ。※
「じゃ、余計な事は言わず「食べてください」でいいのでは? 告白は置いといて」
彼女が顔を上げました。
なんだその不思議そうな顔は。
【告白はいいんですか? メインイベントなのに】
「ムムッ! いーんです!」
脳内慈○さんがサムズアップしております。
【え? えと……私の気持ちです、とかは】
「いえ、そーゆーのもナシで。ただ『食べてください』と」
【…………】
「相手の『左目』を――間違ってはいけません、『左目』ですよ? じっと見詰めて……瞬きは厳禁です!」
【は、はいっ!】
「すると、目も潤んでくるでしょう、ドライアイでない限り。そのままじっと見詰めるだけです」
【じっと見詰めるだけ……】
「そう! コンプリートです!」
どっかの魔術師にでもなった気分です。いや暗示?
――目は口ほどにモノを言う、と聞きます。
「あなたのその瞳——相手がボンクラでない限り、いやでもキニナルことでしょう」
さすれば、いずれ相手の方から何らかのアプローチがあるやもしれん。
変わった女だ、って終わっちゃうかもしれませんけど。
「貴女が見初めたお人です。ボンクラではないでしょう?」
お会いした事もないので知らんけど。
彼女は――
目を伏せると、青白い顔で思考に落ちているようでした。
やがて。
【……やってみます。食べて、って渡すだけですもんね】
「『やらず後悔』より『やって後悔』を選択したのでしょう? 後の事は考えずに、フラットな気持ちで行きましょう」
【ネガティブな私でも出来ますかね? あまり重く考えずに――】
「ど○な時もっ! ど○な時もっ!」
【え?】
「僕が僕ら○くある~」
【もう、いいです、結構です! 仰る通りです!(?)】
引くな。そこで。サビくらい歌わせてくれろ。
「好き」とか「恋」とか、ひとそれぞれ、色んな心持ちがあっていいのではないでしょうか。
「好き」と言わずに「好き」という気持ちを伝える――私は、彼女の選択(※私が強要した)を尊重する処女ん(んぐぐ)所存なのであります。
少しだけ紅潮した顔を上げた彼女の眉は、もう垂れ下がってはいませんでした。
立ち上がり様、スッと伸ばした手で力強く小袋を掴んだのを見た私は、
「ゴッド・ブレス・ユー!」
私なりのエールを、心からお贈りしたのでございます。
☆☆☆
——あれから数日。
彼女は未だ、ここを訪れてはおりません。
ーーーーーー
※ギター漫談家、堺すすむ師匠の名人芸・鉄板ネタ。
(よく似ておいでですが、西川貴教さんとは別人です)