★本日の作業用BGMは、MV界に革命をもたらした(という噂の)、
『ビート・イット』(マイケル・ジャクソン)でした。
見飽きないMVです。
ーーーーーー
★★★
残暑厳しいある日の放課後。
銀杏岡八幡でオグラ名誉会長と暫し戯れ――ちょっと揉んでもらった後、浅草橋駅前の本屋でつらつらラノベやら漫画(※えっちぃヤツ)をチェックして江戸通りへと出たところで、
「えくすきゅーずみー」
ちょっとカタコトな声音が飛んで来た。
街中で声を掛けられた経験など殆ど無いので、不審に思ってキョロついていると、カートをゴロゴロ引き摺る若い男性二人組が手を挙げた。
えっ、あたし? アタシに用? ナンデ?
いつの間にか目の前にいる二人。にこにこ顔で、
「ココ、アサクサ?」
惜しい。「アサクサバシ」だよ。
江戸の頃は「浅草の内」だったみたいだけどね。
「ち、違います。浅草違います」
「アサクサチガウ? ノー」
二人オーバーに仰け反り、片手でぴしゃんとデコを叩いた。
見た目日本人みたい……ちゅうと、中国とか韓国の人?
「アサクサ、where?」
なして急に英語なんだよ。もー。
「あ、あー、あいきゃんのっとすぴーく――」
「オウ、ワタシエイゴワカラナイ」
えくすきゅーずみーとか言っといてよう。面倒臭い外国人め。
もういいか日本語で。くそう、反応しなきゃよかった……。
「浅草、この道真っ直ぐ、すとれいとすとれいと。あっち――」
「ソーリー、チカクマデツレテッテヨ」
言うや、男が私の手を取ってぐいと引っ張る。
「ヒッ?!」
なにすんだバカァ! ピキッと硬直!
周囲を行き交う生身の人間共は、三人の塊がまるで存在していない風に、するする流れるよう高速で避けていく。
気が付くと前後を男たちに挟まれていた。カートが鬱陶しく足元を塞いでいる。
鬼○郎のようなもっさい前髪の裏で、おでこから珠の汗がひとつ滴り落ちた。
膝下長めのスカートの中、籠った空気がじっとり湿る。
さっきから喧しい蝉の声がいっとき消えた。
「ヘイ、カモーン!」
腕を掴んだ男がイイ笑顔で強引に歩き出す。体が突っ張りよろける。頭の中が白くなりかけ――
「お待っとさんでした」
え、キンキン? トーンの低い日本語がハッキリ耳に届いた。
同時に掴まれていた腕が振りほどかれ、新手の腕がにゅっと伸びて横へ引っ張られる。
たたらを踏んだ私の眼前に、無精ひげも見事な男の顔がある。
「???」
二人組も一瞬、ぽかんと呆けている。
その男は両手で私の頬を「パン」と軽く叩き、
「――レッツらゴーっ」
小さく囁くと、腕を手繰りながら突然走り出した。
私は頬の衝撃を感じる間もなく、足を縺れさせながら夢中で男について駆け出した。
☆☆☆
本屋のビル裏手へ廻り、近辺をぐるぐる二、三周もしたろうか――。
結局、また銀杏岡八幡へと舞い戻り、裏通りのガードレールに尻を下ろした。
男が付近の自販機で買ったお茶のミニペットボトルを突き出し、
「ん」
とひと言。
荒い息のまま無言で受け取り、微かに震える手で必死にフタを開けると、口から溢れる勢いで無理矢理喉へ流し込んだ。
神社を覆う樹々が陽を遮り、表通りとは真反対に薄青く翳る通り。先程より若干ヒンヤリとした空気に一瞬、身が震えた。全身くまなく汗が噴き出していた。
男はポケットから器用に一本だけ煙草を抜いて火を点けると、さらに携帯灰皿を取り出してパカッと開け、深々とひと吸いしてぼんやり紫煙を吐いた。
「――あいつら日本人だよ」
「…………え?」
「西浅草の――まあいっか、それは」
ふた吸い目の煙をぼへえっと漂わせる。
「ちょいちょいインバウンド? ちゅうの? 旅行者装って、ナンパちゅうか……まあ、付いて行くのはやめて正解だと思う。その……カタギじゃないからさ」
「カタギじゃないっっ?!(ウチと一緒?!)」 ※お寺は通常カタギと思はれます。
「うおっ?! びっくりしたあ、デカイ声出るんじゃん」
「う、そ、そ……」
ふいーっと煙を吐くと、
「俺、役に立ったかな?」
ちょっと顔を伏せてはにかんでみせた。
あ、そういやお礼も言ってなかった。
とは思ったが、なぜか謝辞が出て来ない。慌ててコクコク頷いた。
「そ、そっか。なら良かった。やー、俺がJKのお役に立てる日が来るとはなあ……」
男は目を瞑ると、感慨深げにひとつ頷いた。
少し気分も落ち着いてきて、あらためて男を見詰める。
白いTシャツにグレーの短パン。シャツの胸に、大きく「すぷりんぐ」の文字。総じてお洒落感はない。
若い、とは思うが、無精ひげの所為か年の頃がよく分からない。背は高い方じゃなかろうか。
男を横目に見ながら、ひと口お茶を飲み込み、
「あ、あの……ありがとう。おいちゃん」
「おいちゃんでは――おいちゃんかな、君等から見れば。……その制服、○○○女子高だろ? ほんで一年生か」
私は咄嗟にガードレールから飛び退き、両腕で我が身を抱き締めた。
まさかの、このおいちゃんもシ○ッカーの一味?
「ま、待った! そんな目で見るなよ、妹がそこの生徒なんだ、一年でさ、嘘じゃないよ?」
男がわたわたと両手を振るのを離れてジト目で凝視する。
軽くパニクった。一難去ってまた一難かよ。なんて日だ!
このままダッシュで逃げようかと高速でロードしていると、
「傷つくなあ、マジか。一年なら知ってると思うんだけど。妹は春――『春美冬』ちゅうんだ……ってくそ、個人情報ダダ漏れじゃねーか」
男は、煙草を挟んだ指で自分の胸元を指差しながら、眉間に皺を寄せた。
(は?)
「美冬さん……あ」
(――噂の「お兄様」?)
……ホンマか? まるで似てない気もするんだけど……。
「お兄様」は私と目を合せぬよう最後の煙を放ると、携帯灰皿で優しく火を消した。
――ここ(台東区)、路上喫煙禁止なんだけどな……。今更か?
……八幡様の裏手で憮然と立ち竦んだまま、ひと声漏れた。
「美冬さんはクラスメイトです。机、隣なんです」
お兄様は「へー」という顔をしたが、特に言葉も無く。
ひとしきり間があった。小うるさく喚く蝉の声が、今はしっかり耳を賑わす。
……どうしよう。礼は言ったし、もう特に用が無い。「お兄様」自身には、少しだけ興味はあるけど……。
すると突然、
「こう暑いと、アイス食べたくない? 『レ○ィーボーデン』って知ってる?」
なに? あの伝説の「レデ○ーボーデン」……だと?
生まれてこの方、口にした事がない。マジか? 高級アイスクリン(?)だぞ?!
私の心持ちは一気に傾いた。
喉の渇きは水道水で誤魔化せても、アイスへの欲求は代わるものがない。
「知らない人にはついて行かない」――そんな常識は、(多分)蔵前橋を渡り、墨田区方面へと飛んで行ってしまった(近い)。
☆☆☆
気が付いたら鳥越明神裏の――とあるボロい家の前に立っていた。
「お兄様」がポケットをまさぐっている。鍵でも探しているものか。
――これ、人が住めるのか? 今にも朽ちそうな感じなのに。高級アイスクリンも怪しくなってきたぞ。
鍵を差し込み、するっと引き戸を開けたお兄様はこちらを振り返り、
「どうぞ。すぐには倒壊しないよ? じき、美冬も帰って来るだろ」
どういう根拠があって倒壊しないと?
「春」一文字の表札(蒲鉾板に良く似ている)を横目に見ながら、私は恐る恐る古家へと足を踏み入れたのだった。
……レディ○ボーデンさえゴチになったら、とっとと退散しよう。
◇◇◇
――翌日の放課後。
私は懲りずに前日と同じ本屋に立ち寄った。
今日は美冬さんが付き添ってくれている。
夕べ、あーでもないと悶々と悩んだが、書棚の前に立つと迷わず一冊の本に手が伸びた。
抜き取った相手は、「ビジネス文書検定3級」というテキストだった。
『ビート・イット』(マイケル・ジャクソン)でした。
見飽きないMVです。
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残暑厳しいある日の放課後。
銀杏岡八幡でオグラ名誉会長と暫し戯れ――ちょっと揉んでもらった後、浅草橋駅前の本屋でつらつらラノベやら漫画(※えっちぃヤツ)をチェックして江戸通りへと出たところで、
「えくすきゅーずみー」
ちょっとカタコトな声音が飛んで来た。
街中で声を掛けられた経験など殆ど無いので、不審に思ってキョロついていると、カートをゴロゴロ引き摺る若い男性二人組が手を挙げた。
えっ、あたし? アタシに用? ナンデ?
いつの間にか目の前にいる二人。にこにこ顔で、
「ココ、アサクサ?」
惜しい。「アサクサバシ」だよ。
江戸の頃は「浅草の内」だったみたいだけどね。
「ち、違います。浅草違います」
「アサクサチガウ? ノー」
二人オーバーに仰け反り、片手でぴしゃんとデコを叩いた。
見た目日本人みたい……ちゅうと、中国とか韓国の人?
「アサクサ、where?」
なして急に英語なんだよ。もー。
「あ、あー、あいきゃんのっとすぴーく――」
「オウ、ワタシエイゴワカラナイ」
えくすきゅーずみーとか言っといてよう。面倒臭い外国人め。
もういいか日本語で。くそう、反応しなきゃよかった……。
「浅草、この道真っ直ぐ、すとれいとすとれいと。あっち――」
「ソーリー、チカクマデツレテッテヨ」
言うや、男が私の手を取ってぐいと引っ張る。
「ヒッ?!」
なにすんだバカァ! ピキッと硬直!
周囲を行き交う生身の人間共は、三人の塊がまるで存在していない風に、するする流れるよう高速で避けていく。
気が付くと前後を男たちに挟まれていた。カートが鬱陶しく足元を塞いでいる。
鬼○郎のようなもっさい前髪の裏で、おでこから珠の汗がひとつ滴り落ちた。
膝下長めのスカートの中、籠った空気がじっとり湿る。
さっきから喧しい蝉の声がいっとき消えた。
「ヘイ、カモーン!」
腕を掴んだ男がイイ笑顔で強引に歩き出す。体が突っ張りよろける。頭の中が白くなりかけ――
「お待っとさんでした」
え、キンキン? トーンの低い日本語がハッキリ耳に届いた。
同時に掴まれていた腕が振りほどかれ、新手の腕がにゅっと伸びて横へ引っ張られる。
たたらを踏んだ私の眼前に、無精ひげも見事な男の顔がある。
「???」
二人組も一瞬、ぽかんと呆けている。
その男は両手で私の頬を「パン」と軽く叩き、
「――レッツらゴーっ」
小さく囁くと、腕を手繰りながら突然走り出した。
私は頬の衝撃を感じる間もなく、足を縺れさせながら夢中で男について駆け出した。
☆☆☆
本屋のビル裏手へ廻り、近辺をぐるぐる二、三周もしたろうか――。
結局、また銀杏岡八幡へと舞い戻り、裏通りのガードレールに尻を下ろした。
男が付近の自販機で買ったお茶のミニペットボトルを突き出し、
「ん」
とひと言。
荒い息のまま無言で受け取り、微かに震える手で必死にフタを開けると、口から溢れる勢いで無理矢理喉へ流し込んだ。
神社を覆う樹々が陽を遮り、表通りとは真反対に薄青く翳る通り。先程より若干ヒンヤリとした空気に一瞬、身が震えた。全身くまなく汗が噴き出していた。
男はポケットから器用に一本だけ煙草を抜いて火を点けると、さらに携帯灰皿を取り出してパカッと開け、深々とひと吸いしてぼんやり紫煙を吐いた。
「――あいつら日本人だよ」
「…………え?」
「西浅草の――まあいっか、それは」
ふた吸い目の煙をぼへえっと漂わせる。
「ちょいちょいインバウンド? ちゅうの? 旅行者装って、ナンパちゅうか……まあ、付いて行くのはやめて正解だと思う。その……カタギじゃないからさ」
「カタギじゃないっっ?!(ウチと一緒?!)」 ※お寺は通常カタギと思はれます。
「うおっ?! びっくりしたあ、デカイ声出るんじゃん」
「う、そ、そ……」
ふいーっと煙を吐くと、
「俺、役に立ったかな?」
ちょっと顔を伏せてはにかんでみせた。
あ、そういやお礼も言ってなかった。
とは思ったが、なぜか謝辞が出て来ない。慌ててコクコク頷いた。
「そ、そっか。なら良かった。やー、俺がJKのお役に立てる日が来るとはなあ……」
男は目を瞑ると、感慨深げにひとつ頷いた。
少し気分も落ち着いてきて、あらためて男を見詰める。
白いTシャツにグレーの短パン。シャツの胸に、大きく「すぷりんぐ」の文字。総じてお洒落感はない。
若い、とは思うが、無精ひげの所為か年の頃がよく分からない。背は高い方じゃなかろうか。
男を横目に見ながら、ひと口お茶を飲み込み、
「あ、あの……ありがとう。おいちゃん」
「おいちゃんでは――おいちゃんかな、君等から見れば。……その制服、○○○女子高だろ? ほんで一年生か」
私は咄嗟にガードレールから飛び退き、両腕で我が身を抱き締めた。
まさかの、このおいちゃんもシ○ッカーの一味?
「ま、待った! そんな目で見るなよ、妹がそこの生徒なんだ、一年でさ、嘘じゃないよ?」
男がわたわたと両手を振るのを離れてジト目で凝視する。
軽くパニクった。一難去ってまた一難かよ。なんて日だ!
このままダッシュで逃げようかと高速でロードしていると、
「傷つくなあ、マジか。一年なら知ってると思うんだけど。妹は春――『春美冬』ちゅうんだ……ってくそ、個人情報ダダ漏れじゃねーか」
男は、煙草を挟んだ指で自分の胸元を指差しながら、眉間に皺を寄せた。
(は?)
「美冬さん……あ」
(――噂の「お兄様」?)
……ホンマか? まるで似てない気もするんだけど……。
「お兄様」は私と目を合せぬよう最後の煙を放ると、携帯灰皿で優しく火を消した。
――ここ(台東区)、路上喫煙禁止なんだけどな……。今更か?
……八幡様の裏手で憮然と立ち竦んだまま、ひと声漏れた。
「美冬さんはクラスメイトです。机、隣なんです」
お兄様は「へー」という顔をしたが、特に言葉も無く。
ひとしきり間があった。小うるさく喚く蝉の声が、今はしっかり耳を賑わす。
……どうしよう。礼は言ったし、もう特に用が無い。「お兄様」自身には、少しだけ興味はあるけど……。
すると突然、
「こう暑いと、アイス食べたくない? 『レ○ィーボーデン』って知ってる?」
なに? あの伝説の「レデ○ーボーデン」……だと?
生まれてこの方、口にした事がない。マジか? 高級アイスクリン(?)だぞ?!
私の心持ちは一気に傾いた。
喉の渇きは水道水で誤魔化せても、アイスへの欲求は代わるものがない。
「知らない人にはついて行かない」――そんな常識は、(多分)蔵前橋を渡り、墨田区方面へと飛んで行ってしまった(近い)。
☆☆☆
気が付いたら鳥越明神裏の――とあるボロい家の前に立っていた。
「お兄様」がポケットをまさぐっている。鍵でも探しているものか。
――これ、人が住めるのか? 今にも朽ちそうな感じなのに。高級アイスクリンも怪しくなってきたぞ。
鍵を差し込み、するっと引き戸を開けたお兄様はこちらを振り返り、
「どうぞ。すぐには倒壊しないよ? じき、美冬も帰って来るだろ」
どういう根拠があって倒壊しないと?
「春」一文字の表札(蒲鉾板に良く似ている)を横目に見ながら、私は恐る恐る古家へと足を踏み入れたのだった。
……レディ○ボーデンさえゴチになったら、とっとと退散しよう。
◇◇◇
――翌日の放課後。
私は懲りずに前日と同じ本屋に立ち寄った。
今日は美冬さんが付き添ってくれている。
夕べ、あーでもないと悶々と悩んだが、書棚の前に立つと迷わず一冊の本に手が伸びた。
抜き取った相手は、「ビジネス文書検定3級」というテキストだった。