☆本日の作業用BGMは『ファイナル・カウントダウン』(ヨーロッパ)でした。延々聞けます。
 そして禁断の『MONEY』(浜田省吾)。
 自分、マネーといえば「ボクシング」と「アパート経営」が頭に浮かびます。
 古い脳ミソです。

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 目の前で、ジャージ姿の来店客がシャドウ・ボクシングを披露しております。
 スニーカーが醸し出すキュキュッという鋭い音が店内に響きます。
 宙を舞うフンフンッという風切り音がとてもシャープです。
 流麗なそれは、まるでダンスのよう。


 ひとしきり舞った後、お客さんが再び椅子に腰掛けました。

【……って、最後のがブーメラ○フックな!】

 ハタチそこそこの青年が、八重歯を覗かせ軽く息を弾ませつつ、イイ笑顔を輝かせたのでございます。


★★★


 暮れ六つ半(午後七時頃)にやって来た青年は、腰掛けるなり『だ○ごの輪島』というボタンを押下し、

【俺、プロボクサーなんだ】
「×○△★だにぃ」
【? リングネームはショージ東海林。東海林て書いて「しょうじ」ね。聞いた事ない?】
「×○△◆だにぃ」
【チェンジ! 何言ってっか分かんね!】
「自業自得でしょう、だ○ごの輪島なんて押すから。具◯堅さんあたりにチェンジしますか? なら、もう五百円申し受け――」
【なしなし! チェンジ無しで! まさか輪島さんがここまで聞き取りづらいとは……。具○堅さんだって似たり寄ったりだろ? 普通に喋ってくれ。で、俺の名前聞いた事ない?】
「申し訳ございません。耳にした事ないです、とうかいりんなんて」
【しょーじだ、しょーじ】
「今日はどうされましたーとうかいりんさん」
【聞け――俺の話を聞けっ! 「しょうじ」だって言ったよな?】
「リングネームが『ショージショージ』?」
【仕様がないじゃん、会長が駄々捏ねるから】
「まえだま○だみたい。ピンなのに」
【漫才師じゃねーよ。まだプロで二戦しかしてない「ひよっこ」さ……】

 ――と言い置くと、いきなり冒頭のシャドウ披露となったのでございます。


☆☆☆


【今日、次の対戦相手が決まったんだ】
「…………へぇ」
【少しは興味を持て。ちゃんと金は払ったろ】
「だって、ボクサーの知り合いなんていないし」
【相手、高校ん時の先輩なんだ。俺がボクサーになるきっかけになった人】
「憧れの人ですか?」

 眉間に皺が刻まれるや、じわじわお顔が朱に染まっていきます。

【冗談じゃねえっ……ずっと苛められてたんだ。アイツに借りを返すために、俺は後を追っ掛けてボクサーになった】
「……なんか幕○内くんみたいですね」
【ちょっと違うだろ? 一歩は「強いってどんな気分なんですか?」で、俺は「復讐したい」だから】

 ボクサーあるあるでしょうか。
 言いながら腕を振り回すのやめてくんねーかなー。


 でも、願ったり叶ったりでは?

【そうなんだけど……。対戦が決まった、ついにこの日が来るんだ――て思ったら、身体に異変が……】
「異変?」

 彼が立ち上がります。

【ずっとこんな塩梅だ】

 ――下半身がプルプル小刻みに震えてらっしゃいます。

「……生まれたてのグレート小鹿」※
【よせ。あの人もう八十近いんだぞ? ただの子鹿でいいよ】
「子鹿の武者震い……」
【多分違う。恐い……んダロな。情けないことに】

 彼は乾いた笑いを浮かべました。


☆☆☆


「高校でボクシングを?」
【いや、全く。あのさ、世界タイトル戦のテレビ中継は、早い回で終わっちゃう事があるんだよ。そうすっと、余った時間に昔のタイトル戦の映像を流したりするわけ】
「見た事があります。ガッツさんが解説していて、『この選手は体中からオーロラが出てるね』って言ってました」
【「オーラ」な。オーロラ出たら○曜スペシャルに引っ張り出されちまうぜ。……とあるVTRの中で、一人のチャンプに目が釘付けになってさ……大場政夫ていう選手。知らないか?】
「残念ながら」

 諦めに似た溜め息を漏らすと、

【まあ、かなり昔の選手だからな……防衛戦で、早い回にダウンして足首捻挫したんだけど、片足引き摺りながら逆転KOかましたんだ……震えたよ。今そんなガッツのある選手いるか? いやいないッ! 俺は感動しちまったんだッ!!】
「『うるさい、黙って喋れっ(棒)』」
【またガッツの迷言か。黙ったら喋れねえだろ】
「その大場さん、私全く聞いた事ないですよ」
【……交通事故で……世界チャンプのまま、死んじまった】
「それは……○△×▲だにぃ」
【輪島さんに戻るな。聞き取れねえから】


「で結局、何故ここへ?」

 彼は顔を真っ赤にして、絞り出すように(うめ)きました。

【……プルプルを止めてくれ。後生だ】
「プルプル……鹿の?」
【「プルプル」は鹿の名前じゃねえ!】

 えー……マジ困るんですよ「相談事」は。
 そんな所じゃないですから。


 ……二人沈黙の後。

「何が『恐い』のです?」
【わかんね……本能的なもんかなぁ。トラウマ?】
「はあ……それで、何が『恐い』のですか?」
【だから! ちゃんと聞け俺の話を。本能的なもんかなぁって言ったよ今】
「そーゆーのは原因が分からないと……」


 どうしたものでしょう、お母さま。
 BOXどころか、格闘技全般詳しくもないのに(剣術も詳しくないという)。

「……あのう」
【おお、なんだ?】
「×○△★だにぃ」
【輪島さんやめろ】
「ガッツさん曰く」
【また迷言か】
「『私の将棋は、王将取られてからが強いんですよ』」
【王将! 取られたら! 終わるんだよ! 将棋はっ!】

 投了です。もう迷言ネタが枯渇気味ですよ、お母さま。

「……負けることが怖いのでしょうか?」

 彼は腕組みをしつつ、中空を睨み付けました。
 そのまま目を閉じて、暫し瞑目します。

【……いや、どうかな……全力を尽くして負けるなら仕様がねえ。まだまだって事だからなぁ……それより、ビビッて「何も出来ないうちに終わっちゃった・あ」てのはヤダな……】

 開いた両の目は、所在無さげにぼんやり何処かを彷徨っております。

「実力不足で倒されるのは仕方ない、と」
【まあ。そりゃあな】
「勝ち負けは別にして、積年の恨み、『渾身の一発』を打ち込む――それだけに特化してみては如何でしょう」

 腕組みしたままの彼は、

【そんなら少し気が楽かな……俺さ、足使って走り回るアウトボクサーなんだ。分かんねえか……。パイセンはぐいぐい前に出るファイターなんだよな。だから理想は、外からちょいちょいパンチ入れてポイント稼ぐか(判定狙い)、一発カウンターってトコなんだが……】

 トリップ気味に呟きました。

「カウンターとは、時間を掛ける類のモノですか?」
【いや急ぐね。速攻】
「お急ぎで……。ガッツさんは、急ぐ時電車の先頭に乗るそうです」
【先頭でもケツでも変わんねーだろ】


「――そうだ」
【な、なんだ?】

 思い付きを脳内でもう一度、ゆっくり咀嚼してみます。

「どの道ビビっているのなら、試合中、いっそ『ビビったフリ』をしてみてくださいよ」
【は? ビビったフリ? 意味が――】
「貴方は本能でビビっているワケでなく、相手に『ビビったフリ』をしているだけ――戦略です」
【…………】
「ガッツさんも仰いました。『世の中ってのは「フリ」が必要なんだよ。「怒ったふり」「知らんぷり」「死んだふり」というね』って。貴方は、相手を油断させるためにフリをしている……本当にビビっているわけではない……という塩梅です」

 彼は、ゆっくり噛み締めるように二度頷き――複雑な顔で、

【……ほ・ほーん……】

 ひと言呟いたのでした。


(ゴッド・ブレス・ユー)

 ああ……またやっつけ仕事にしてしまいました。
 
 ポカンとする彼は妙に可笑しく、私は思わず吹き出してしまったのです。
 非道いっすか?
 
 でも大場パイセンだって、きっと大笑いするでしょう?
 ね、お母さま。

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※グレート小鹿 = プロレスラー。