☆大分昔、会社前に設置した自販機に車で乗り付けたある男性が、缶コーヒーを購入しました。出てきた缶を取り出して、その男性がひと言――。
「ブラックかよ!」
……さ○○○ずのM村さんだったそうです。
「テレビのまんまだった」と、目撃したウチのボスが嬉しそうに言ってました。
ーーーーーー
女の子が駆け込んで来たのは、妙に暖かかった一日が日の入りを迎えた直後の事でした。
まず、鮮やかな水色が目に飛び込んできました。膝下の、ちょっと長めのタイトスカートです。足元は白いパンプス。
会社の制服と思しきベストに、淡い桃色のカーディガンを引っ掛けただけの軽装。残業でしょうか。
ショートカットの黒髪が照明を反射して艶めいています。
頬が薄っすらと桃色に染まった、丸顔の可愛らしい女性です。二十歳そこそこ?
軽く息を弾ませ椅子に掛けると、大事そうに握り締めていたお財布をテーブルに置き、壁に貼られた説明書きをさっと一瞥します。
視線を下げ、小さく「あっ」と叫ぶと、迷う事無く『微糖かよっ!』というボタンを押下しました。
☆☆☆
【こんにちは!】
快活なひと声を上げると、キラキラした目でこちらを真っすぐ見据えます。元気な来店客は珍しいです。
「こんにちは、ツイてない御苑へようこそ」
【やっぱり! M村さんだと思ったんです! あの、「微糖かよ!」ってお願いできますか?】
「? 微糖かよっ!」
【あはは、嬉しい! さっき、間違って微糖の缶コーヒーを買ったトコだったんです! 突っ込んでいただけて良かったです!】
両手を合わせて本当に嬉しそうにカラカラ笑います(間違ったのに?)。
本日の声は、さ○○~ずのM村さんのようです。なるほど、ツッコミでしたか。
「本日は、何かございましたか」
パッと見、おげんこですが。
持ち上げたわけでもないのに、何故かテレテレと俯きます。
【今日、というより、「癖」というか……あたし、自販機で何かを購入すると、その物を取り忘れちゃう人なんです。結構な頻度で……】
高校を出るまで自販機とほぼ無縁の日常を送っていたというこの女性は(なんと奇特な)、当初、釣り銭を取り忘れる事が多かったそうです。
【お札を入れて釣り銭を取り忘れちゃうと損害が半端ないんです。それ以来、身命を賭して(?)必ず釣り銭を先に取り出すようになりました】
てへっという声が聞こえそうな顔ではにかみます。
別に、セレブだから自販機と縁が無かったという訳でもなく、
【あたし、すっごい田舎の出で、地元には数えるほどしか自販機が無かったんです。単に慣れの問題だと思うんです】
腕を組んで可愛らしくウンウン頷きます。ひとり上手。
【……釣り銭の取り忘れはほぼ無くなったんですけど、今度は「商品そのもの」を取り忘れるようになっちゃって……】
「毎回、という事もないでしょう?」
【そうですね……三回に一回くらいでしょうか】
「忘れるのが?」
【ちゃんと取り出せるのが】
「そ、そっちかよ!」
【あはっ!】
うむむ。イマイチですね、キレが。本家の足元にも及びません。意外とディフカルト。
【なにかイイ方法が無いでしょうか?】
手を組んであざとく祈りを捧げます(?)。両目はキラッキラと潤んでますよ。
語る姿はそんな深刻そうにも見えませんでしたが。
――しかし、これは「解決策」を望まれている――?
……困りましたね。お話を聞くだけで収めたかったのに。
ひとしきり、ないアタマを絞ってみましたが。
その間彼女は、なぜか楽しそうにずっとスウィングし続けております。
……悩んでんの? ホントに?
ちょっとイラっとしかけたあたりで、
「――大相撲、お好きですか?」
唐突に尋ねると、
【わりと。お爺ちゃん子だったんで、田舎にいる時、小さい頃はよく見てました。ロ○コップとか稀○の里とか好きで、Tシャツも持ってますよ!】
「奇遇ですね、私も稀○の里のTシャツ持ってます(※松●浅草で購入)。……横綱土俵入りの型で、『不知火型』というのがございます。ご存知でしょうか?」
ポカンとしているので、スマホで動画を検索していただきました。
目当ての動画を探し当てると、彼女は背筋を伸ばし、両膝をきちっと揃えてスマホを凝視してらっしゃいます。
【不知火型の横綱は短命に終わると言われるので、採用する横綱は多くないのですが。ご覧の通り、四股を踏んだあと、両腕を豪快に広げてじりじりせり上がる、ダイナミックな型です】
動画を見終わった彼女が、不安げな顔を上げました。
【あのう……これが、何か?】
「自販機でボタンを押したあと、この『不知火型』をトライしてみてください」
【——え?】
「じりじりせり上がりながら、左手で『商品』を、右手で『釣り銭』を取るようにアクションを――指先に神経を集中して……」
【この格好で……ですか?】
「御意」
彼女、想像したのでしょう。桃色の顔——額のあたりに、「ナワアミ(漫画の技法)」風の暗い影が下りて来ました。
体が小刻みに震えるのを見留めた私は、
「少し、練習してみましょう」
【れ、練習?!】
「大丈夫、ここは私と貴女の二人きりです。何も恥ずかしい事は無いのですぅ~」
暗示を掛けるよう強めに声を投げると、彼女は動画を見ながらぎこちなく四股を踏みます。
「あ、四股は省略しましょう。そうそう、しっかり腰を下ろして! 股を割って……」
彼女が額に汗を浮かべ、釈然としない顔で何度もジリジリせり上がるのを見て、私は満足気に「にやり」と微笑んでみたのでございます。
「……ゴッド・ブレス・ユー……うふふ」
☆☆☆
この「ツイてない」から数日後のことです。
彼女が男性を連れて再び店を訪れました。
今季一番の寒波に見舞われた日でした。
【またまたこんにちは! この間はありがとうございました!】
彼女が【ぺこり!】と言いながら小さく頭を下げます。
隣の彼がにこにこしとります。
「その後、如何です?」
【もお~、一発目は恥ずかしくてモノも釣り銭も忘れちゃいましたよお~】
暖房が行き渡っていない室内が、気の所為か既にポカポカ。
「あの……お隣のナイスガイは?」
二人は「M子さんとKくん」のやうに見つめ合い――
【彼です! お付き合いする事になってえ~、みんなココのお陰ですぅ~!】
【不知火型で堂々と土俵入りする姿に、ひ、一目惚れしちゃいまして】
ぴったりと寄り添う二人が、
【【ねえ~~~♥】】
声を揃えて破顔しました。
……なん……だと? 一目惚れ? アレに……?
二人は会社の同じフロアで働いているそうで。
偶然一発目の土俵入りを目撃した彼、激しく動揺したものの、恥ずかしさで両方取り忘れた彼女を追い掛けて届けてあげたのだとか。
彼女が二度目のトライで見事土俵入りを決めたのち、モノも釣り銭も忘れず取り出したところで、再びその姿を目撃した彼が勢い告白したとのことで。
【ジリジリせり上がる姿がとてもチャーミングで、胸が一杯に……】
【やだぁ~いっくん、雲竜型(片手を挙げる)でもそう言ってくれるぅ~?】
【もちろん! 雲竜型だってきっと凄く可愛いに決まってるよ!】
【ええ~ダメだよ~、雲竜型なら片方取り忘れちゃうゾ】
【僕が一緒だから忘れないよハニー】
【もう土俵入りしなくてもいい?】
【ダメダメ! 僕は毎朝ちーちゃんの土俵入りを見たいゾ♥】
【それってプロポーズ?!】
「おい待て。その辺にしとけバカップル。よーく分かった。取り敢えずお幸せにな!」
お代は要らん(嘘)と締めて、私はとっとと二人を追い出しました。
部屋があっつい。一旦18度に下げよう、電気代勿体無い……なんか面白くないな。
「ラブラブかよっ!」
しかし……ミラクル。
「不知火型の女」は恋を引き寄せる――のでしょうか、お母さま。
雲竜型ではダメなの?
検証の必要があります。
あ、綾女にやらせてみましょうか、雲竜型。
ーーーーーー
☆昔、とある旅館の朝食会場で、「稀勢の里」のロゴTシャツ(縦書き)着てましたら、見知らぬご老体連中にやたらと指差されて喜ばれました。あのひととき、私は徳を積んだ(?)気分になりました。
「ブラックかよ!」
……さ○○○ずのM村さんだったそうです。
「テレビのまんまだった」と、目撃したウチのボスが嬉しそうに言ってました。
ーーーーーー
女の子が駆け込んで来たのは、妙に暖かかった一日が日の入りを迎えた直後の事でした。
まず、鮮やかな水色が目に飛び込んできました。膝下の、ちょっと長めのタイトスカートです。足元は白いパンプス。
会社の制服と思しきベストに、淡い桃色のカーディガンを引っ掛けただけの軽装。残業でしょうか。
ショートカットの黒髪が照明を反射して艶めいています。
頬が薄っすらと桃色に染まった、丸顔の可愛らしい女性です。二十歳そこそこ?
軽く息を弾ませ椅子に掛けると、大事そうに握り締めていたお財布をテーブルに置き、壁に貼られた説明書きをさっと一瞥します。
視線を下げ、小さく「あっ」と叫ぶと、迷う事無く『微糖かよっ!』というボタンを押下しました。
☆☆☆
【こんにちは!】
快活なひと声を上げると、キラキラした目でこちらを真っすぐ見据えます。元気な来店客は珍しいです。
「こんにちは、ツイてない御苑へようこそ」
【やっぱり! M村さんだと思ったんです! あの、「微糖かよ!」ってお願いできますか?】
「? 微糖かよっ!」
【あはは、嬉しい! さっき、間違って微糖の缶コーヒーを買ったトコだったんです! 突っ込んでいただけて良かったです!】
両手を合わせて本当に嬉しそうにカラカラ笑います(間違ったのに?)。
本日の声は、さ○○~ずのM村さんのようです。なるほど、ツッコミでしたか。
「本日は、何かございましたか」
パッと見、おげんこですが。
持ち上げたわけでもないのに、何故かテレテレと俯きます。
【今日、というより、「癖」というか……あたし、自販機で何かを購入すると、その物を取り忘れちゃう人なんです。結構な頻度で……】
高校を出るまで自販機とほぼ無縁の日常を送っていたというこの女性は(なんと奇特な)、当初、釣り銭を取り忘れる事が多かったそうです。
【お札を入れて釣り銭を取り忘れちゃうと損害が半端ないんです。それ以来、身命を賭して(?)必ず釣り銭を先に取り出すようになりました】
てへっという声が聞こえそうな顔ではにかみます。
別に、セレブだから自販機と縁が無かったという訳でもなく、
【あたし、すっごい田舎の出で、地元には数えるほどしか自販機が無かったんです。単に慣れの問題だと思うんです】
腕を組んで可愛らしくウンウン頷きます。ひとり上手。
【……釣り銭の取り忘れはほぼ無くなったんですけど、今度は「商品そのもの」を取り忘れるようになっちゃって……】
「毎回、という事もないでしょう?」
【そうですね……三回に一回くらいでしょうか】
「忘れるのが?」
【ちゃんと取り出せるのが】
「そ、そっちかよ!」
【あはっ!】
うむむ。イマイチですね、キレが。本家の足元にも及びません。意外とディフカルト。
【なにかイイ方法が無いでしょうか?】
手を組んであざとく祈りを捧げます(?)。両目はキラッキラと潤んでますよ。
語る姿はそんな深刻そうにも見えませんでしたが。
――しかし、これは「解決策」を望まれている――?
……困りましたね。お話を聞くだけで収めたかったのに。
ひとしきり、ないアタマを絞ってみましたが。
その間彼女は、なぜか楽しそうにずっとスウィングし続けております。
……悩んでんの? ホントに?
ちょっとイラっとしかけたあたりで、
「――大相撲、お好きですか?」
唐突に尋ねると、
【わりと。お爺ちゃん子だったんで、田舎にいる時、小さい頃はよく見てました。ロ○コップとか稀○の里とか好きで、Tシャツも持ってますよ!】
「奇遇ですね、私も稀○の里のTシャツ持ってます(※松●浅草で購入)。……横綱土俵入りの型で、『不知火型』というのがございます。ご存知でしょうか?」
ポカンとしているので、スマホで動画を検索していただきました。
目当ての動画を探し当てると、彼女は背筋を伸ばし、両膝をきちっと揃えてスマホを凝視してらっしゃいます。
【不知火型の横綱は短命に終わると言われるので、採用する横綱は多くないのですが。ご覧の通り、四股を踏んだあと、両腕を豪快に広げてじりじりせり上がる、ダイナミックな型です】
動画を見終わった彼女が、不安げな顔を上げました。
【あのう……これが、何か?】
「自販機でボタンを押したあと、この『不知火型』をトライしてみてください」
【——え?】
「じりじりせり上がりながら、左手で『商品』を、右手で『釣り銭』を取るようにアクションを――指先に神経を集中して……」
【この格好で……ですか?】
「御意」
彼女、想像したのでしょう。桃色の顔——額のあたりに、「ナワアミ(漫画の技法)」風の暗い影が下りて来ました。
体が小刻みに震えるのを見留めた私は、
「少し、練習してみましょう」
【れ、練習?!】
「大丈夫、ここは私と貴女の二人きりです。何も恥ずかしい事は無いのですぅ~」
暗示を掛けるよう強めに声を投げると、彼女は動画を見ながらぎこちなく四股を踏みます。
「あ、四股は省略しましょう。そうそう、しっかり腰を下ろして! 股を割って……」
彼女が額に汗を浮かべ、釈然としない顔で何度もジリジリせり上がるのを見て、私は満足気に「にやり」と微笑んでみたのでございます。
「……ゴッド・ブレス・ユー……うふふ」
☆☆☆
この「ツイてない」から数日後のことです。
彼女が男性を連れて再び店を訪れました。
今季一番の寒波に見舞われた日でした。
【またまたこんにちは! この間はありがとうございました!】
彼女が【ぺこり!】と言いながら小さく頭を下げます。
隣の彼がにこにこしとります。
「その後、如何です?」
【もお~、一発目は恥ずかしくてモノも釣り銭も忘れちゃいましたよお~】
暖房が行き渡っていない室内が、気の所為か既にポカポカ。
「あの……お隣のナイスガイは?」
二人は「M子さんとKくん」のやうに見つめ合い――
【彼です! お付き合いする事になってえ~、みんなココのお陰ですぅ~!】
【不知火型で堂々と土俵入りする姿に、ひ、一目惚れしちゃいまして】
ぴったりと寄り添う二人が、
【【ねえ~~~♥】】
声を揃えて破顔しました。
……なん……だと? 一目惚れ? アレに……?
二人は会社の同じフロアで働いているそうで。
偶然一発目の土俵入りを目撃した彼、激しく動揺したものの、恥ずかしさで両方取り忘れた彼女を追い掛けて届けてあげたのだとか。
彼女が二度目のトライで見事土俵入りを決めたのち、モノも釣り銭も忘れず取り出したところで、再びその姿を目撃した彼が勢い告白したとのことで。
【ジリジリせり上がる姿がとてもチャーミングで、胸が一杯に……】
【やだぁ~いっくん、雲竜型(片手を挙げる)でもそう言ってくれるぅ~?】
【もちろん! 雲竜型だってきっと凄く可愛いに決まってるよ!】
【ええ~ダメだよ~、雲竜型なら片方取り忘れちゃうゾ】
【僕が一緒だから忘れないよハニー】
【もう土俵入りしなくてもいい?】
【ダメダメ! 僕は毎朝ちーちゃんの土俵入りを見たいゾ♥】
【それってプロポーズ?!】
「おい待て。その辺にしとけバカップル。よーく分かった。取り敢えずお幸せにな!」
お代は要らん(嘘)と締めて、私はとっとと二人を追い出しました。
部屋があっつい。一旦18度に下げよう、電気代勿体無い……なんか面白くないな。
「ラブラブかよっ!」
しかし……ミラクル。
「不知火型の女」は恋を引き寄せる――のでしょうか、お母さま。
雲竜型ではダメなの?
検証の必要があります。
あ、綾女にやらせてみましょうか、雲竜型。
ーーーーーー
☆昔、とある旅館の朝食会場で、「稀勢の里」のロゴTシャツ(縦書き)着てましたら、見知らぬご老体連中にやたらと指差されて喜ばれました。あのひととき、私は徳を積んだ(?)気分になりました。