☆本日の作業用BGMは、『シャトレ・アモーナ・ホテル』(郷ひろみ)。
 そして景気付け(?)の『2億4千万の瞳-エキゾチック・ジャパン-』(同)。
 これは外せません。宇宙服みたいな衣装、生涯忘るるものではありませぬ。

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 謹賀新年——。

 聞いてください、お母さま。
 本日は明けて三日、まだ三が日なわけです。キスマイも踊る――じゃない、獅子舞も踊る正月ですよ。
 カレンダーで一応確認すると、ルー○柴さんが仰るトコロの「レッド・デイ(※赤い日)」です。
 なのに――
 御苑は本日より仕事始めなんですって。
 脳内評議員達が恐ろしく静かです。


 昼過ぎ兄様に叩き起こされ、訳も分からぬままの出勤です。

 甘~いシナモンラテを喉に流し込むと、ようやく脳細胞(と脳内評議員達)が動き出したようです。
「ここ、ブラックじゃね?」……甘甘の口中に反して、口をついたのはそんな一言でございました。


 今年は寝正月を決め込んでおりましたが、何故か綾女と二人、夜中に浅草名所(などころ)七福神を(めぐ)る羽目になってしまいました。
 正月の思い出(?)はそれだけになりそうです。
 昨年のお正月は――。
 お母さまも一時退院して、一緒に過ごしましたね……。


 ……ぐしぐし目を(こす)っていると、表戸がカランと鳴りました。
 外と繋がったそのほんの一瞬、越天楽(えてんらく)の清い()が耳に届いた気がして、今更ながら正月気分というものが胸に湧いたのでございます。


☆☆☆


 店へ足を踏み入れた若い男性は、幼い子供のような人形を抱えておりました。
 ひとしきり店内を見回し、椅子へ腰掛けます。
 人形を抱っこしたまま。絵面は「二人羽織」のようです。

 目を見開いてボタン群を眺めていましたが、やがて細かい硬貨をバラバラ投入すると、ボタンへと手を伸ばします。
 押下する直前、人形が小さな手をひょいっと突き出し、『GO! GO! ひろみ』というボタンをビシィッ! と叩きました。
 人形じゃなかったようです。モノホンの幼な子でした。
 正面を見据えたその子は、黒髪おかっぱの市松人形のような、愛らしい女の子のようです。
 黒目がちな双眸を大きく開き、口唇を引き結んで無表情な丸顔をモニタ越しに向けています。

 男性が(おもむろ)に受話器を手にしました。


☆☆☆


【こ、こんにちは。あ、明けましてGOGO―!】
「アチチッ! ようこそ、『ツイてない御苑』へGO郷―っ!」

 ……なんじゃこりゃ。

「お正月から、ツイてない事がおありで?」
【そ、そうですね。まるっとツイてないです……】


 男性は、「売れない役者」だそうです。どこかで聞いた風な身の上ですね。
 一方で、東京都の「ヘブンアーチスト」に登録しているそうです。
 かの慎太郎さんが知事の頃創設した、大道芸人の公認制度です。
 オーディションを経た彼等に、指定場所での大道芸が許可される、フランスに倣った制度だそうです。

「ああ、上野公園で見たことあるような……」
【そう、それです! 俺、普段は「パントマイム」やってます。ただ、今日は諸事情で「腹話術」だったんですが……】

 言い差して、チラと幼な子に視線を落としました。
 え? まさか。

「……そのお子を人形に見立てているわけじゃ……」
【ご名答! この子がメインです!】

 誇らしげに胸を張ってらっしゃいますが。

「……お嬢ちゃん、何歳(いくつ)です?」

 父親と思しき男性が女の子の耳元でもそもそ囁くと、その子はビシッと指を三本立てます。

「ああ、三歳で――」
【よんしゃいっ!】

 女の子が被せるようにスパッと断言します。

「よ、四歳でしたか」
【いえ、まだ三歳なんです。本人の気概は四歳らしいっすけど】

 へえ。ちょっとだけ「おっとなー」なんですね。前向き(?)で重畳です、かわい♥

「しかし、生身の幼な子でうまくいくものですか?」
【そこがまあネックで……】

 言うや、二人が腹話術((もど)き)を始めました。
 女の子は目をパチクリしつつ、父親の顔を眺めながら人形のフリをしているようです。

【――あれ? ――声が――遅れて――ジャパーン!】
【おーくしぇんまん、おーくしぇんまん(棒)】

「…………」

【――アレ? ――なんか――スベった――気がするよ?】
「…………腹話術……だと?」
【…………スンマセン】


 その内彼女は父親の問い掛けに全く反応しなくなり、ボーッと天井の隅へ視線を移しました。
 父親は焦り出しますが、本人は(またた)きもせず一点をじっと見つめ、口を閉ざしました。
 
【ああ! 固まっちゃったよ……こんな調子で最後まで行けないんです。おかげで今日の売り上げは千円にも満たない有り様で……】
「然もありなん。意思疎通はまだ難しいお年頃でしょう。まして大勢の人の前で、となると」

 女の子は何処かを凝視したままです。ちょっと恐い。天井付近に何か「いる」のでしょうか。

「お、お嬢ちゃん、そこ、ナニかいるの? ジャパーン?」

 再び父親が耳元で囁くと、女の子は、

【コンチョーせんせいと、えりべん(がいる)】
「コ? え? ……えり……誰?」
【なんかいつもその二人なんです。会話してる(つもり?)みたいで……】

 いる――のかな? 彼女にしか見えない「誰か」。
 幼な子にしか見えない、妖精のようなものでしょうか。


「そもそも、なぜお得意のパントマイムじゃないのですか?」


☆☆☆


 年の瀬に、女の子の母親且つ男性の奥様が、

『暫く不在にします。探さないでください』

 という書き置きを一枚残し、「家出」したのだそうです。
 いつまでも定職に就かず、稼ぎの無い旦那に愛想を尽かした恰好です。


【俺、身寄りが無いもんで、この子を預けて芝居やら大道芸やら出来んのです。保育園も暫く休みだし、仕方なくこの子連れて小銭を稼ぐしか……もう少し頑張れば、この子も多分いっぱしの芸が出来るようになると思うんです!】
「いやいや、優先順位がおかしいでしょう。奥様をお探しになって、戻ってくださるよう説得するのが最優先ですよ」

 駄メンズ(※今は何と言うのか?)な親父(おやじ)だのう。

 女の子が突然、

【……行っちゃった・あ】
「? えと、だ、誰が?」
【コンチョーせんせいと、えりべん。いっちゃった・あ】
「……二人、どこに行っちゃった・あ――の?」

【……ママのおウチにいっちゃった・あ……】


 女の子は――一度ゆっくり瞬きすると、唇をきゅっと噛み締めました。
 両目尻からホロリと涙が零れ、頬を伝い流れ落ちます。

 父親は口を半開きにしたまま俯くと、我が子の後頭部へ鼻を押し当てました。
 ポケットからハンカチを取り出し、女の子の頬をそっと拭うと、目を閉じて微かに身を震わせたのでございます……。


☆☆☆


【……ママに会いたいなんて、ひと言も口にしなかったんです、この子……】

 父親が、つっかえていた塊をようやく吐き出した(てい)で呟きました。

「小さい胸の(うち)で、父に忖度(そんたく)していたのかも……。お母さん大好きで、勿論お父さん(駄メンズとはいえ)のことも大好きなのでしょう」
【……ありがとうございます……】


 明日にでも、「ママ」に会いに行くそうです。

【一応、心当たりはあるんです。そこにいるとは思います】
「左様でございますか。早く、会わせてあげてくださいまし。この子……お嬢ちゃん、お嬢ちゃんはなんてーお名前なの?」

 女の子は誇らしそうに、

【あおいちゃん!】
「『あおいちゃん』ちゃん?」
【ちーがーうーの! あおい・ちゃん!】
「あおいちゃん……かわいいお名前ね」
【パパがつけてくれた・あ!】

 両手でバンバンッとテーブルを叩き、あおいちゃんがとても嬉しそうに笑いました。



(ゴッド・ブレス・ユー)

 よかった。やっとこ大好きなママに会えますよ……。


☆☆☆


 ――御苑と私は、こうして新しい年を始めた(不本意ながら)のでございます。

 お母さまのハンチング(ベレー)が壁に身を預けながら、いつものようにひっそりと私を見守ってくださる中……。