☆本日の作業用BGMは、知る人ぞ知る(いや有名?)『君は人のために死ねるか』(杉良太郎)でした。
巻き舌がエライことになってます。
「君は 昭和ネタに……ついて来れるか」という感じですが。
(内容とのリンクはありません。)
ーーーーー
大晦日を明日に控えたこの日、ここも「仕事納め」と相成ります。
明日で今年も終わりというのが、もうひとつピンと来ない心持ちでございます。
爽太くんはご家族で栃木あたりへ向かい、山間の静かな温泉地で年越しを迎えるのだそうです。フィアンセの私にはお声掛かりがございませんでしたよ、お母さま。
仕様がありませんよね、公認というワケでもないですし。
さすがに私も、押し掛ける気にはなりません。
時計の針は五つ半(午後九時)に差し掛かろうとしております。
本日も――本年最後のこの日、ご来店されるお客さんはいらっしゃいませんでした。
これで仕事も終わり……長い一年でした。
小さな溜め息が漏れ、店じまいのため腰を上げ掛けた頃合いで――表から「カラン」と力無い音が聞こえました。ええー、もう帰ろうと思っていたのに……。
店に足を踏み入れたそのお人――頭頂部が発光ダイオードのように光り、私の目を不快に刺しました。
☆☆☆
椅子に腰掛け五百円硬貨を投入後、『ぼろアパートの管理人さん(未亡人風)』のボタンを押下し、受話器を取ると、
【お疲れちゃーん! 儲かってまっか?】
濃紺の作務衣姿で片腕を懐手にした兄様が、とびきりイイ笑顔を向けました。
「……なんの真似です。お客さんのフリ? 暇なのですか?」
【「お客さんのフリ?」じゃなくてよ。正真正銘のお客さんだろうが】
もう一枚五百円玉を指で掴み、モニタに向けます。
☆☆☆
突然ですが――
「――なぜ、響子さんとオスカルはレギュラー扱いなのです? ずっと疑問でした」
【響子さんの声は「初恋の君」に、オスカルは「お袋の声」にちょっと似てるんだよな】
「…………」
【……黙るなよ。笑ってもいいんだぜ? ぴえん!】
「ぴえん?……さっきの硬貨、『ウオン』じゃないでしょうね?」
【まっしか! 五百円だよ!】
兄様は次々硬貨を投入し、ランダムにボタンを押していきます。
その度に何故かしかめっ面で……。
「そんなにお嫌なら、カウンターをオフにすればよろしいのでは?」
【あーまあ、端金だから……】
「……東M●Xの方がまだ上品ですよ」
【そんな持ち上げるなよ】
何故そんなニヤついているのか。
☆☆☆
【おっ母さんが死んで十カ月か――さすがに落ち着いたろう】
笑みが消え、小面(女性の能面)のようなつるりとした顔で仰いました。
「唐突な……まあ、そう、ですね。お陰様で」
【古河にいた頃から病魔が棲みついていたそうだな】
「ええ……まるで気が付きませんでした……」
【まあ、中学生の娘っ子じゃなあ、通常は自分の事で一杯一杯だろ。ましてお前は「ツカンぽ神幸」だ。毎日毎日、気分が底を這い回っていりゃあ、お袋さんの異変に目が行くこともあるめえ】
べらんめえ調――江戸っ子アピールがうざいですね。言っている事は重々承知の助です。
それでも……悔いは残ります。自分がもう少し、人間らしい人間であれば……。
幸せが逃げて行くのも構わず、大きな溜め息と共に胸の瘧を吐き出してみます。
「ざっくり言うと……私はすこぶる『鈍感』でした」
【そんな可愛らしいもんじゃねーだろ】
「ざっくり言えば、です。思えば、幼稚園での一件も――」
【仕様がねえだろな。幼稚園児に他人の心中を慮れなんて無茶なハナシだ】
「常識的に考えればそうですが。せめてひと言フォローするべきでした」
そう。直後に謝るべきだったのだ。
けれど、当時の自分には頭を下げる意味が分からなかった。
【お前がツイてなかったのは――なんで謝らなきゃいけないのか、論理的に教えてやれる大人があの場にゃ一人もいなかった、てトコだな】
形だけの謝罪でも良かったのかもしれない。
でも願わくは、自分が納得したうえで頭を下げることが……。
【平たく言えば、お前にゃ「思いやり」ってのが決定的に欠けてたんだな。でもそりゃお前の所為じゃない】
「……そう……でしょうか?」
どうみても私自身の資質に問題アリ、だと思うのですが。
【先天的にそうだとしても、それを根気よく教え込むのが親であり周りの大人の役目だ。つまり俺にも責任があるわけだが――ごめん?】
「なぜ語尾アガリ?」
【おお? 謝ってんじゃん俺……あれ?】
兄様は本気で訳がワカランといった風に、神妙な顔でツルツルの頭を掻きました。
指先は滑らかに頭頂部を往復しています。
【まあ、なんだ。今更だが……思いやりっつーのはさ、「相手の立場になってみてよ?」ってことだろう? そういう気持ちになれば、いっこ進んで、相手が何を求めているか朧気ながら「見当」ぐらいはつくかもしれねえけどな】
「……私は未だに、お客さんのことを理解できていない気がいたします」
兄様は右手で首をピタンッと叩くと、ふーっと細長い溜息を吐き出しました。
【……俺ぁさ、一生かかっても自分のことを理解することはできねえ気がするよ】
「?」
【自分のこともわからねえヤツが、他人様の心の裡を掬い取るなんて出来るわけねーだろ……って思わねえか?】
「……」
【ここに来る人達を完璧に「理解しよう」なんて、所詮は無理なんだ。当の本人だって解ってないかもしれねーし。逆によ、こっちがまるっと解っちゃうのも塩梅悪いと思うぜ? そういうのは神や如来の領域で……俺ら凡人に出来るのは、精々「推し量る」程度だ。それでもまあ、理解しようと多少は努力してみようぜ、ってハナシ】
兄様は小さくフッと笑みを浮かべました。
【偉そうに言ってなんだが……仕様があるめえ、俺は兄貴だ。エライわけだからな。精進するように! お前もいずれ出家するだろ?】
「は? しませんよ。一言も覚えがありません」
【そう――だったか? ま、いずれにしろ、何年後か定かじゃねーが……爽太が本気でお前を娶る気なら、どのみち恥ずかしくねーよーに精進しねえとさ】
「……御意……」
それを言われると、返す言葉がございません。
ハゲは徐に懐中へ手を入れると、ごく自然な動きで煙草を箱ごと取り出しました。
一本抜き取り、口に咥えたタイミングで、
「兄様。ここは禁煙で――」
言い差して気が付きました。元々煙草を吸う人ではありません。
兄様が口でぷらぷらさせているのは、先般いらっしゃったデューク東郷(のそっくりさん?)が咥えていた「シガレットチョコ」と同じモノです。所謂キングサイズ。
「兄様……」
【おう】
私は全身で溜息を吐きつつ、
「そのチョコ――どこで売っているのですか」
問うたのでございます。
ハゲはニヤリと口端を上げました。
【そりゃお前ぇ、決まってるだろう?】
兄様は一拍溜めると――
【業務○ーパー!】
「コス○コ!」
ぜってー嘘だろ。
まるでハモりませんでした。
……血の繋がりも疑わしいことでございますよ、お母さま。
気が抜けて隙が生じたのかもしれません。危うく、「と」でもない事を……。
「兄様……」
【なんだ?】
「ひとつご相談が」
【申してみよ】
「(イラッ)」
【……すまん】
見えているのですか?
「やっぱり……ヨシテオキマス」
【ましかっ!】
「…………」
【…………】
ひとしきりの沈黙のあと。
【……あー、そうだ。今日の売り上げは報告しないでいいぜ。アワビのステーキでも喰うがいい!】
「……これっぽっちじゃヒモすら食べられませんよ」
【お前も言うねえ】
兄様は最後までニヤけたまま、鬱陶しい光を振り撒いておりました。
【ゴッド・ブレス・ユーッ!】
おい坊さま、何の真似か。
決め台詞まで取られてしまいましたよ、お母さま……。
巻き舌がエライことになってます。
「君は 昭和ネタに……ついて来れるか」という感じですが。
(内容とのリンクはありません。)
ーーーーー
大晦日を明日に控えたこの日、ここも「仕事納め」と相成ります。
明日で今年も終わりというのが、もうひとつピンと来ない心持ちでございます。
爽太くんはご家族で栃木あたりへ向かい、山間の静かな温泉地で年越しを迎えるのだそうです。フィアンセの私にはお声掛かりがございませんでしたよ、お母さま。
仕様がありませんよね、公認というワケでもないですし。
さすがに私も、押し掛ける気にはなりません。
時計の針は五つ半(午後九時)に差し掛かろうとしております。
本日も――本年最後のこの日、ご来店されるお客さんはいらっしゃいませんでした。
これで仕事も終わり……長い一年でした。
小さな溜め息が漏れ、店じまいのため腰を上げ掛けた頃合いで――表から「カラン」と力無い音が聞こえました。ええー、もう帰ろうと思っていたのに……。
店に足を踏み入れたそのお人――頭頂部が発光ダイオードのように光り、私の目を不快に刺しました。
☆☆☆
椅子に腰掛け五百円硬貨を投入後、『ぼろアパートの管理人さん(未亡人風)』のボタンを押下し、受話器を取ると、
【お疲れちゃーん! 儲かってまっか?】
濃紺の作務衣姿で片腕を懐手にした兄様が、とびきりイイ笑顔を向けました。
「……なんの真似です。お客さんのフリ? 暇なのですか?」
【「お客さんのフリ?」じゃなくてよ。正真正銘のお客さんだろうが】
もう一枚五百円玉を指で掴み、モニタに向けます。
☆☆☆
突然ですが――
「――なぜ、響子さんとオスカルはレギュラー扱いなのです? ずっと疑問でした」
【響子さんの声は「初恋の君」に、オスカルは「お袋の声」にちょっと似てるんだよな】
「…………」
【……黙るなよ。笑ってもいいんだぜ? ぴえん!】
「ぴえん?……さっきの硬貨、『ウオン』じゃないでしょうね?」
【まっしか! 五百円だよ!】
兄様は次々硬貨を投入し、ランダムにボタンを押していきます。
その度に何故かしかめっ面で……。
「そんなにお嫌なら、カウンターをオフにすればよろしいのでは?」
【あーまあ、端金だから……】
「……東M●Xの方がまだ上品ですよ」
【そんな持ち上げるなよ】
何故そんなニヤついているのか。
☆☆☆
【おっ母さんが死んで十カ月か――さすがに落ち着いたろう】
笑みが消え、小面(女性の能面)のようなつるりとした顔で仰いました。
「唐突な……まあ、そう、ですね。お陰様で」
【古河にいた頃から病魔が棲みついていたそうだな】
「ええ……まるで気が付きませんでした……」
【まあ、中学生の娘っ子じゃなあ、通常は自分の事で一杯一杯だろ。ましてお前は「ツカンぽ神幸」だ。毎日毎日、気分が底を這い回っていりゃあ、お袋さんの異変に目が行くこともあるめえ】
べらんめえ調――江戸っ子アピールがうざいですね。言っている事は重々承知の助です。
それでも……悔いは残ります。自分がもう少し、人間らしい人間であれば……。
幸せが逃げて行くのも構わず、大きな溜め息と共に胸の瘧を吐き出してみます。
「ざっくり言うと……私はすこぶる『鈍感』でした」
【そんな可愛らしいもんじゃねーだろ】
「ざっくり言えば、です。思えば、幼稚園での一件も――」
【仕様がねえだろな。幼稚園児に他人の心中を慮れなんて無茶なハナシだ】
「常識的に考えればそうですが。せめてひと言フォローするべきでした」
そう。直後に謝るべきだったのだ。
けれど、当時の自分には頭を下げる意味が分からなかった。
【お前がツイてなかったのは――なんで謝らなきゃいけないのか、論理的に教えてやれる大人があの場にゃ一人もいなかった、てトコだな】
形だけの謝罪でも良かったのかもしれない。
でも願わくは、自分が納得したうえで頭を下げることが……。
【平たく言えば、お前にゃ「思いやり」ってのが決定的に欠けてたんだな。でもそりゃお前の所為じゃない】
「……そう……でしょうか?」
どうみても私自身の資質に問題アリ、だと思うのですが。
【先天的にそうだとしても、それを根気よく教え込むのが親であり周りの大人の役目だ。つまり俺にも責任があるわけだが――ごめん?】
「なぜ語尾アガリ?」
【おお? 謝ってんじゃん俺……あれ?】
兄様は本気で訳がワカランといった風に、神妙な顔でツルツルの頭を掻きました。
指先は滑らかに頭頂部を往復しています。
【まあ、なんだ。今更だが……思いやりっつーのはさ、「相手の立場になってみてよ?」ってことだろう? そういう気持ちになれば、いっこ進んで、相手が何を求めているか朧気ながら「見当」ぐらいはつくかもしれねえけどな】
「……私は未だに、お客さんのことを理解できていない気がいたします」
兄様は右手で首をピタンッと叩くと、ふーっと細長い溜息を吐き出しました。
【……俺ぁさ、一生かかっても自分のことを理解することはできねえ気がするよ】
「?」
【自分のこともわからねえヤツが、他人様の心の裡を掬い取るなんて出来るわけねーだろ……って思わねえか?】
「……」
【ここに来る人達を完璧に「理解しよう」なんて、所詮は無理なんだ。当の本人だって解ってないかもしれねーし。逆によ、こっちがまるっと解っちゃうのも塩梅悪いと思うぜ? そういうのは神や如来の領域で……俺ら凡人に出来るのは、精々「推し量る」程度だ。それでもまあ、理解しようと多少は努力してみようぜ、ってハナシ】
兄様は小さくフッと笑みを浮かべました。
【偉そうに言ってなんだが……仕様があるめえ、俺は兄貴だ。エライわけだからな。精進するように! お前もいずれ出家するだろ?】
「は? しませんよ。一言も覚えがありません」
【そう――だったか? ま、いずれにしろ、何年後か定かじゃねーが……爽太が本気でお前を娶る気なら、どのみち恥ずかしくねーよーに精進しねえとさ】
「……御意……」
それを言われると、返す言葉がございません。
ハゲは徐に懐中へ手を入れると、ごく自然な動きで煙草を箱ごと取り出しました。
一本抜き取り、口に咥えたタイミングで、
「兄様。ここは禁煙で――」
言い差して気が付きました。元々煙草を吸う人ではありません。
兄様が口でぷらぷらさせているのは、先般いらっしゃったデューク東郷(のそっくりさん?)が咥えていた「シガレットチョコ」と同じモノです。所謂キングサイズ。
「兄様……」
【おう】
私は全身で溜息を吐きつつ、
「そのチョコ――どこで売っているのですか」
問うたのでございます。
ハゲはニヤリと口端を上げました。
【そりゃお前ぇ、決まってるだろう?】
兄様は一拍溜めると――
【業務○ーパー!】
「コス○コ!」
ぜってー嘘だろ。
まるでハモりませんでした。
……血の繋がりも疑わしいことでございますよ、お母さま。
気が抜けて隙が生じたのかもしれません。危うく、「と」でもない事を……。
「兄様……」
【なんだ?】
「ひとつご相談が」
【申してみよ】
「(イラッ)」
【……すまん】
見えているのですか?
「やっぱり……ヨシテオキマス」
【ましかっ!】
「…………」
【…………】
ひとしきりの沈黙のあと。
【……あー、そうだ。今日の売り上げは報告しないでいいぜ。アワビのステーキでも喰うがいい!】
「……これっぽっちじゃヒモすら食べられませんよ」
【お前も言うねえ】
兄様は最後までニヤけたまま、鬱陶しい光を振り撒いておりました。
【ゴッド・ブレス・ユーッ!】
おい坊さま、何の真似か。
決め台詞まで取られてしまいましたよ、お母さま……。