☆作業中のBGMは、何故か「セクシャル・ヒーリング(マーヴィン・ゲイ)」でした。

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 開店早々お客さんを一人(さば)き――気持ちよくお帰りいただき、「ソウタ(電子レンジ)」に温めてもらった山菜蕎麦をズルズル啜り、食後のアセロラドリンクでひと心地ついた頃、リアル爽太くんがいらっしゃいました。時刻は五つ(午後八時)を過ぎたところです。

 実費負担はしのびないので、来店の際は裏口へ回るようにお願いしております。
 
「お仕事の邪魔になるなら、いっそ客側の方がよいのでは?」

 相変わらず健気なことを口にしますが、ここでお小遣いを散財させるわけにも……。
 無駄遣いダメ! 絶対!(自分で無駄遣いと言うのが切ない)。


 彼は大人しくソファに座り、宿題をやっつけております。
 理系壊滅の私でも、さすがに小学校レベルならわかる範囲で(それも情けない)お手伝いはできます。
 遠慮なく密着して興がノッてくると――

「密室の家庭教師と教え子」「女教師と放課後サシで補習」「アダルトなDVDの冒頭インタビュー」等々妄想に事欠かないので、アドレナリンが過度に分泌され、しまいには過呼吸に至り顔が熱くなります。
 ちょいちょい呪文の出番であります。


 余韻の残る火照(ほて)った顔でハフハフしていると、本日二人目のお客さんが来店いたしました。
 爽太くんと顔を見合わせ、二人無言で頷くと、私はささっと仕事の体勢になります。

 椅子に座りつつ、

(通じちゃった♥ まるで熟練の夫婦じゃね?)

 脳内で呟くと、再び熱が上がるような気がいたします。
 私、おたふく風邪済んでましたよね? お母さま。


 椅子に腰掛けている、ビニール袋を提げたお客さんは――覚えのある男性でした。


☆☆☆


 さっぱりとしたスポーツ刈りの黒髪。ジーンズにスニーカー、野暮ったいパーカーを羽織ってらっしゃいます。
 胸に「Gセン‘75」のイカすロゴ。ミスプリかと思い目を凝らしましたが、何度見ても「Gメン」ではありません。

 切れ長の目がボタン群を彷徨(さまよ)い、散々優柔不断に迷った挙句、『街角トワ○ライト(シャ○ルズ)』をぽちっと選択。さすがに映像でしか見た事がありませんが、曲はわかります。

【こんぢぢば】
「ほーみーたぁーあああ~」
【懐かしっ! 俺も歌わにゃいけませんか雅之さん?】
「却下です。ようこそ『ツイてない御苑』へ。いらっしゃるのは予見しておりました」
【俺、初見ですよ?】
「仏さまは全てお見通しです。なんなら、貴方が『卒業』したことも存じております」


 彼は一瞬真顔になり、パッと立ち上がって表へ走り出ました。
 ――戻って来ると、

「○○寺の別院とかですか? お寺さん自体は知ってます、支部長(ババア)が昔々お世話になったそうで……ひょっとして――ウチの愚妹、来たことあります?」

 鋭いですね。
 長いこと童貞を(わずら)っていたくせに(え? なんですか恭兵さん。関係ナイネッ?)。

「何のことやら……この店、どこでお耳に?」
【Gセン(行政書士)のパイセン――おっと、韻を踏んじまった……そうだ、おやつにどうぞ。お口に合いますやら】

 モニタ越しに差し出したのは、仲見世は「金○山(きんりゅうさん)」の揚げ饅頭でした。

「お心遣い深謝申し上げます。美冬ちゃんにも頂きました」
【美冬ちゃんて言っちゃってるよ?】

 心なしか「お兄様」の目が座っております。わかるわかる。

 黙って眺めていた爽太くんが、「この時期に学校を卒業されたのですか?」と小声で問います。
 後で、後でね。じっくりとレクチャーして差し上げます、保健室で。
 所謂「大人の階段」を……もう少し淫靡で自然な言い回しがないものでしょうか(アヘアヘ)。

「まあまあ、お兄様。このたびは嬉し恥ずかし、ご卒業おめでとうございます」
【……今日の俺は昨日の俺ではないのですよ(?)。これぐらいで動揺など……】

 ははは、と乾いた笑いを発しますが、机がガタガタ鳴ります。震度2くらいの激しい貧乏揺すり。


【――なるほど、読めてきたぞ。そうなると……ちょっと貴女には話し辛いかなー】
「ご安心ください。秘密はお守りいたします、鉄壁です。当然、美冬ちゃんにも内緒です」

 モニタ越し、お兄様の疑いの(まなこ)が、歌舞伎役者の流し目のように私のお○ぱいに突き刺さりました。
 なるほど噂の「おっ○い星人」恐るべし――。

☆☆☆


 最近、彼女さんとよく喧嘩になるそうで。
 議題は――

【やたら自分の体臭を気にするわけですよ。前からそうだけど、最近は特に顕著(けんちょ)で……】
「ワ○ガですか?」
【違うと思う。寝てる時存分に嗅いだけど、予想外に爽やか(?)だった】
「へ、変態めえ!」 
【――最高の褒め言葉だ】
「人が寝てる時に、そ、脇の、に、匂いを嗅ぐなどと」
【フハハ、俺の生き様よ~く見とけいっ!】

 フフン、と鼻で笑われました。
 爽太くんが「ワ○ガってナンですか?」と問います。後で、後でね?


【言うほど匂わないと思うんだけど、疑心暗鬼というのか】
「まあ気にするでしょうねえ、女性なら特に」
【逆に『もっと()がせろ!』って変態に徹した方がいいんだべか】
「…………」
【スルーしないで。お願い。(みじ)めになりゅ……】
「おやおや、例の発作ですか、『○○噛みまくり病』という……難病指定(?)だそうですね」

 トントンと肩を突かれ振り向くと、ちょっと困ったような顔をした爽太くんが紙を(かか)げています。

『匂うからって嫌いにならないでほしいなー』

 うずうずしているようなやや丸っこい文字で、可愛らしく(つづ)られております。
 なんとなく――視線が(とど)まりました。


 モニタの向こうで、お兄様が天井をぼーっと眺めております。
 手足を投げ出して椅子からズリ落ちそうな塩梅です。
 色の無い顔に、今日一日の経過を窺わせる髭剃り跡が、薄青く自己主張しております。


【体臭が嫌だったら、初めから好きになったりしないっつの……】

 お兄様がポツリ漏らしました。
 すかさず爽太くんが、

(ちゃんとそう言ってあげればいいのにね!)

 口に手を当てて私に(ささや)きます。
 なんて事ないのですが、いちいち可愛くてふっと笑みが(こぼ)れてしまいます。

「何某かストレスで情緒不安定なのかもしれませんね。ちゃんと(ねぎら)ったり、愛情を口にして伝えていらっしゃいますか?」
【……そったらこっ恥ずかしいこと言えるわけないぞなもし】
「不安なのかも……嫌われたらどうしようって」
【そんなタマじゃないと思うんだけどなー】
「本気で体臭が恥ずかしいのかもしれませんが……私だったら、やはり好きな人にはそんな自分でも受け入れてほしいと思います」

 爽太くんがコクコク頷きます。

【そりゃ、アイツの匂いごと受け入れてるよ? 当たり前じゃんね】
「言葉にして伝えてあげてください。どうにか、彼女さんを安心させてくださるよう……」

 お兄様はあさってを向いて頬をポリポリ掻いております。

「事情通によると、『「愛してる」の賞味期限は1日』だそうです。躊躇している余裕はないですよ」

 
 ……ちらと一瞬だけ視線を寄越したお兄様は、観念したように、

【――御意(ぎょい)

 力無い笑みを浮かべたのでございます。


☆☆☆


 退勤後、爽太くんをご自宅までお送りしております。

「……照れないでちゃんと伝えてくれるかな……」

 五百円玉でも落ちてないかしらとぼんやり地面を眺めていると、彼がぽそり呟きました。
 上から見下ろした彼の顔は存外締まって真剣です。

 思わず顔が(ほころ)んで、

「どうでしょうね。まあ頑張っていただきましょう」
「そう言えば……結局、『どこを』卒業されたんです?」

 無垢なお顔で見上げる爽太くんの目が眩しすぎて、危うく「気をやって」しまいそうになりました(あはん♥)。