男性の方が引き摺るそうですね……

 ということで(どういうこと?)、
 やはりBGMは『悪女』(中島みゆき)を、何度でも。

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 恬淡(てんたん)とした月が、乾いた光を街に振り撒いております。

 霜月も半ばを過ぎると、今年もあと僅かと実感いたします。
 春を迎えるまでは、当時の暗鬱(あんうつ)とした日々が永遠に続くかと思いましたが、春を過ぎてみると、ここまであっという間でございました。
 あとひと月もすればクリスマス、大晦日……やがて淡々と年が明けるのでしょうね。時間だけは誰にも止めることができないようですから……。

 お彼岸(浄土)では、クリスマスはどう過ごされるのでしょう。
 涅槃(ねはん)に至った皆様でも、ケーキをお召し上がりになるのでしょうか。宗派を越えて祝福されるとしたら、ちょっと楽しそうですが。
 そうだ! クリスマス当日は、大川(隅田川)にお母さまが好きだったシャンパンをドバドバ流して差し上げましょう(※よい子は真似してはいけません)。
 あ――ひょっとしたら、こんな私でも、当日何某(なにがし)かの用事が入るかもしれません。その際は深夜になると思います、あらかじめご承知おきくださいませ。
 なんだかとても楽しみでございます、お母さま。


☆☆☆


 兄様に無理を言って、事務所に電子レンジを導入していただきました。私だけのレンジ――愛おしすぎて「ソウタ(※呼び捨て)」という名前を付けてしまいました。

「ソウタ」が温めてくれた肉豆腐を主菜に、ぬか漬けで夕飯を済ませ、「梅(ぞの)」の粟ぜんざいを食後のデザートでいただいたころ、お客さんが来店したようです。
 

 目にも鮮やかな深紅のワンピース(ボディコン?)に毛皮のコートを(まと)い、ピンヒールの甲高く乾いた音を引き連れて、その方は颯爽と現れました。
 黒髪ストレートのミディアムボブ、アイラインのキツイ小柄な女性。
 壁掛けのハンガーに毛皮を預けると、モンローウォークでこちらへやって来ます。


 黒いストッキングのおみ足を優雅に組んだ際、一瞬ですが赤いおパンツがちらと覗きました。
「赤の似合う夜の女」――という感じですよ。
 だ、だうなー系の服しか持ち合わせていない私からすると、誠に羨ましい(?)限りで……。

 彼女が選択したのは『勘●奉行にお任せあれいっ!』というボタンです。
 私に「見得を切れ」と?


☆☆☆


【お初でぃす。おこんばんは!】

 にこり笑うと少しだけ目尻が垂れ下がり、濃いメイクの小顔に少女のような愛嬌が浮かびました。
 予想外にドキリとさせられ、

「よ、ようこそ、『ツイてない御苑』にお任せあ~れぇ~いぃ!」

 一応見得を切ったつもりでしたが、両目は無駄に散りまくり、声は裏返って成田山(千葉)あたりへと飛んでいきました。


☆☆☆


【気になってた男にそれとなく言い寄ったら、ばっさり振られちゃったの。しょぼ~ん】

「しょぼ~ん」が似合うお歳には見えませんが、あざとく項垂(うなだ)れます。

「それは『ツイて』ませんでしたね」

 若干違和感を抱えながら返しますと、

【ツルペタがストライクなんだって。そこは譲れないってさ】

 女性は見せつけるように、両腕を組んでお胸を持ち上げました。
 みしっ……と盛り上がったそれは迫力に満ち、こちらを威嚇するよう、ぶるんっとひとつわなないたのです。

 私は脳内で「ツルペタ」の四文字を思い浮かべ、相反するメロンのような双丘を凝視しつつ、

「告白したのですか?」
【あはは! アオハルでもないのに告白なんてねえ? ストレートに「ヤ○ウぜ!」ってお誘いしたのよ? 身体の「相性」はすっごい大事なんだから、それ抜きで一緒にはなれないでしょ?】

 卑猥な握り拳をこちらへ突き出し、カラカラと楽しそうに笑います。
「それとなく言い寄った」……?


 風俗嬢だった彼女は、数年前思い切って風俗店のオーナーになったそうです。
 その前後に知りあい、開業から現在に至るまでお世話になっているのが、とある行政書士の男性。
 頼れるコンサルタントに、いつしか仕事上の関係を越えて懸想するようになった彼女は、生来の気性とは裏腹に、何故か、なかなか想いを口に出来なかったのだそうです。


【あいつ、好きな()いるんだって、ツルペタストライクの。十九(歳)だよ? もう犯罪じゃないっ?!】
「……て、てぃーんが相手では分が悪すぎますね。敵(?)に回したくないというのか」
【その子とはひと周り違うし、それに今から胸小さくできるかっての……ダイエットすりゃいけるのかな?】
「どうでしょう。逆(ツルペタ→巨乳)ならナントカなりそうな」
【だよねー。あたしも男に揉まれてこんなんなったし】
「やはり、そうした努力が重要なのでしょうか」
【鉄板だよね! やっぱ数こなさないと】

 精気に満ちた目が、ギラギラと妖しい光を放ちました。

 そういうものなのでしょうか……いや、経験者の語ることです。信憑性は高いものと……。
 ――美冬ちゃんにそれとなく進言いたしましょう。余計なお世話でしょうか。


【断食でもするかなー! 手術の方が早いか? でも胸にメスを入れるのもなあ……】

 無意識なのか、片手を脇に差し込んでそっと押さえました。

「メスを入れるのは怖いですよね。そこまでして――」
【絶対……絶っっ対許さん。あたし諦めないよ、貧乳になって小娘からあいつを奪ってやるんだからッ!】

 ガバッと立ち上がって咆哮一発! モニタへ向けてズバッと正拳突きを繰り出します。
 反射的に仰け反った私の眼前で、目潰しのように指が一本伸びています。

(ぶっこ○す――)震える指先が囁いた気がいたしました。ひえ……。


 と、やがて――体中から集めたような二酸化炭素の塊を盛大に吐き出すと、力無くストンと腰を落としました。
 スンと表情を無くし、ギラついていた目からフッと光が消えます。
 人差し指を咥えて軽く歯を立てると、真っ赤な下唇が微かに震え、虚ろに濁った瞳は薄花色の膜に覆われたように潤みました。


 なんとなく……声をかけるのが躊躇われ、私はその憂いを帯びた蒼色(そうしょく)の横顔を、ただじっと眺めておりました。
 
 暮れ六ツを告げる鐘の()が、小さな溜息のように静かな店内を揺らしつつ、さめざめと染み渡ったのでございます……。
 

☆☆☆

 
 すすっと目尻を指で撫でつけ、フッと息を()いた彼女は、少しだけ赤味を取り戻した顔で、

【えっと……どこまで話したっけ?】

 力の抜けた微笑を浮かべる彼女を見やり、私は静かに声をかけました。

「……話は変わりますが、嘗て、ブルゾンなんとかさんが名言を残しました……『35億』と」

 彼女がこちらへ向き直り、モニタ越しに目を(しばたた)かせます。

【なんか、聞いた事あるかも……なんだっけ? それ】
「世界中に、それだけの『男』が溢れているという」

 頬杖をついた彼女は瞬きをやめ、じっとこちらを窺います。

【うん。そりゃそーだ。当たり前じゃんね】

 目を細め、軽く微笑みました。

「……あなたに相応しい方は、きっと見つかりますよ……身体の相性もぐんばつの『男』が」


 彼女は小さな顔に笑みを張り付かせたまま、こちらを見つめていましたが――。

【……「ぐんばつ」て、昭和だなあ。いや平成?】

 呟くと視線を外して笑みを引っ込め、まつ毛を伏せて長いこと黙り込みました。



 ――やがて。

【………………………………サンキュ】


 彼女は――掠れ気味の声で小さく小さく囁くと……深紅の唇をきつく噛み締めて、ほろと涙を零したのでございます。


(……ゴッド・ブレス・ユー……)


☆☆☆


 ここへ来る前に、彼女の中では答えが出ていたものでしょうか……。

「月夜だと素直になりすぎるから、悪女にはなれないよ?」……かのシンガーがそんな風に歌っていらっしゃいましたよね、お母さま。