タブレットを購入することにいたしました。今日、ア●ゾンから届く予定です。
 漫画が読めるのですよお母さま。電子書籍というやつを。
 数日後には、ホーム画面にエロい表紙が並ぶことと存じます。

 スマホやら携帯電話より優先した形です。それらはどうにも所持するのに気が進まず。何某(なにがし)かに拘束される心持ちになるのが今一つ釈然としないのです。
 爽太くんと自宅以外で連絡を取ることを考えての決断です。


☆☆☆


 ウキウキで出勤すると、見慣れないモノが目に入りました。

 壁にハンガー掛けの服がぶら下がっております。布地面積が大分少な目。
 見た目を一文字で表すと「(ブイ)」です。そんだけ。

 一緒にマスクが引っ掛けてあります。アゲハ蝶みたいな。
 目の部分が()いた、仮面舞踏会がお似合いな……Tonight ya ya ……ティア! であります。
 お母さまお好きでしたよね少●隊。恰好良かったですよね~ド●フ大爆笑で見ましたよ~(適当)。

「V」の方はパッと見、黒いワンピースの水着風。光沢パネェ。首からお(へそ)の辺りまでザックリ開いています。めちゃ涼し気。

 おずおず触れてみると、どうもレザー風の……優しくひっくり返すと、「キシッ」とか「キュイッ」という聞き慣れない音が鳴ります。
 背中スケスケ。下着脱がないと着れねえなこれ。なー!(イ●欽?)

 世の「女王様」がお召しになるような「ボンデージ衣装」というものでしょうか、そんな感じです。

 先程の音と感触が一緒になって、私の心をざらりと撫でさすります。

 ――どうして、事務所にこのような(ハレンチな)ものが?
 
 じっと見つめてしまいます。

 ひょっとしてこれは――私の為に顕現した、(いにしえ)より伝わる「(ヨロイ)」じゃね? 防御力皆無な感じですが。

 ふと――実装した自分の姿が脳裏にありありと浮かびます。
 驚きました。自分にこんな想像力があったことに驚きなのです。


☆☆


 気が付くと――。
「実装」しておりました。パフパフーッ!
 実際身に着けるとじわりテンションが上がってきて、思わず「蒸着(ジョウチャク)!」と吠えてみたり。
 宇宙刑事の一員にでもなったような気分であります!

 事務所には姿見がありませんので、見た目の具合がよくわかりません。

 胸部分は少し余裕があります。まあ前がガバと()いてますし。おかげで谷間がどりゃあ! と(あら)わになっております。ウエストがややキツイ。お股が食い込み気味でちょっとモヤモヤ。
 サイドは一部分編み込みで、肌が覗きます。
 粗い編み目に指を(くぐ)らせ、昨日出来た赤い湿疹(まるポチ)をぽりぽりパムパムと掻いてみます。
 掻けましたよ隊長! これヘルペス(帯状疱疹)ですかね?!
『とにかく生地は節約!……節約!……節……』という社長の激が(エコーで)脳裏にこだまします。

 上から眺めていても、あの消えそうに燃えっそうな、ワインレッドの安全地帯がまるで見当たりません。理性を保てる仕様でないのは確かです。
 こんなドロ●ジョさま(もど)きの鎧、あるわけないだろ!


 バタフライの仮面もそっと装着してみたところで、事務所裏口のインタホンが鳴りました。
 
【○○便でーす!】

 タブレットが届いたようです。
 一応、判子(はんこ)を手にしてすぐさま裏口を開けると、顔を上げたニイちゃんが笑顔を引き()らせて硬直しました。
 目があった途端、彼は慌てて視線を落とし――次いで、ゆるりと舐めるように視線を上げていきます。
 再び目が合うと、彼は顔を真っ赤にして(うつむ)きました。

 ——自分の装いを忘れておりました。今はドロ●ジョ様でしたね、そういえば。
 動揺補正で「獣神ラ●ガー(永●豪)」に見えないでしょうか。見えないでしょうね。

 無意識に、私のレフトハンドがツツっとおへそを隠しました。そこ?
 次いでライトハンドも追従します。

(ちょっとライトハンド! あんたは谷間を隠してくれろっ?!)

 脳内で必死に呼びかけますが、身体が思うように動きません。

 ――ふっと意識が遠のきかけます。

 私は神速で判子を押し、「ごくろしゃま!」とマスク越し無理矢理に微笑むと、荷物を(つか)んでバタンッとドアを閉めました。

 どうしましょう、彼の脳内にハッキリと爪痕を残してしまったに違いありません。
 幸か不幸かバタフライのお陰で、顔は隠せているやもしれませんが……。
 

 私は荷物をきつく抱き締めたまま、その場に立ち(すく)みました。
 遠赤外線で温められたように、じわじわと顔が熱くなっていきます。反対に、ほぼ()き出しのお尻が、せっせと体温を放出しているかの如く冷えていくようです。頭寒足熱、頭寒足熱どこ行った?!

 脳天がクラクラします。
 一生の不覚……。

「黒歴史」の三文字が頭を駆け巡ります。
 足元の健康サンダルが視界に入った途端、下半身から力が抜けてフラフラしゃがみ込んだのでございます……。


☆☆


 ――覚醒した私は、椅子にだらしなく腰掛けていました。
 なぜかストローを(くわ)え、呼吸(イキ)に合わせてピュ~ヒョロ~と音を奏でております。
 ……秋ですね。憂いを帯びた音色が秋を深く実感させます。

 そのまま(ほお)けていると、表でカランと音がしました。
 お客さんご来店のようです。イヤホウ!(やけくそ)

 身を(よじ)って座り直すと、「キシキシ」「キュイッ」という音が、忘れかけていた羞恥心を呼び覚まします。
 ……せめてお客さんがいらっしゃる前に、着替えを終えておくべきでした……。


☆☆☆


 ――今日のお勤めは惨敗です。

 見えないと頭ではわかっていても、常識的には恥ずかしいこの姿を、モニタ越しに「()られている」気分で――全くお話に集中できなかったのでございます。
 全て自業自得です。お客さんにはひたすら申し訳なく……。


 お店が(カラ)になった後、ふと……着替える前に写真とっとくべ! と妙なことを思いついてしまいました。黒歴史とか言っといてよう……。
 今後、仕事中にボンデージなぞ二度と身に着けぬよう(※通常そんなシチュエーションはありえひん)、記念に――ゲフン、「(いまし)め」として、です。

 私自身はまだこの全体像をまともに目にしておりません。
 やはり「戒めとして」確認しておく必要があります。是非にも。

 私はタブレットを取り出し、自撮りを完遂するべく設定に取り掛かりました。


☆☆☆


 ——自撮りを終えた頃を見計らったように事務所の電話が鳴りました。ハゲ(兄様)でした。

【ウェ~イ! ()()見たか? すまん、今日ちょっと引っ越しの手伝いしてさー。諸々の事情で、あの妙な荷物だけ一日預かることになっちまってよー。もうちょいしたら引き取りに寄るから、そのままにしといてくんない?】
 

 受話器を置いた私はソッコーで着替えを済ませ――一刻を争います、理性が崩壊するまで――念入りに衣装を拭き――ウェ~イ(ハゲ)と鉢合わせする前に、元通り壁に掛けました。


 ひっそりと壁に背を預ける衣装とマスクをじっと眺めてみます。
 
 実装した時の確かな高揚感――ありゃ一体なんだったのでしょうか。
 はっ! ひょっとして、これが欲求不満という……なんて。あははー。


 ……本日は「ツイて」おりませんでした。
 というより、自分から災禍に身を投じたようなものです。

 してみると、思わず「ツイてない」と呟いてしまうことは、結局自分に遠因があるということなのでしょうか。
 どうでしょう、お母さま。


 検索すると、似たような衣装が2,980円でした。(やすっ)? 生地を節約した甲斐があったと……。


 あ……自撮り画像、爽太くんに送信してもいいですかね? ダメですよね……。