「ツイてない」なんて言わないで❤️

★本話の作業用BGMは、『Magnetic』(Earth, Wind & Fire )。
 ダンス・ミュージックでございます。
 タイトルは「磁気」系の意味合いですが、転じて「引き付けられる」と言えないこともないようで……。

(2024年3月執筆)

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 お母さまの青春期、「聖ナンとかデー」はどんな様相でした?
 あ、チョコレートは(闇でしか)手に入らなかったのですよね、失礼を。
(終戦直後かよっ!)
 間・髪を入れずの三(ムラ)ツッこみ、恐縮に存じます。


「爽太にチョコあげたん?」
「ええ。『チ(謎?)コまみれ』をまみれるほど」※1
「ば?! エ、エッロ!」
「『チ()コ』ですよ、綾女ちゃん」

 なんと。
 綾女ちゃんもあげたそうです。

「義兄(予定)だしー」
「まさか……手作りとか(ギリリッ)」
「セコ●ヤチョコレート!」※2
「渋……大差ないじゃないの」


 ☆


 平日金曜。ホワイトデーの翌日。
 三時間授業の爽太くんから、ランチのお誘いを頂戴し。うぽっ。
 綾女と二人、寺町通り沿いのファミレス(※イタリアンじゃ!)へと向かっております。
 
 暖かく、風もない、まあまあのご陽気です。
 時折、ビル群の片隅に桃色の木は見受けられますが、桜はまだまだ……。

 灰色パーカー下から覗く綾女の白いトレーナーの胸には、『チェリー』の四文字。
 私もGジャンの下に桃色のトレーナーですが、胸には『First experience(※初めての体験)』と、流麗な筆記体が霹靂(へきれき)の如く疾走(はし)っております。
 示し合わせたワケでもございませんが、せめて春らしく……。

 
 かの入り口に、すっと()ぐ立ちの少年が静かに佇んでいます。
 先般と同じスリムジーンズに、潤いを感じさせるブルーのシャツ。
 彼方を見詰めるその姿には、「もしも黒●清輝が未成熟の少年を描いたら」という注釈が付いても不思議ない(まばゆ)さが、ぐっと抑えた風に滲んでいました。※3

 少年は此方に気が付くと。
 ふっと静止画から抜け出て目を細め、微かに口の()を上げたのでございます。
 これは――。

「綾女ちゃん、眼鏡(サングラス)!」
「マッキー(黒)で目の下塗りなよ。野球選手みたいに」


 ☆☆
 
 
 綾女がひとり、わちゃわちゃ元気に喚き、私と爽太くんが頷きトリオの如く(コンビですが)時折相槌を。
 過日の爽太パパとの邂逅はひと際盛り上がりました。

 日曜の夜、日中のデート現場((コレ正解!))を目撃したパパにエロエロ突っ込まれたそうですが、「お世話になっている道場主の妹さん」以上の事は言えなかったそうです。
 すりゃ仕様がないですよ……。

 メニューを開き。
 爽太くんが鋭く睨みつけます。

「じゃ、『乳酸菌入り!今ならナンと!もう一つお付けして×××詳しくは今日の折込で!』にすっかなー♪」
「メニューを見ろ妹」
「ナポリタンで……」

 王子が嘆息しました。

「ナポリたんですか」
「パ……父も母もトマトが苦手で。家でナポリは顕現しないのです」

 ああ、成る程。

 と、急にこちらへ向き直り、深々と頭を垂れます。

「神幸さん、ごめんなさい。決めたら真っ先にお話しすると言っておきながら」

 弁護士の決意表明ですね。

「そんな、なんもですよ」
「珍しく父と食卓を囲みましたので……その……」

 相当にお忙しいようです。

父御(ててご)が弁護士なあ……」

 綾女がチラチラと(よこしま)な視線を寄越します。
 なんですか。戦争ですか。
 ふいに、爽太くんが「あ」と声を上げました。

「若い頃――あ、父は今も若いですけど」
「お優しい(ホロリ)」
「そーゆーのいいから」
「……僧侶になりたかったそうです」

 長(ブチ)氏が主演の映画に感化されたのだとか。
 ふうん、あのボタン選択も納得。
 ……あの映画、そんなお話でしたか?

「なんで坊さん?」
「『イケメンは坊主頭でもイケメン』と言ってました」
「意味不~」

 何処かで聞いた風な。

「今なら、白猿さんみたいな……」

 爽太くんの気の利いた補足に、

「どこの猿? 猿に『さん』付けかよ!」
「綾女ちゃん、團●郎さんですよ、十三代目」
「ダん?! 神幸ちゃんパクチー!」
「『博識』でしょ、綾女さん」

 姉を香草扱いですか。
 これでもねえ、夕刊は欠かさず目を通してるのですよ(ふんぞり)。

「パパは、道場が『寺』だって知ってんのかよ?」
「こないだ話したら、若干興奮して……」

 少年は言い辛そうに身を捩ると、

「明日の稽古納め、見学するって言い出して……」

 あらあら……まあまあ。


 ☆☆☆


不知(ふじ)……勇爾(ゆうじ)、さん……」

 名刺をじっと見詰めた兄様は、

「あの……エネルギッシュな……?」

 どこか不思議そうに呟いたものです。

「語呂は非道いもんです。名付け親のセンスっちゅうのが――」

 台詞とは裏腹に、パパさんの顔はくしゃくしゃでした。


 稽古を見終えたパパさんは、すこぶる上機嫌でした。
 見学の間――紅潮したお顔で饒舌に兄様へ語りかけ、ずうっとウヒャウヒャ笑いっぱなし。
 サングラスの無いご尊顔は、

「パパめっちゃイケオジじゃん!」

 綾女も唸る。

(お父様、いやにテンション高いですね)
(あれです、「坊主頭でもイケメン」)

 え。
 兄様を気に入ったと?
 晋三……居ませんよね。

「やーこれも『マ~グネティック』ちゅうやつですなーご住職!」
「まぐねてぃっく?」
「『ご縁』ということで! ウヒャヒャ!」

 爛漫な陽を浴びるパパさんは、花見でもしているように終始満面の笑みを絶やしません。
 対して、予想外にグイグイとがぶり寄られ、狼狽える兄様が新鮮。
 汗の引いた白い顔に、ハッキリと「困惑」の二文字が見てとれます。


 中庭に並べた椅子に腰を下ろし、綾女と爽太くんと(ぬる)い茶を啜っておりますと、パパさんが兄様を引き連れ、近づいてきます。
 口角上がりっ放しの顔で、

「時に、神幸さんは、お幾つで?」

 ウッ。

「(ごくり)さ、3×7歳です」
「へえ……」

 硬直する永峰家一同。

「ウチは(あね)さん(ねえ)さんでね」

 姉が二人いるみたいに仰る。
 てか、「姉さん女房」とは知りませんでした。

「ほ、ほほ~う、左様ですか」

 首に回し掛けたタオルを忙しなく(しご)きつつ、兄様が当たり障りのない相槌を打ちます。
 ――ちょっと、落ち着いて。ハゲ。

 パパさんは、やおら右手の指を折り始め、

「ひーふー……ウチは、六つ。上ですな」

 先程の間違い()を訂正する事もなく。
 やがて――

 ――にやり。
 すっげ悪いコト思い付いた――風な、極上の(極道の)歪んだ笑みを見せると、関係者の顔を順繰りに眺めます。
 風がピゥと通り抜け。
 小さな庭に、鋭い緊張が走りました。

 全身が勝手に震えます。
 傍の爽太くんだけは不思議そうにこちらを仰ぎ見て、私の左手をきゅっと握りました。
 次いで、パッと父御に向き直り……。
 なぜか――笑ってる……爽太くん?

「おと……パパ! 僕は、神幸さんと――」

 パパさんがバッと右手を突き出します。
 元チャンプ・山中氏が放った、目眩ましのジャブの如く。
 来るか伝家の宝刀「神()左」?!
 
「――爽太くん」
「は、はいっ!」

 パパもママも「くん」付け。
 嘗て爽太くんが言っていた通り……。

 果し合いの如く見詰め合う、父と貴公子――?


 パパさん、徐にサングラスを取り出し、スチャッと装着。

「神幸姐さんを振り回すんじゃねぇぞ」
「え?」
「爽太くんの責は重いニャン」
「「「「……(にゃん……?)」」」」
「もし、お前の方から手を放そうもんなら……」

 言い差すと、

「ろくなもんじゃねぇえええぇぇぇー……」※4

 拳を握り締め、「中腰で」吠えたの。んん。


「……意味分からん」

 綾女が囁き。一同悄然。


 男闘呼・不知勇爾は――。

 万歳するよに両手をさっと上げ下ろし、くるり背を向けると、

「♪ ぴぃぴぃぴぃ、ぴぃ●ぃぴぃ……」※5

 某かご機嫌に呟きながら、とっとと山門を出て行ったのでございます……。


 爽太くんは瞬きもせず、父の後ろ姿を静かに見送っていました。
 やがて、深々と腰を折ったのです。

 私はというと、消える背中を見届けた途端――。

 爽太くんと手を繋いだまま、萎々とこの場でへたり込んだのでございます……。

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※1 不二家『チョコまみれ』。カントリーマアムのミドルパックをよく買います 
※2 フルタ製菓『セコイヤチョコレート』
※3 黒田清輝。近代日本洋画の巨匠(だそうです)。画名は「せいき」とのこと
※4,5『ろくなもんじゃねえ』(長渕剛)より