「ツイてない」なんて言わないで❤️

★本話の作業用BGMは、『勇次』(長渕剛)。
 ゆうじです。ユージではないと思います。多分、U字でもないと……。
 特別ファンというワケでもないのですが。
 何故か頭が覚えてる曲ということで。

 〆めは『しょっぱい三日月の夜』(同)。
 ……吠えてます。


☆本文中の✨印は全て、『仁義なき戦い』シリーズ(原作・飯干晃一、監督・深作欣二 by 東映)の台詞より抜粋 & ホニャララしております。

(2024年3月執筆)

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 朝から風が吹き荒れる、そんな日曜の午後。
 爽太くんのお供で浅草橋駅近く、某文房具屋さんのビルを物色いたしました。

 スリムなジーンズが殊のほかお似合いな眼鏡貴公子は、ほかほか顔で紙袋を抱え、少し前を幸せそうにゆるりゆるりと歩いております。
 ペアルックの如く上下野暮ったいデニムで纏めた私も、今、後をついて行きます。
 斜め後ろから窺う彼の腰の位置が、やけに高く感じられます。

 今この時も、周囲の目には歳の離れた姉弟に見えるのでしょうか。


 春から中学生の爽太くんが、件の中学校へと(いざな)いました。
 榊神社前の広い通りを大川(隅田川)に向かって歩いた先、隅田川テラスへの入口にほど近い、工業高校の(そば)
 通りに面した、小さな公立中学校でした。


 暫く、二人ぼんやりと金網越しに全景を眺め。
 校庭は土じゃねえずらと、あれこれ妄想を膨らませる処女を横目に、

「……中学では剣道部に入ります」

 爽太くんが寂しげに呟きました。


 ウチの道場では皆、中学進学と同時に卒業となるのが慣例です。
 本来なら、爽太くんも道場を離れることになるワケですが……。

 口元をむずむず波打たせる彼に、私は微笑みかけてみました。
 眼鏡の奥で目をまん丸にした彼は、

「……ご存知だったのですね」

 はにかむ彼の冷たい手をそっと手繰り、両手できゅっと包みます。

「今後とも、よしなにお願い申し上げます、師範代」

 恭しく頭を下げますと、彼の手に力がこもりました。
 目が合うと――いい塩梅で、二人口元が緩んだのでございます。


 中一で師範代ですよお母ざまっ! 
 すりゃ忖度もあるでしょけど!
 ずっと(道場で)一緒なんすよ?!
 しょえぇぇ~!(江戸っ子)


 隅田川テラスへ降り、とあるベンチに腰を落ち着けました。
 嘗て、彼がどこぞの乙女に求婚した「あの」ベンチ♥
 落ち着きなく両足をプラプラさせていた少年の姿はありません。
 
 ……短パンから覗く、あのつるりと美味しそうニャ膝小僧を目にすることは、もう二度とないのかもしれませんね。


 私はつと立ち上がり。
 強風に煽られ、遠い空で行き場を喪くした凧の如く、マ●ケル・ジ●クソンとおなしように前傾で静止を試みると、

「×××よさらばーーー!」

 魂の絶叫が迸りました。

 爽太くんは――全身で引いてましたよ、お母さま。


☆☆☆


 引き続き風の強い、翌月曜。
 開店と同時に現れ、椅子に腰掛けるは――。
 ぺったりの黒髪オールバック、渋いブラウンの三つ揃えを纏った壮年の男性です。
 荒天の中、奇跡のカッチリ具合。

 漆黒のサングラスが耳から生えたよに、ご尊顔と一体化して見えます。
 くっと首を傾げたらパー●ェクト・ヒュ●マンぽいです。
 おいナポレオンん!
 ナ・●・タ、ナ●タ! です。


 右頬に刻まれた鋭い二本の傷をそっとなぞり、

『ろくなもんじゃねえ(本音)』

 というボタンを押下しました。

 本当に。
 パッと見は(ロク)なもんじゃありません。
 やだなー893屋さんですかー?

【……ども】
「ツイてない御苑にようこそ」
【噂は聞いてた……息子から】
「左様ですか、ご子息から……ありがとうございます」

 気の所為か、お体が右に左に揺れているよな。

「ふらついてらっしゃいますね」
【……腹、減ってるんだ】
「お米食べた方がいいですよ」
【昼、食い損なってな】

 既に七ツ半(午後五時)を回っております。

【ミートソース(パスタ)を出前で頼んだハズだった】
「ハズ?」
【来たのはナポリんトコの野郎だ】
「(カモッラ(ナポリの893)?)ナポリたん……」
【俺はトマトがアレでな。口に出来なかった。一緒に頼んだオヤジも――】
「親分さん?」
【親分? いや、ウチのボス――ボス弁てやつだな】
「え」
【俺はそこのイソ弁(居候弁護士)だ】
「まさかの弁護士事務所……」

 今更ですが。
 襟に光るそれは、組の金バッジじゃなかったようで。

【出前はオヤジが直々に頼んだんだ】
「はあ」
【で、当のオヤジはしれっと言った。「ワシら……どこで道を間違えたんかのう……」】✨
「多分(ハナ)から(ぐすん)」

 広島の親分さんみたいな言い草。

 もそもそと、また頬を撫でます。

「それ、刃物でアレされたんじゃ」
(ハモ)? 違う……ボスは事務所の上に住んでてな】
「ご家族で」
【いや独り身。アメショーを一匹飼ってる】
「会いたい!」

 あ。家じゃ無理でも、ココなら飼えないかな? 無理?

【毎日、事務所に連れて来る。一所懸命お世話してるが、俺には全く懐かない】
「あらま」
【今朝もやられた】
「あ。引っ掻き傷なんですか(ドスじゃなかた)」
【胸が張り裂けそうになって……思わず叫んだ】
「……なんと?」
【「あんたぁ……最初からワシらが担いどる神輿じゃないの!」って】✨
「猫ちゃん相手に(意味分かんニャい)」


 ヤ●ザ擬きの自称イソ弁が、背凭れに深~く身を預け。
 椅子がキィと軋みます。
 両手をズボンのポケットへ突っ込むと。
 薄い唇から、笛の鳴るよな細い空気を漏らしました。


【……息子がとちゅ(突然)じぇん……】
「(ここで噛むか)」
【自分も将来、弁護士になると……】

 蒼白のお顔。
 グラサンの奥は窺えません。

「それは……ご立派なことと」
【ご……立っ……PA?】
「(パーキングエリア?)法と権利を守る、立派なご職業かと」
【……ウチのボスは】
「はい」
【敗訴すると……ヤケクソで「お前ら、そこらの店、ササラモサラ(無茶苦茶|(広島弁?))にしちゃれぃ!」とか言い出す男だぜ?】✨
「ササラ……ケサラン・パサランの亜種ですか?」
【要は……綺麗ごとじゃあすまんのじゃい】

 
 顔を上げ、天井に目を向けつつ、何かを反芻しております。

【……夕べ……珍しく家族で食卓を囲んで……】
「(なんか始まったぞぅ)」
【……おでんだった】
「左様で」
【旨かった】
「それは重畳」
【食べ終わる頃、息子が口を開いた――】
「そこで決意表明ですか」
【俺の皿を覗いて――「(たま)(ゆで卵)はまだ残っとるがよぉ」】✨
「抗争中?」
【♪ここは戦場、涙のレ●ンボウ】※1

 新しい極●のリーダーズ?

【イッツ・イソ弁ジョ~ク】
「仁義なきジョークでしょ」
【アイツの目は正気だった】
「でしょうね」

 男が俯き、フフ、と微かに洩らします。
 
【男にしちゃシャバイ身体つきだったのが……まあ、道場通うようになって、ちっとは逞しくもなった……】
「へへえ」
【元々、俺の子にしちゃあ妙に聡明だ】
「なるほど」
【「出家」したんが坊さんで、「家出」したんが極道やねん】※2
「? それがどーしたと」
【司法試験ぐらいで躓くことはねえだろうが……】

 愉しげな笑みを浮かべつつ……。

 親としてはエロエロご心配なのでしょうが。
 やはり自分と同じ道を目指そうという我が子の心意気、嬉しいものなのでしょうね。
 私は御免ですが。尼僧なんて。

「幸せですね」
【うん?】
「あなたの背中を見て育ち、父親とその職業を誇りに思ってらっしゃるのでしょう」


 男は――じっとこちらを凝視しているよに動かず。
 やがて口の端を微妙に歪ませたのでございます。


☆☆


 腕時計をちらと見やった極道(擬き)が、

【……時間だな。付き合ってくれてありがとうツヨシ】

 抑揚のない声を投げました。

「ツヨシちゃいますけど。では――ゴッド・ブレス・ユー」

 ネクタイをきゅっと締め直すと、

【――お約束か】
「はい?」
【息子のこと――これからも。よしなに】

 受話器を置いてスッと立ち上がり、深々と腰を折ったのですよ、お母さま!

 嘘でしょ……?


(昨日、一緒に(ある)ってるの見たぜ)

 囁き。
 サングラスをクイと下げ、上目遣いにこちらを見やると、颯爽と店を後にしたのでございます。

 
 ……私の近未来は薔薇色ですか? お母さま。
 料理教室申し込もうかな……。

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※1 『青春を切り裂く波動』(新しい学校のリーダーズ)より。しつこく聴いております。

※2 有名な親分さんの言だそうです