★本話の作業用BGMは、

『チェック・ポイント』(藤井一子)でした。

 デビュー曲であります(1986年)。

 〆めは、ついに来た!

『あしたのジョー』(尾藤イサオ)。

 とあるアニメのOP主題歌。
 作詞はナンと、かの寺山修司御大です。
 魂を激しく揺さぶります(多分)。
 現代の平和な日本には馴染まないお歌かもしれませんね……

(2024年1月執筆)

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★★

 松の内が明けた頃合いで、鳥越のお(やしろ)を訪れました。
 少し前まで、美冬さんが週末バイトに勤しんでいた神社です。

 本日は「とんど焼き」というイベントが執り行われます。
 美冬さんに誘われ、昼日中(ひるひなか)に拘わらずやって参りました。

 お正月にお迎えした神様をお送りする、伝統的な行事だニャン。
 松の内が終わり、取り外した正月飾りなどを集めて焼くのだとか。
 このお焚き上げの火や煙にあたると、一年間が無病息災で過ごせるといわれています。
 信じるか信じないかは貴方次第。

 曇天で風が舞い、寒さ倍増に感じられるなか、小岩のような焔の周りにギャラリーがびっしり。

「この国は平和ですよね……」

 美冬ちゃんがポツリ呟きます。
 瞬時に、周囲の賑やかな喧騒は、単なるノイズへと切り変わりました。

 炎に照らされ、時折淡くオレンジに光る横顔に、虚ろな眼差し。
 台詞とは裏腹に、たっぷりと厚塗りされた色濃い憂い。

「まあ、平和……ですよね」

 心中は推し量れません。
 当たり障りのないひと言で留めてみたのでございます。


☆☆


 夜六つ半(午後7時頃)を回りました。
 毛皮のコートを纏ったまま目の前に座するのは、妙齢の女性です。
 合わせ目をキツく両手で掴んでらっしゃいます。

 勿論、一見さんでございます。
 コートを脱ぎたくないご事情がおありなのでしょう。私がどうこう言えることではございません。
 脱いだらスッポンポンとか……どうします? お母さま。
「プレゼントはワ・タ・シ」なんて言われたら……。

 ね。そっとしておいてあげましょうよ。


 肩までのストレイトな黒髪は真ん中でスッキリ分かれ、青白く細い直線が、定規で引いたように刻まれております。

 躊躇なく無表情で押下したボタンは、
 
『チェ・チェ・チェ・チェックポイン……ポイン……』

「こりゃどなたのお声ですかね?」
【藤井●子さんです】

 貴女のために用意されたボタンですか?

【……私の夫は、「ジャッジマン」なのです】



「遊●王?」
【いえ。我が家では、彼が「法」であり、審判なのです】
「ははあ……」

 スケールの違いはあれど、どこのお宅もそんなようなものじゃないでしょか。

【夫はブルー、私はレッド、娘はピンクと決められております】
「あ、色指定?」
【猫二匹が緑と黄色】

 野菜?

「奥様がリーダーみたいになってますけど」
【あくまで色指定です。他にも、朝食は和食、それ以外は認められません】
「たまにはパンも――」
【ギルティ】
「ダメですか」
【パンを出そうものなら、贖罪として、カラオケで時間一杯演歌を歌わされます】
「おお、すりゃキツイ(?)」
【夫は演歌が大好きなのです。私も流石に一度で懲りました】

 まだ笑っていられます。余裕です。
 奥様はにこりともしませんが。

【食事自体もジャッジされます】
「点数?」
【甲乙丙丁の四段階で】
「丁だと……」
【同様に演歌です】
「むう……」

 校庭をランする方が楽だったりして。

【夜もその……塩梅(?)をジャッジ――】
「うぞっ?!」
【夫はマグロですが】
大間(おおま)でしょうね?」
【いえ、インド――】

 能面のまま、クイッと身を捩る奥様。
 照れるとこソコじゃないでしょ?

「奥様もジャッジすればいいのに」
【? 何を】
「ナニを」
【……私には元々、「物差し」が無いのです】
「……」

 さらっと恐ろしいコトを仰る。


 最初は、さだ御大の「関白宣言」みたいなものかと思っておりましたが。
 なぜ、そこまで言いなりに……。


【誰かに評価……導いてもらえないと……】

 うーん……。
 全てを委ねてらっしゃるのですね。旦那さんに。

【お陰様で、深刻にならずに暮らしてこれました。凄く細かいジャッジはされますけれど】
「概ね、納得していると?」

 小首を傾げると、一度だけ片手で黒髪を梳いてみせます。
 僅かに間を置いて、

【……愛しておりますので……】

 ささやかに冷えた笑みを浮かべます。

「左様でございますか」

 ――では、何故(なにゆえ)ココに足をお運びに……?


 奥様は、ふっと睫毛を伏せ、一瞬視線を彷徨わせました。

「何か……奥様でも承服出来ない事態が?」

 言うや、身体が微動します。

 ぽっと小さく瘧が吐き出されたようです。

 ひとつ、深呼吸を挟み、

【……娘に「推し」なるものが……】
「ほう」
【夫のジャッジは――】
「――ギルティ?」

 糸の切れた人形の如く。
 頸が折れたよに、ガクンと大仰に項垂れたのでございます。





【娘は最近、「2.5次元俳優」に夢中で】
「なんでギルティなんでしょ」
【「『.5』なんて半端は許されない」のだそうです】
「ああ。(色々な意味で)割り切れない……」
【うふ、ふふふ】

 右手の甲で口元を覆い、小鳥が(さえず)る如くに微笑しました。
 どこか薄ら寒い笑い声、何とはなしに背筋が冷えます。

「い、いえ、上手いこと言ったつもりでは」
【――娘は初めて、夫と対立しておりまして……】

 手の平を返し、こめかみ辺りに添えると、苦悩が陰を落としたように、頬骨がくっきり浮かんで見えます。

「『好きになったの、実は三次元俳優でした』で通りませんか?」
【俳優は普通、三次元でしょう】

 憐れみが込められた視線でしょうか。
 見えないハズですが、無意識に()()を逸らしてしまいました。


 旦那さんが、なんでもかんでも自身の基準でジャッジすんのやめてくれりゃ……。
 でも、奥様がそれを望んでいるように思えないのです。

【娘はずっと、父親に従順でした。これといった反抗期もなく】
「娘さんはお幾つで?」
【高校二年生です】


 頻繁に父親と衝突しつつ、擁護してくれない母親にも懐疑的な態度をとるようになったそうです。
 然もありなん。

【私は兎に角、()()()()()()()()()のです……】

 殊更大きな溜め息を()きます。
 鬱々とした物言いの最中(さなか)――色のない唇から、真っ白い前歯がちらと妖しく覗きました。


「丸く収めたい」じゃない……。
 頭に某か引っ掛かるものを感じつつ。

「平穏無事に見えるのが、必ずしも良い事とは限らないのかもしれませんね」
【…………え?】

 然もない台詞が口を衝き。
 目を瞠る奥様。
 マジックミラーを射るように、鋭く睨みつけました。
 
 瞬間――今、この国を覆っているドス黒い何かを、垣間感じた気がしたのでございます。



 軽々(けいけい)に物を言えませんけれど……このご家族は今、剣ヶ峰に立たされているのかもしれません。


☆☆


 ふと、ありもしない窓を開ける心持ちで問いました。

「猫のみどりとキイロちゃんは」
【そんな名前じゃないんです】
「二匹はナンと仰ってます?」
【え……にゃあ、としか】
「でしょうね」

 能面は変わりません。


「物差しを持っていない」とは、「『自分』というものがない」ということなのでしょうか。

  ……失礼いたしました。
 そも、「『自分』を持っている」とはどういうことなのか。
 




「……娘さん、可哀想ですね」
【…………】
「父親も母親も、自分の気持ちに寄り添ってはくれないワケですから」
【…………】


 精一杯の心情を込めて、呟いてみました。

 奥様の(おもて)に、やはり微塵も変化は無く。
 固く引き結ばれた白い唇は、二度と開くことがありませんでした。


「……ゴッド・ブレス・ユー。神のご加護を」


☆☆☆

 
「特別法は一般法を破る」――嘗て、主水さんがドヤ顔で語っていたのを思い出しました。

 果たして。
 旦那さんを超える「特別法」たり得る「母性」が、奥様の内にあるのか無いのか。


「仮面家族(仮)」の崩壊を前にして――もはや、××××を×××××のみかと……。
 江●島平八塾長も、(多分)そう仰るのではないでしょうか。※

 ……大袈裟ですか? お母さま。

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※ 『魁!! 男塾』(宮下あきら)。かの男塾塾長、「江田島平八である!」