ある秋晴れの夕刻。

【やほー!】
「……(ナイツ?)」

 モニタ一杯に大写しになった顔が、にぱっと笑いました。
 再びの妹――「綾女(あやめ)」来襲の巻……。


 学園祭終了後最初の登校日(だったような)、開店と同時に飛び込んできました。

 私はコンビニで買った「カルパス」と、家から持ち出したノンアルの梅酒で晩酌(のフリ)を始めようと、テーブルに展開して「熱くなれよ!」と気勢を上げたところでした。
 

 彼女は上下制服のままです。下校後に直行したということでしょう。
 胸には青いリボンが可愛らしく揺れています。リボンに罪はないので、「可愛らしい」です。
 彼女の学校は女子が青いリボンで、男子が赤いネクタイと、一見あべこべになっています。
 実際目にすると至極自然で違和感はありません。

 相変わらずスカートは短く、お辞儀をすると(※以下略)。
 今日も椅子の上で脚を組みます。さすがに今回はチェックできました。パンツは「白」です隊長。猫やらクマやらは見当たりませんでした。純白です。少し意外です。

 お約束のように、「『ツイてない』は捨てればいいじゃない(アントワネット)」のボタンを押下しました。パッと見「ベルばら系」ですが、誰の声をあてているかはわかりません。

【どした?! もしかしてお留守? うぞ!】

 椅子の上で体を揺らしながら、綾女のひとり上手が続いております。

「……こんちは、『ツイてない御苑』へようこそ」
【お? この間と同じ人かな?】
「そうです、私が『変なおじ●ん』です」
【んん?】

 ジェネレーションギャップというものでしょうか。二つしか違わないのに。
 まあ、私が昭和にまみれ過ぎなだけですかね。

「今日はどうされました」

 綾女が唐突にドーナツを食べ始めました。両手で持ちつつ、小さいお口を必死に動かす様は確かにカワイイといえます。
 噂では、かの高校における人気も三本の指に入るとのこと(※晋三情報。他校のくせに)。ボーイッシュ系ではナンバーワンとの評価も。
 おそらく、告られた数も相当数あるのでしょう。同じ血も多少は流れている私とは雲泥の差です。

 ちょっと苦い思いも抱きながら、私は彼女が食べ終わるのをおとなしく待っております。役務提供の時間は刻々と過ぎ去っていくわけで。


 食べ終わった彼女が指をペロペロ舐め始めました。
 写真撮っちゃいましょうか。童貞男子諸君には売れるかもしれません。見た目がよいと、下品な所作も適当な補正がかかって「エロい」となりそうです。
 でも私、スマホも携帯も所持しておりません。思い付きで終わってしまい――。

【×××ちゃんのバイト先知ってる?】
「……バイト先?」
【アニキに聞いたの。最近バイトしてるって】
「に――ご住職がそんなことを?」

 あっぶな。いくら気のいいポジティブ能天気ねーちゃんでも油断したらあかん。とゆーか、それだけのために貴重なお小遣いを散財するつもりなのでしょうか。

「さ・あ? その程度なら、『本人に聞いたらイイじゃない(by 以下略)』」
【オスカル様の声で言われてもなあー】

 やっぱりオスカル様の声だったですか。なぜアントワネットでないものか?

【×××ちゃん、離れに住んでるし、基本引きこもりだし、滅多に顔合わせないしさあ】
「害がないのなら放っておかれては?」
【あー、まーねー……でも気になるじゃない? ずっと外に出なかった人がさあ。ひょっとして、まさかの恋人でもできたんじゃね? って】

 バカな。てかしつれーだな。

「あまり詮索するのも……ご本人が嫌がるのでは」
【かもねえ……これでも心配してるのよ? 一応家族だし……年明けから登校日が減ったわりに家であまり姿を見掛けないなーと思ってたら、()()()を境に本格的に引きこもっちゃって……流石にヤバイってなったけど、アニキは「そっとしとけ」って言うし……でもここ数カ月、ちょいちょい出歩いてるみたいなんだよねー……。あなた、なんか聞いてない?】
「いえ……なぜ、出歩いていると?」

 ここのバイトはほんの数時間、他は夜中に徘徊する程度で(程度?)、気づかれていないものと思っていました。

【母屋奥の納戸から、ちょいちょい「帽子」が消えてるの、てか入れ替わりで持ち出してるみたい。いわゆる「形見の帽子」ね】

 無意識の内、壁に引っかけたハンチングベレーに視線が流れます。
 迂闊でした。そんなチェックが入っていたとは――綾女のくせに。

 しかし、心配、ですか……あなたが物心ついてから、せいぜい五、六年の付き合いしかないのに。

【恋人ができたんなら、こっそり見てみたいし、バイトしてんなら冷やかしに行ってみたいじゃない?】
「恋人ねえ……」
【あら。×××ちゃん、結構イケてるでしょ? 背はスラッとして顔は小さいし、切れ長の目がカッコイイし、意外とスタイルいいし、普通に(日中)街歩いてたらモデル事務所にスカウトされてもおかしくないっしょ? 本人さえその気になれば恋人なんてすぐよ。そう思わない?】

 頬づえをついて愉しげに語る彼女の顔は、気のせいか上気しているように見えます。
 おべっかとはいえ、身内にそんなストレートに持ち上げられると急性虫垂炎になりそうです。
 私もひとのことを言えませんが、綾女も私のことをそれほど理解しているわけではないようですね。

【あたしね、実は密かに憧れてんの。てか、羨ましい。あんなビジュアルで生まれたかったなあ……】

 ――呟きは、うわべのものには聞こえませんでした。
 ふるふる揺れる瞳が心無し潤んだように見え、私はふいに絶句してしまいました。

 繰り返しますが、綾女は十分可愛いのです。当人に不満があるとは考えもしませんでした。
 確かにお胸は控え目なので、「メス」としてのアピール度は若干弱いのかもしれませんが、総合的なビジュアルはよく纏まっていると思います。当然、贔屓目抜きの評価です。
 
 ――人間て結構面倒くさいものなのですね、お母さま……。

「……『胸が無ければパッドを増やせばいいじゃない(by 以下略)』」

 迂闊でした。気が緩んだと申しますか――。

【はあ? 誰がまな板か?! 余計なお世話じゃいっ! ってかオスカル様のお声でそれはよせっつーの!!】

 椅子から立ち上がった綾女が全力で喚きました。
 本気で怒りに震えているのか静電気なのか、黒髪のトップが鬼の角のようにとんがっております。ミラクル。
 こめかみに稲妻の如く浮かんだ青筋(これがまた太い)と、いつもよりよけいに釣り上がった黒いゲジゲジ(眉毛)の迫力に、正直私も腰が引けました。

 お胸の話は地雷――それが今日の収穫。
 お母さまも覚えておいてくださいまし――。

☆☆☆

 かつて、名画座にて「チョメチョメなき戦い 広島死闘編(1973年)」鑑賞後シャバへ繰り出した小市民の如く(当然伝聞)、肩をいからせて嵐のように去った妹。テーブルにゴミを残したままでございます。
 そんなんじゃ嫁の貰い手がないぞなもし。
 いったいどのような躾をされたものか。親の顔が見てみたい――。

 あ、いえ、お母さまを責めているわけではございませんよ?
 ほぼほぼ、先代と兄様に責があります。
 当たり前じゃないですか。ははっ。