☆本日の作業用BGMは、『すみれSeptember Love』(一風堂)。
 バンド名のこの表記、ちよと躊躇ってしまいますね。
 バンドの方が起こりは先のようですが、今なら混同する恐れも……××屋さんと。とんこつ系の。
 
 不思議な曲でした。
 土屋さんのビジュアルは日本人離れ(?)しているのに、和のテイストを感じる編曲が……。
 今年の九月にはイマイチ馴染まなかったですね。

(執筆当時2023年9月)

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★★

「神幸が御苑の聞き手になりましたよー(棒)」

 唐突なハゲのカミングアウトに、私はソッコーで噎せてしまったのです。




 カラッと晴れて、緩い風が往復で頬を撫でる土曜の午後。
 道場での稽古を終え、客間でまったりと昼餉をいただいております。
 記念すべき本年五十回目の冷や麦です。大好きです。
 いいですよね、冷や麦。噛まなくてよいのがいとをかし。

「いえいえ、咀嚼してください神幸さん」
「総入れ歯のご老体かよー」

 未来の(つま)と同・小姑に窘められてますよ、お嬢。
 構いませんよね? 自分をお嬢呼ばわりしても。ムムッ。

「江戸っ子は蕎麦を噛まないでしょう?」
「今時そんな江戸っ子いるかよ」

 昼間からビールを呷る兄様は、既にほんのり紅い顔を弛緩させております。



 で。
 ビールを飲み終えた兄様が、やっとこ冷や麦を手繰りつつ。
 冒頭の大惨事です。


 おいハゲ――おい!ハゲ! この惨状どうしてくれる。
 見ろ、いや見んでいい、(小鼻の)レフトから冷や麦がプラーンて――。
 異変を察知した私(と、ぶら下がった冷や麦)は、瞬時に爽太くんから顔を背けました。

 兄様は目ざとく、

「お? チャラリ~鼻から冷や麦ぃ~字余り?」
「ごほっ、ふ・ざ・く・ん・なごふっ、げっ」
「だ、だいじょぶ? 神幸ちゃん」

 綾女が背中をさすりつつ、小刻みに震えてプッくすと漏らします。

「アニキ、なりましたよーってなに?」
「ツイてない御苑って分かるか?」
「行ったことあるし――えっ? あそこ? いつから?!」
「先週からさ~」
「マジ?! 何代目?」

 明らかに、綾女「だけ」に向けたアナウンス。
 なんで今?(しかも一部でまかせ)。
 何の根回しも無く……。
 いきなりじゃ話を合わせ辛いでしょ?
 セリフも棒読みだし。不自然がすぎる。ヘタクソか。

 ハゲは、猿のような赤ら顔でウインクをかますと、スウィングしながらサムズアップしてみせます。
 爽太くんは……下を向いたまま、長いこと(おもて)を上げませんでした。

 あああ……こんな恥態、きっとエロ静画としてしっかり保存されたに違いありません。
 でも。
 めっちゃ興奮するー。


☆☆


【燃えないゴミを出せないんです】

 七ツ半(午後5時)過ぎに御苑を訪れた妙齢の御婦人は、椅子が合わない風に臀部をもじもじさせました。
 肩までの黒髪を、耳元で何度も何度も梳いてみせます。


 先ほど押下したのは、

『眩し●ぎる・お前との出逢い』※

 というボタン。
 生粋のロッカーですね。
 漸く涼しくなってきて、ナツコさんともお別れという……。
 人は、何度出会いと別れを繰り返すのでしょうね、お母さま。



 何故(なにゆえ)か泳ぎまくる彼女の(まなこ)を眺めていると、背後でズルズルとウェットな音が。
 綾女が、ソファでカップ麺を食んでいるようです。
 醤油とナゾ肉の香りが、私の心を鷲掴みして激しく揺さぶり始めました。



 私がここの二代目に就いた(綾女が来店した時は初代が相手した、という建前で)という事実を知るや、職場見学と称して引っ付いて来たのでした。

 兄様にカミングアウトの理由を尋ねると、

「余計な秘密を抱えているのがツラくなった(涙)」

 大根役者が泣いたフリを見せ――。
 要は面倒くさくなったと白状したのでした。

 私自身は然程気にもかけておりませんでしたが、兄様は意外と気に病んでいたのですかね。
 綾女だけ仲間外れみたいじゃん、って。



「不燃ゴミを出せない……あ、ゴミ置き場に結界が張られて?」
【いえ、いつも指定日を忘れちゃって】
「ああ、なるほど」
【月に2回しかないでしょ? ラッキーチャンスが】
 
 第1・3●曜とか、第2・4●曜とか。

「お住まいはどちらです?」
【個人情報はちょっと……】
「いえ、収集日の兼ね合いで」
【ああ。えと、鳥越です。おかず横丁の……スーパーの向かいに青いマンションがありまして、五階の突き当たり――】
「ストップ、ストップひ●りくん! 詳し過ぎます」

 一応、検索してみますと。

「第1・3●曜みたいですね」
【そうなんですかっ?!】
「あれ? そこから?」

 濃い目の眉が力無く垂れます。
 指定日自体ご存知ないとは。
 まあ、そんなものかもしれませんが。
 所詮、不燃物です。

【ちょっと、分別も怪しいトコがありーの……】

 うへへと自虐的な笑みを浮かべました。

「ご主人は――」
【可燃です!】
「燃えろっ! イイおん――」
【ゴミではないですよ? まだ】
「辛辣(ホロリ)」
【月に一度、こっちが鬱陶しくなるくらい燃える日があって……】

「チッ」と吐き捨てます。

「………………へえ」

 どうしましょう。
 ひどく興味深いお話で……。

 ふと後ろを振り返ると、目の合った綾女がチェキを決めました。
 おでこがうっすらテカっております。

「それ、うまいこと不燃物の日と重ならないもんですかねー」
【ならないんですよねー】
「で、ど、どうされるので?」

 恥ずかし。どもっちゃったしー。

【仕様がないです。ヤル事はやります。代金前受け済だし】
「有料?!」
【ウチはね】

 フフン、と鼻を鳴らします。

(なんのハナシだよ……)

 綾女が囁くように苦笑しました。

「ご主人の懐具合が寂しい際はどうなるのですか?」
【まあ、向こうが我慢するか……たまに、頓珍なこと言いますよ。「俺、いつまでも待つけん」って】
「? 九州の人?」
【いえ。てぃばけん】
「俺~俺~」
【詐欺?】
「サンバのつもりで……」
【……ああ。マツ●ンね】

 抑揚のないお顔で、ずずっと仰け反りました。
 スベりましたけど何か?

 ……なんとなく、指先が冷たい。



「ごみの日を忘れて――」という核心を離れ、ゆるく脱線していくこの感じ。
 間違っているのかもしれませんが、聞き手として幸せな心持ちになる時間(とき)でございます。
 アレが弾むこの感じ……。

 
 何気なく、壁掛けの暦に視線を移しました。
 兄様が近所の飲み屋さんから頂戴した、ビールのジョッキを掲げた水着美女連満載のカレンダー。
 決して病室には貼らないでください系の。ポロリもあるよ(?)。
 まあ……高尚な趣味だと思います。


 いつの間にやら綾女が横に立って居ります。
 私の顔を覗き込むと、ニッと控え目に笑い、

「(今度カラオケ行こうよ♪)」
「(なんで今言うの?)」

 これでもお仕事中なのに。


☆☆


 頃合いで締めに掛かります。
 ぶふーと満足げな息をつく女性へ、

「次はきっと大丈夫です」
【何が?】

 半開きの口で怪訝そうな顔。

「不燃物」
【ああ……そっち】
「明日が『約束の日』ですから」


 女性は――ひとしきり目を(しばたた)かせると。
 思い出したように、ひとつ柏手(かしわで)を打ちました。


「ゴッド・ブレス・ユー」
 

☆☆


 御婦人を見送り、

「……どうでした? 職場見学とやらは」

 溜め息と共に綾女に問いますと。

「尊い」
「ん?」
「……神幸ちゃん、楽しそうだった」
「そう?」

 綾女は静謐な笑みを浮かべると、不意に瞳を潤ませたのです。

 予想外のリアクションに、私は――妹の小さな丸い顔をじっと見詰め。

 何年か前に、こんな顔を見た覚えがあるような……。
 脳内評議員たちが、慌ただしくフォルダを探し始めました。


 彼女が細く白い指で目元を掬い、そのままピースサインを突き出すと、なんでか私もそっと握っちゃったのですよ、お母さま。


 あ。胸の裡が軽い……ような?
「秘密の暴露」の恩恵だったりして。

 でも、「初代も私」というのは、あらためて秘密にしないといけないのでしょうか。


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※ 『燃えろいい女』(ツイスト)