今日は、家から「洋ナシ」を二個くすねてまいりました。
お母さまはご承知おきと存じますが、私は大概、果物を皮つきでいただきます(西瓜とメロン以外は)。皮が美味しいのはシャケの切り身と一緒です(違うか?)。
関係ありませんが、エビも尻尾までいただきます。尻尾って味が濃いとは思いませんか? なんで尻尾に凝縮されるのでしょうかねえ。不思議なことでございます。
とはいえ、洋ナシです。果物の中で一番好きかもしれません。今のところは。
とりわけ固めが好みです。
しっかりした歯ごたえ、あの瑞々しさと独特の青くささ、当然皮もイケる――無限に喰えます。いくらでも供養できます。
ぺろり二個平らげた頃合いで、お客さんがいらっしゃったようです。
黒いワンピースにカーディガンを羽織り、小さ目の黒いバッグを提げていらっしゃいます。エコバッグではありません。
軽い感じの装いですが、ふと、秋が近づいているのだなあと実感いたします。
栗色の緩くウエーブのかかる長い髪を下ろしていらっしゃる。
この店には珍しく、ヒールの固い音が響きました。
――ああ、「育毛トニック」の奥様ですね。今日はお一人のようです。
椅子に腰かけると、前髪を指でささっと整えます。
バッグからお財布を取り出し硬貨を投入すると、迷わず『認めたくないものだな(赤いチョメチョメ)』というボタンを押しました。好きですねえ。
お仕事開始です。リピーターは丁重にもてなさないといけませんよ。
☆☆☆
【こんばんは。また寄らせてもらいました】
「こんばんは、『ツイてない御苑』へようこそ。わざわざありがとうございます」
【またまたツイてないのに「ありがとう」も変じゃない?】
「ああ! 仰るとおりですね」
呼吸が合ったようで、同時に声をあげて笑ってしまいました。
【この声でその口調はないなー、乾くなー(?)】
「失礼いたしました……今日、ご子息は?」
【祖父母の家に呼ばれて、向こうでお泊り。で、久々に旦那と二人っきりだから……】
「燃え上がるわけですね、今夜は。『今日は朝まで……夜だよ』なんて」
【そりゃ夜でしょーね朝までは……って、今のはちょっといい感じだったのになー、乾くなー(?)】
奥様は悪戯っぽくこちらを睨み、はふっと溜息を吐くと、
【せっかくだからちょっと奮発して――久し振りに牛鍋でも行こうかって。ひさご通りの】
「ああ。客が来ると太鼓をドーンと打ち鳴らすお店ですね」※1
【そうそう! 朝からウキウキしてたんだけど……なんかトラブルで、旦那が急遽残業になっちゃって……詰んだ!】
突然、わしゃわしゃと御髪を掻き乱します。
「……それは……その……」
【むしゃくしゃするんで映画を観に行って……真っ直ぐ帰ろうかと思ってたんだけど、気が付いたらここに足が向いてました】
「左様で……ちなみに映画は――」
【エ●ァ】
「アニメお好きなんですね」
【旦那の影響かなあ……向こうが「代アニ」の学生だった頃付き合い出して、方々連れ回されたし、おうちデートでもよくアニメ見てた……】
奥様が顔を上げて、遠い目になりました。
「……『あの頃のあなたは髪もふっさふさだったのに』……」
【ちょっと、勝手にアテレコしない! 喧嘩売ってんの先生っ?!】
「先生ではありません。『少佐(※当時)』です」
【少佐ぽくないじゃん……ああでも皮肉っぽいトコは、まあそれなりに……】
「お外のデートは、やはり秋葉原がメインだったのですか?」
【そーねー、まあ、そっかな。他も色々と……】
「おうちデートではコスプレなども――」
モニタが静止画像になりました。髪をいじっていた手も止まります。
「……なるほど……『認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの――』」※2
【やめて! 死んじゃうから! 悶え死んじゃうから!】
「ご子息はエロエロとご存知なのですか?」
【やめれっつってんだろ?! ピー×××すぞっ?!】
おっと。ピー×××されるわけにはまいりませんねえ。
何か話題を……。
【……そ、そうそう! あの頃はしょっちゅう牛丼屋に連れて行かれたなあー】
「唐突ですね。思い出の味、ですか」
【う、うん……そうね! ……まあ、二人とも貧乏だったしね……】
暗鬱とした響きはありません。
項垂れた顔はむしろ愉し気で――。
耳元の髪を片手で何度もさらさら梳いています。
私もしばし黙り込み、なんとなく奥様の唇を眺めておりました。
ふと。
「……牛鍋はお時間的に無理かもしれませんので、『牛丼』はどうですか?」
【えー牛丼? 牛丼かあ……】
「お仕事終わりに待ち合わせて、『深夜の牛丼屋デート』なぞ」
奥様は――長いこと黙考されていました。
やがておもむろにスマホを手に取り、
【……ダメもとでLI●Eしてみるか……】
☆☆☆
二十三時半、松屋浅草前での待ち合わせになったそうです。
奥様は鼻歌交じりで私に告げると、
【先生――じゃなかった、少佐。いろいろありがとう。ちょっとだけテンションあがってきたわ】
「それはようございました。……丁度、そろそろお時間です」
【えー、終わり? なんだかなあ……じゃ、最後になにか「ソレ」っぽいこと言ってよ、少佐の声で】
「左様ですか……では――『見せてもらおうか、君の夜の性能とやらを』」※3
【いやん♥ 子供増えちゃうぅ~!】
「『当たらなければどうということはない』」※4
【ギャ――――――――ッッッゴム付けてええええええええええっっっ!!】
店内に桃色の絶叫が響き渡りました。
「深夜に牛丼ですか……カロリーが恐ろしいですね」
【自分で振っといて! ……ねえ少佐、それはそうと……時間までここに置いてくんないかな?】
「二十一時で閉店なのです。それに延長料金というものが……」
【そこをなんとか! これからもちょいちょい寄るから、ね? ね?】
「未来の『ツイてない宣言』ですか。そんな調子で、いつ幸せになる予定なのです?」
【もうちょっと話そうよぉ~、お願いだからぁ~】
ひとしきり、くねくね身を捩る彼女のあざとい姿をモニタで眺め――
プッシュホンについと指を伸ばした私は、ボタンをひとつポチッと押しました。
「少佐」の声から、味気ない「宇宙人」の声に切り替わります。
「……仕様がありませんね。今日は特別にお付き合いいたします。今後とも是非ご贔屓に」
【ま?! ありがとぅぅぅ火星人!】
「ルールールー……火星人ではありません(byプ●ンプ●ン物語)」
はあ、と溜息。サービス残業になってしまいました。
これから二時間以上も話すことがあるのでしょうか。私には長電話の経験がありません。
――なにか可笑しいですか? お母さま。
私? 私、そんな楽しそうに見えます?
ーーーーーー
※1 「浅草 牛鍋 太鼓」で今すぐ検索!
※2~4 「1st.ガンダム」より。少佐の台詞をほにゃららしております。
お母さまはご承知おきと存じますが、私は大概、果物を皮つきでいただきます(西瓜とメロン以外は)。皮が美味しいのはシャケの切り身と一緒です(違うか?)。
関係ありませんが、エビも尻尾までいただきます。尻尾って味が濃いとは思いませんか? なんで尻尾に凝縮されるのでしょうかねえ。不思議なことでございます。
とはいえ、洋ナシです。果物の中で一番好きかもしれません。今のところは。
とりわけ固めが好みです。
しっかりした歯ごたえ、あの瑞々しさと独特の青くささ、当然皮もイケる――無限に喰えます。いくらでも供養できます。
ぺろり二個平らげた頃合いで、お客さんがいらっしゃったようです。
黒いワンピースにカーディガンを羽織り、小さ目の黒いバッグを提げていらっしゃいます。エコバッグではありません。
軽い感じの装いですが、ふと、秋が近づいているのだなあと実感いたします。
栗色の緩くウエーブのかかる長い髪を下ろしていらっしゃる。
この店には珍しく、ヒールの固い音が響きました。
――ああ、「育毛トニック」の奥様ですね。今日はお一人のようです。
椅子に腰かけると、前髪を指でささっと整えます。
バッグからお財布を取り出し硬貨を投入すると、迷わず『認めたくないものだな(赤いチョメチョメ)』というボタンを押しました。好きですねえ。
お仕事開始です。リピーターは丁重にもてなさないといけませんよ。
☆☆☆
【こんばんは。また寄らせてもらいました】
「こんばんは、『ツイてない御苑』へようこそ。わざわざありがとうございます」
【またまたツイてないのに「ありがとう」も変じゃない?】
「ああ! 仰るとおりですね」
呼吸が合ったようで、同時に声をあげて笑ってしまいました。
【この声でその口調はないなー、乾くなー(?)】
「失礼いたしました……今日、ご子息は?」
【祖父母の家に呼ばれて、向こうでお泊り。で、久々に旦那と二人っきりだから……】
「燃え上がるわけですね、今夜は。『今日は朝まで……夜だよ』なんて」
【そりゃ夜でしょーね朝までは……って、今のはちょっといい感じだったのになー、乾くなー(?)】
奥様は悪戯っぽくこちらを睨み、はふっと溜息を吐くと、
【せっかくだからちょっと奮発して――久し振りに牛鍋でも行こうかって。ひさご通りの】
「ああ。客が来ると太鼓をドーンと打ち鳴らすお店ですね」※1
【そうそう! 朝からウキウキしてたんだけど……なんかトラブルで、旦那が急遽残業になっちゃって……詰んだ!】
突然、わしゃわしゃと御髪を掻き乱します。
「……それは……その……」
【むしゃくしゃするんで映画を観に行って……真っ直ぐ帰ろうかと思ってたんだけど、気が付いたらここに足が向いてました】
「左様で……ちなみに映画は――」
【エ●ァ】
「アニメお好きなんですね」
【旦那の影響かなあ……向こうが「代アニ」の学生だった頃付き合い出して、方々連れ回されたし、おうちデートでもよくアニメ見てた……】
奥様が顔を上げて、遠い目になりました。
「……『あの頃のあなたは髪もふっさふさだったのに』……」
【ちょっと、勝手にアテレコしない! 喧嘩売ってんの先生っ?!】
「先生ではありません。『少佐(※当時)』です」
【少佐ぽくないじゃん……ああでも皮肉っぽいトコは、まあそれなりに……】
「お外のデートは、やはり秋葉原がメインだったのですか?」
【そーねー、まあ、そっかな。他も色々と……】
「おうちデートではコスプレなども――」
モニタが静止画像になりました。髪をいじっていた手も止まります。
「……なるほど……『認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの――』」※2
【やめて! 死んじゃうから! 悶え死んじゃうから!】
「ご子息はエロエロとご存知なのですか?」
【やめれっつってんだろ?! ピー×××すぞっ?!】
おっと。ピー×××されるわけにはまいりませんねえ。
何か話題を……。
【……そ、そうそう! あの頃はしょっちゅう牛丼屋に連れて行かれたなあー】
「唐突ですね。思い出の味、ですか」
【う、うん……そうね! ……まあ、二人とも貧乏だったしね……】
暗鬱とした響きはありません。
項垂れた顔はむしろ愉し気で――。
耳元の髪を片手で何度もさらさら梳いています。
私もしばし黙り込み、なんとなく奥様の唇を眺めておりました。
ふと。
「……牛鍋はお時間的に無理かもしれませんので、『牛丼』はどうですか?」
【えー牛丼? 牛丼かあ……】
「お仕事終わりに待ち合わせて、『深夜の牛丼屋デート』なぞ」
奥様は――長いこと黙考されていました。
やがておもむろにスマホを手に取り、
【……ダメもとでLI●Eしてみるか……】
☆☆☆
二十三時半、松屋浅草前での待ち合わせになったそうです。
奥様は鼻歌交じりで私に告げると、
【先生――じゃなかった、少佐。いろいろありがとう。ちょっとだけテンションあがってきたわ】
「それはようございました。……丁度、そろそろお時間です」
【えー、終わり? なんだかなあ……じゃ、最後になにか「ソレ」っぽいこと言ってよ、少佐の声で】
「左様ですか……では――『見せてもらおうか、君の夜の性能とやらを』」※3
【いやん♥ 子供増えちゃうぅ~!】
「『当たらなければどうということはない』」※4
【ギャ――――――――ッッッゴム付けてええええええええええっっっ!!】
店内に桃色の絶叫が響き渡りました。
「深夜に牛丼ですか……カロリーが恐ろしいですね」
【自分で振っといて! ……ねえ少佐、それはそうと……時間までここに置いてくんないかな?】
「二十一時で閉店なのです。それに延長料金というものが……」
【そこをなんとか! これからもちょいちょい寄るから、ね? ね?】
「未来の『ツイてない宣言』ですか。そんな調子で、いつ幸せになる予定なのです?」
【もうちょっと話そうよぉ~、お願いだからぁ~】
ひとしきり、くねくね身を捩る彼女のあざとい姿をモニタで眺め――
プッシュホンについと指を伸ばした私は、ボタンをひとつポチッと押しました。
「少佐」の声から、味気ない「宇宙人」の声に切り替わります。
「……仕様がありませんね。今日は特別にお付き合いいたします。今後とも是非ご贔屓に」
【ま?! ありがとぅぅぅ火星人!】
「ルールールー……火星人ではありません(byプ●ンプ●ン物語)」
はあ、と溜息。サービス残業になってしまいました。
これから二時間以上も話すことがあるのでしょうか。私には長電話の経験がありません。
――なにか可笑しいですか? お母さま。
私? 私、そんな楽しそうに見えます?
ーーーーーー
※1 「浅草 牛鍋 太鼓」で今すぐ検索!
※2~4 「1st.ガンダム」より。少佐の台詞をほにゃららしております。