☆本話の作業用BGMは、『STATUS』(横山輝一)でした。
 この曲で、このお方を初めて知りました。
 やけにこぶしを回してる方がいらっしゃるな、と。
 自分の思い出と絡めると、「別れと出会い」のイメージ(曲)です。

 トリは、『Love Is The Final Liberty』(DA PUMP)だ!ぱんぷぅー!
 透き通るような「いっさ」のヴォーカルが爽快です。
 初々しい、みんな……。ボンバヘッ!(※これは違います)
 ニ●動でPV観てたら、ボロボロ涙が……もう、病気かもしれません。
 頑張る人にやたら厳しい街と視線……そんな事ない……そんな事ないよ!

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 とある金曜の夜。
 浅草橋駅にほど近い柳橋のホテルで催された、ビアガーデンのプレオープンに足を運びました。
 関係者数人の手を経て、兄様の許へとチケットがやって来たのです。
 ウチの人間は悉く都合が悪く、仕方ないので退勤後に同伴することとなりました。

 最上階から見下ろす隅田川や近隣の街並みは静謐で美しく、人生初の大ジョッキと柔らかいラム肉は、大いに乙女の胃腸を喜ばせてくれました。
 ロハ(※今回は奢り)は最高です、お母さま。




 二人良い心持ちで薄暗い商業地域を抜け、第六天榊神社前の通りへ出ますと。
 正面鳥居からひそーりと人影が。
 何気に首を回して眺めますと、見知った顔です。

「美冬ちゃん、おっはー」

 こちらに顔を向けた一団。
 春兄妹、後ろに幼女をおぶった……トメさん?
 幼女は、いつぞやトメさんが御苑へやって来た折り、抱えていた人形にそっくりです。猫耳のニット帽から金髪が零れております。
 皆一様に、白い紙袋を提げてらっしゃいました。

 声を掛けられて少しぎょっとした顔を見せた美冬さんは、

「こんばんは。ご兄妹で、とはお珍しいですね」
「ビアガーデンの帰りなんですぅ~」


 ふらつき気味に兄様が軽く黙礼すると、主水さんも無言で会釈しました。
 兄同士は初対面、だったかな?

「ご機嫌ですね神幸さん。飲み過ぎでは?」
「はい~キレてないっすよ~。美冬ちゃんは?」

 一団が無言でこちらを窺っています。不自然なほど静か。

「ちょっと、結婚――いえ、宴会の帰りです」

 内緒話のように囁く美冬さん。


 わたし……やっぱり酔っているのでしょうか。
 彼女の姿を見掛けた時から、妙なモノに視線が吸い寄せられております。
 んんー?

「……美冬ちゃん」
「なんでしょう」
「唐突ですが、アレルギーって治ったの?」
「アレルギー? 花粉?」
「いやいや……(さわ)れなかったでしょ?」
「? なんの……」

 もう一度、凝視してみました。
 間違いないと思うのですが……。

「あのう、だって――」
「はい?」
「右肩に乗せてるでしょ? 白い子猫」


 通常運転の能面顔が――千歳飴を丸ごと飲み込んだように、一瞬で青ざめました。
 飴が溶けるのを待つべき……?

 後ろに控えるトメさんが、「ザワザワ」とわざわざ口にします。
 主水さんはポカン顔ののち、「ガクブル」と小さくひと言。

「ね、猫? 白い……」

 見開いた目でブツブツ呟き出す彼女の様子を、目を細めて凝視していた兄様。

「神幸。ご迷惑だろう、とっとと帰るぞ」

 私の腕を手繰り、引き摺るように一歩足を出したところで、

「――待て」
「へぁい?」

 可愛らしいソプラノボイスが行く手を阻みました。
 トメさんの頭上から。発したのはかの幼女のようです。
 お人形さんじゃなかったの?

「貴様、『()()()()()』のか?」

 こちらに向けられた目が、心無し赤く光って見えます。
 兄様が立ち竦んだまま、私の腕を掴むその手に力を込めたのを感じました。


 薄暗い通りの端で、ほんの間、沈黙が下りると――。

「このまま帰す訳にはまいらぬ」

 幼女は――おおよそ無垢なお顔に似つかわしくない枯れた声で、何らかの意思が籠った穏やかでないひと言を――ギギと絞り出したのでした。

 一拍置いて、

「ああ~……」

 トメさんが気の抜けた声を漏らしました。

(俺、帰ってもいいかな?)

 ハゲが耳元でしょぼしょぼ囁いた瞬間。

 ――意識がプツンと途切れたのです……。


☆☆☆
 

 ――目が覚めると。
 椅子に座っておりました。
 隣の席で兄様が軽い鼾を。

 ぼんやり首を回すと、四方はコンクリートの壁。
 若干元気なさ気の蛍光灯が淡く室内を照らしています。
 壁に丸い時計が掛けてあり、時計の針は23時に差し掛かるところ。

 視線を戻し、目の前のテーブルが全自動麻雀卓であることを認識しました。


「監禁・軟禁の類ではないから心配無用。ここは春家の地下じゃ」

 声の主を先頭に、階段から数人が降りて来ました。

 私は隣で寝ているハゲの脛を数度ゲシゲシ蹴飛ばし、覚醒を試みます。
 起きねいな。ケンカキック喰らわすか?

 呻きながら目を開けようとする兄様をチラと見やりつつ、幼女が私の正面へ座ります。
 徐に卓上で小さな手を組むと、

「先刻、トメからあらかた事情は聞いた。ウカノ様より加護を授かったようじゃな」
(ウカノ様? ウカちゃん?)

 トメさん、美冬ちゃん、主水さんのお三人が、もう一つの麻雀卓へ腰を下ろします。
 美冬ちゃんの肩には、やはり白い仔猫がちょこんと座しておりました。
 じっとこちらを見詰めておりましたが、

【くしゅん!】

 くしゃみ一発。

「かーわーい~い~」
「これ、聞いておるか酔っぱらい」
「あ、すんません」
「俺は帰っていいすか? 神の加護やら存じませんので」
「妹を置いて? 薄情な事を申すなよご住職。ここからが大事じゃ」

 幼女は懐から長煙管を取り出すとササッと葉を詰め、すかさず火を点けます。
 主水氏が立ち上がって、換気扇のスイッチを入れたようです。

「その年で煙草なんて吸ってると大きくなれないよ?」
「ご心配痛み入る、ご住職。じゃが、こう見えて成人しとるでな」

 幼女がニヤリと笑いました。
 なんか……邪悪。


 階段から物音が、と思ったら、ビニール袋を提げた人が降りてきました。
 桜子さんです。

「鯛焼き買って来たよー」

 小走りでやって来ると、麻雀卓に鯛焼きとペットボトルの烏龍茶を置いてまわります。
 黒いTシャツにジョギパン。何処か走ってらっしゃったのでしょうか。

「こんな時間に……桜子さん、カロリーってご存知ですか?」
「美冬ちゃん要らないなら、あたしが供養してあげる!」

 隣でギャーギャーやりだすのを冷めた目で眺めていた幼女は、

「遠慮せず食むがよい。毒はない(多分)。鯛焼きは嫌いか?」
「いえ、大好きです。もそっと安っぽいのが」
「いただきますっ!」

 空気を読まないハゲが、神速で齧り付きました。

 私も手に取り、もそもそ食べ始めると、

「お主とは何度か()うたな」
「……?」
「改めて。ワシは『ミケ』じゃ」
「え? うぞ」

 私が会ったの中学生でしたよ?

「これが本来の姿(ナリ)でな。×××行政書士会の旧会支部長を務めおる。旧会とは……何から話したらよいかのう……」

 腕を組む幼女。
 支部長ですか……お若いのに。ふうん。
 
【オレはシロ! カワイイのが仕事です! おねぃさんは何カップ?】

 仔猫が甲高い声を上げました。
 まあ、流暢ですこと♥

 美冬ちゃんが軽く俯き、トメさんが優しく肩を抱きました。

「セクハラやめろ猫男(ねこお)
【猫男チガウ!】
「猫男ってなんですか主水さん」
「勇み足で美冬がこの猫につけようとした名前」

 え。じゃ犬なら犬男(いぬお)

【おねいさん、カップとお名前をどうぞ!】
「あ、えと、私は永峰『F』神幸、このハゲは兄の光生(こうせい)です。兄様のカップは?」
「俺ぁB、かなあ。C寄りのB?」
【美冬ちゃんと一緒だ!】
「へえ~そーかい」

 さり気なく美冬ちゃんの胸元へ目を向けたハゲに、私はスナップの効いた裏拳を見舞いました。
 
「ご住職にも『今は』視えておるようじゃな。ここを出たらその限りではない故、今の内にエロエロとレクチャーしておこうか」

 嫌らしく笑うミケさんは、ひとつ紫煙をパッと吐き、

「しかしこの部屋、やたら酒臭いのう」
「おめでたい日だし、今日ぐらいはよろしいんじゃないすか?」

 桜子さんが他人事のように笑いました。
 二つ目の鯛焼きへ手を伸ばす兄様が、

「そうそう、そうですよ、まことにめでたい!」
「え。ナニが?」

 この状況に怯む事も無く、まるで旧知かのように煽りました。
 ご一同、つられたように爆笑します。


 ――なんだろコレ。

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