巨星墜つ――。

 夕刊紙を開くと、その四文字が目に飛び込んで来たのです。
 劇画界の草分け、S先生が鬼籍に……とうとうこの日が来てしまいました。
 唐突ではありましたが、不思議なことではありません。人はいつか死ぬ――悲しいことですが、必然です。
 ……そうなんですよね、お母さま。


 目を皿のようにして記事を読み終え、中空をぼんやりと眺めます。

 かの超人スナイパーの劇画には、エロエロとお世話になりました。
 大人の夜の事情に赤面しながらも食い入るように没入させていただき、またニュースや新聞や池●彰氏よりも、遥かに分かり易く世界の諸事情をレクチャーしていただきました。
 漫喫で読み込んで外へ出るなり、無意識に周囲へ鋭い視線を向け、何人(なんぴと)たりと背後に入れぬよう、やたら窮屈な思いで歩いたのもよき思い出でございます。

 最終回は金庫にしまってある――まことしやかに噂されたものですが、本当のところはどうなのか。
 いずれにしても、それを目にすることは永遠にないのかもしれません。


☆☆☆


 本日最初のお客さんは、薄暮に関わらず、なぜか強い逆光を背負って入り口に立っていらっしゃいました。
 六尺はあろうかというガッシリとした体躯、髪は短く刈り揃え、煙草を咥えております。
 ……ここ禁煙なのですが。

 なにやら黒く細長いケースを肩掛けにしています。
 どこかで目にしたようなシルエット……。
 
 ――そう。デ●ーク東郷。
 彼なら、ケースの中身は「アーマライトM16カスタム」という事になりますね。――もしそうなら捕まっちゃいますよ?


 暫くの間、店内を静かに窺っていたようでしたが、やがて音も無くスッと椅子に腰を降ろしました。
 モニタには、自己主張の強い太い眉毛と、その下で鋭く光を放つ剃刀(レザー)のような切れ長の三白眼(殆ど黒目が点っ!)が映し出されました。野獣のような……。

 お客さんは椅子に座ったまま、壁に背中をピタリ預けます。横向いちゃったよ?
 咥え煙草でこちらをジヌロと見やる男の横顔――。

 ただならぬ圧を感じて仰け反りました。これは危険が危ない――。
 鼓動が早まり、脳内評議員が『目を合わせたらアカン!』と警告を発しました。
 微妙に視線をズラすと、長い煙草に目が留まります。煙が出ていないような……?
 その男が煙草を指で挟むと、そのまま口から外して下ろしました。

 良く見ると「シガレットチョコ」です。
 こんな長いものは初見です。葉巻みたいだもの……。コ●トコあたりで売っているのでしょうか。今度兄様におねだりしてみましょう。


 やがて男が押下したのは――定番の『わたしリ●ちゃん!』というボタン。まさかの。


 そういえば、劇画では「日本人ちゃう?」という噂と共に、出自に関して幾つかの説が繰り広げられておりました。
 モニタ越しなんだからマジマジと確認してやれぃ――とは思うものの、あの三白眼を恐れて直視できません。

 男がそっと受話器を手にして耳に当てます。
 私は右手で軽く胸を押さえながら、何某かの期待と共に受話器を取りました。

【…………】
「ようこそ『ツイてない御苑』へ」
【…………】

 多少は覚悟していましたが、ほんとに「そのもの(※劇画どおり)の展開」になってしまうのでしょうか。
 
「えーと……日本へはお仕事で? も、もう済んじゃいました? あは」
【…………】
「あ、あの、お仕事殆ど成功させていらっしゃるんですよね? ミスファイア(不発弾)以外は」
【…………】
「(地雷踏んじゃった?!)べ、別荘なんか世界中にお持ちなんですよね? やはり日本にも所有して……」
【…………】

 まるでデューク本人に話し掛けているよう。単なるソックリさんでしょうに。

 変わりばえのない静止画像が続きます。視線を向けられませんが、そんな空気を感じます。
 やはりこうなってしまいますか……。
 じゃなんでココに来たの?


 途方に暮れて、小さく吐息を漏らした瞬間、

【…………戦友が死んだ】

 デュークがふいに、めっさ沈んだ声で呟きました。

 私はゴクリ唾を飲み込み――なぜか夕刊紙の見出しを思い浮かべたのです。

「……ご、ご愁傷さまでございます。あ、あの、す、すっごく、『先生』には楽しませていただいて……」

 ――あれ? なんでこんな決めつけて……。

 男の――指で挟んだままの煙草が、ごくごく微かに振れているような気がします。
 え? まさか……「あの」デュークが?


 男は横を向いたまま少しだけ視線を上げると、

【…………伝えよう】

 ひと言だけ空気のように漏らすと、フックにそっと指をかけ、受話器を置いてサッと立ち去ったのでございます……。


☆☆☆


 あっという間でした。十文字だけの言葉を遺して……。

 来客が幻だったかのように、モニタに映る店内は空気の揺れすらも感じられないほど、いつも通りの寂しい様子でございました。