☆本話の作業用BGMは、『レッツ・ダンス』(デヴィット・ボウイ)でした。
 ………………しゃれおつ。

 締めは『君に、胸キュン。』(YMO)。
 恥ずかしながら、「初めて」PVを拝見いたしました。
 御三人が楽しく踊ってらっしゃる映像にくりびつ。

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 ひぃい~ツユイリデスよお母さま(報告終わり)。

 晴天を()とする民としては、「鬱陶しい季節」になりましたねえ、という心持ちなわけですが。
 一方では、降雨の恩恵に(あずか)る民もいらっしゃるのですよね。
 世の中とは誠に複雑なもので。

 毎年、今時分になると、梅雨入りから夏が終わるあたりまで、「北●道で暮らしてみたい」という願望が頭をもたげます。
 先立つものが一切ないので、いつも単なる妄想で終わってしまいますが……。

 そうだ。兄様にお願いしてみましょうか。
 北●道で不動産を取得してくださいと。
 いえ、「北●道に別荘ン買ってぇ~ん♥」とおねだりしましょう。
 精一杯の愛嬌を添えて。
 そのくらいの小芝居は出来ると思います。
 舞台へ立つことに比べたら然もないことです。
 なにせ元女優ですから(どすこーい)。
 
 ああ。
 御苑は兄様にお任せいたします。
 しっかりやれよ。


☆☆☆


 暮れ六つを過ぎた頃、ダークスーツをそつなく着こなした男性が来店いたしました。
 青鹿毛のサラブレッドを思わせる、暗黒のコウモリ傘を傘立てにスッと差し込むと、雨粒をも弾きそうなシャープな身のこなしで椅子へと腰掛けます。

 切れ長の目がクリアに覗く黒縁の眼鏡、細く長い指でブリッジをくいと上げると、冷えた視線でボタン群を捕捉したようです。
 手ぶらの出で立ちが、妙な「デキる感」を醸し出しております。
 オールバックの髪がぺったりと――千秋、ってお名前かもしれませんね。※1

 流れる視線が(とど)まると、少しだけ目が丸くなりました。

『――これも仕事だよ』※2

 というボタン。
 口の端を微かに上げながら押下されました。


【こんばんは。遅くに申し訳ない】
「とんでもない。ツイてない御苑へようこそ。これは、誰のお声でしょうか」

 男性は眉根を寄せると、

【「()()」天●茂さんですよ? (いにしえ)の名優】

 短いフレーズに非難めいた響きがあります。
 えぅーみゆきちゃんわかんないよぉーこれだけじゃー。

「左様でございましたか。無知蒙昧で申し訳ございません。なにぶん、テレビの無い家庭で育ちましたもので」
【そ、そうですか……】
「貧乏を憎んだことはございませんが(そんなワケあるかい)、ちょいちょい恥ずかしい思いをするのが――」
【い、いや、こちらこそ不遜な言い様で申し訳ないです。ファンなもので、(いささ)か――】
「20代とお見受けいたしましたが」
【『ミ●テリチャンネル』を良く視聴してましてね。茂さんのドラマに嵌っちゃいました】

 茂さんですって。学校の用務員さん(?)。
 天●茂? 知らんがな、『非情のラ●センス』やら。

「ミステリお好きなのですか?」
【ええ】
「にし●んたーん!」
【? 通勤の電車内でも、よく文庫本を開いております】

 鼻を(こす)りながらのハニカミ●子。
 あー、世の女性陣は、こういうギャップに萌えるのか……くらいの破壊力はちよと感じました。
 
 ボケは慎重にいきましょう。


☆☆☆


 ポケットからヤク●トを取り出し、徐に蓋を「剥がし」ました。
 まさかの「全部」。
 え? ご存じないのでしょうか。ヤ●ルトの恐ろしさを。
 常識人はそこまで蓋を開けませんよ(偏見)。

【ミステリは好きなのですが。最後に犯人が暴かれても、「()()()()」まるでピンとこない(たち)でして】
「…………(アホの子?)」
【ダメなんですよ、そういうの】

 頭を掻きます。
 てへって言いましたよ。小さく。

 世の女性陣はこういうギャップに(以下略)。
 ガワだけは「生徒会長」みたいですからねえ。

「そういう方もいらっしゃるようですね。知人にもおります(いたかな?)」
【そ、そうですか……なので、大概最後までわくわくしながら読み切ることができます】

 耳に手を添えると、指で眼鏡をピコピコやりだしました。
 なんだそれ。かわいいな。


 まあ、意外にもお茶目な彼に事件です。

【二週間ほど前のことです――】

 普段通り電車に揺られながら、吊り革に摑まりつつ文庫本(当然推理小説)を読んでいた彼。
 背後に冷気を感じたそうです。
 直後、耳元で囁く声がしました。

『犯人は「楽●カードマン」の「中の人」』

 驚いて振り向くと――。

【人間でした】
「でしょうね」
【いやいや、第一感は「幽霊?」って。でも違いました】
「左様で」
【金髪ショートのギャル風……著名な、とある高校の制服を着てました】
「JKでしたか」
【胸元に小さい扇風機が】
「ああ、冷気の正体見たりですね」

 突然ネタバレされて呆然とする彼を置き去りに、JKは無表情で電車を降りたそうです。

【ツイてないですよ……】
「ご愁傷さまです」

 でも、犯人が知れたところで「ピンと()な」なんでしょう?
 さして実害は無い気もいたしますが。

 生粋のミステリ好きがそんな目に遭ったら、半狂乱で警察呼んで大騒ぎですよ(多分)。


☆☆


【数日後、別の推理小説を読んでいました。カバーを掛け忘れて「素」だったのですが】

 突然、「あの」冷気に襲われた彼。
 はっとして振り向こうとすると、

『犯人アイツだよ。自称「おクチの恋人」』

 誰? ロ●テ?
 またもネタバレを囁かれ――。


【この二週間で、そんな事が都合四度……ピンと来ない質とはいえ、やはりあの瞬間から「囁き」が気になって……なんとなく没頭出来なくなりましてね】
「然もありなん……」


 14日で4回か。
 ふうん。
 7日で2回として、平均は……イチかバチか、7を2で割ってみましょうか……割りきれない? バカな。
 3.5日に1回……3.5日ってなんだよ。
 いや惑わされるな。頑張れ私の右手。
「.5」なんて覆せ!
 ふぅ。


 ……それはそうと、どういう意図なのでしょうね。
 てか、嫌がらせと言えないこともないですが。

 それとも、また「色恋沙汰」でしょうか。


【ところが、今週は一度も遭遇していないのです】

 特に嬉し気でもなさそうに呟きました。

 ふいに現れなくなった謎のJK――?
 電車通学ではなかったのでしょうか。
 それとも、ちょっかいをやめた?

 
「一度も?」
【そうなんです。……どういうことなんでしょう。単なる気紛れだったんですかねえ……】

 腕組みして天井を睨み付ける彼。
 エロエロ()い交ぜになったお顔で、フッと息を()きます。


 ふと。
 傘立てのコウモリ傘が目に入りました。

「折り畳みではないですよね、あの傘」
【ええ。折り畳み、あまり好きじゃないのですよ。鞄を持ち歩かないですし】
「なーる」

 傘を持ちつつ吊り革、となると、両手が――。

「いつも吊り革に?」
【そうですね。アレに摑まってないと転がりますよ、僕。自信あります】


 単純な話かもしれませんね。

 時節柄――傘を携行するようになって電車内では両手が塞がり、文庫本を開けない日々が続いている――という。


【あ……そういう?】
「謎JKの目的は不明ですが、ひょっとすると、梅雨が明けるまでは遭遇しないかもしれませんね」
【…………そ、そうですか】

 力の籠らないひと言を漏らしたわりに、眼鏡の反射光はこちらを刺すように鋭さを増したようです。
 

 複雑な笑みを浮かべた彼は溜息と共に、放ったらかしのヤク●トを掴んでグイッと――。
 勢いよく飲み切り、上唇が飲み口に「キュッ」と吸い込まれて止まりました。

 若干苦悶の表情を浮かべる彼に、

「ヤク●トは深追いしちゃ駄目ですよ……はい、ゴッド・ブレス・ユー」


 果たして二人の攻防はこの先――それは傘のみぞ知る、ということで。
 
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※1 古の劇画『サンクチュアリ』(原作・史村翔 作画・池上遼一)より、主人公の一人・浅見千秋氏。一目惚れの巻。

※2 ドラマ『非情のライセンス』第一シリーズ第47話より。