☆本話の作業用BGMは、
『風の吹き抜ける場所へ』(FLYING KIDS)でした。
 浜崎さんは通常運転の恐いお顔(と前髪)で歌ってますが、曲は爽やかでございます。心配無用。

 締めは『今宵の月のように』(エレファントカシマシ)。前も出たかな?
 ひろじ恰好いい。
 明~日もまた……愛を探~しにゆこ~うぉ……。
 うん。そうしよう。

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 賄いの雅子さん(夫妻)が、ご実家の不幸で帰省中です。
 数日ではありますが、この間、永峰家の食事情は無法地帯です。
 料理の出来る人間が気紛れンに拵え、他は適当に外食またはお弁当を持ち帰る日々。

 
 今日も昼過ぎ起床、母屋台所へ顔を出しますと。
 綾女が洗い物に汗を流しておりました。

「おはよう綾女ちゃん。バイトは?」
「おそよ。今日は休み」

 くたびれた顔で、力無く返します。



 綾女は週3でバイトに勤しんでおります。
 元浅草あたりのお蕎麦屋さんで、お昼時だけ。賄い付き。
 既に「看板娘」(自称)だそうで、

「売上3割増しなんだって!」

 以前、嬉しそうに話しておりました。
 空いた時間で、鳥越の春事務所に顔を出しております。
 曰く「無給のOJT」。
 主水氏は貧乏なので、綾女が苦し紛れにねじ込んだ訳です。
 本気と書いてマジなのよ。
 繁盛している事務所ではないので然程(さほど)仕事もなく、

「この間なんか、半日『麻雀』の手解き受けちゃったよ」

 何某かの策略を感じます。



「夜、アニキがカレー作って置いとくって。三日は保たせる予定だから、頭使って食べろってさ」
「……りょ」

 三日? 三食×三日?
 めんどいので、ここで考えるのをやめました。
 仕事から帰って現物を目にすればハッキリすることです。


☆☆

 夕方といへど、まだまだ明るい今日この頃ですよ、お母さま。

 あれ何ですかねえ、ウミネコ? ゆりかもめ? フライングキャッツ?
 みゃあみゃあ鳴きながら数羽、低空を飛んでいる姿を見掛けるようになりました。
 昨年もこの時期によく飛んでました。危うく爆撃も喰らいそうになりましたっけ。



 開店後しばらくして現れたお客さんは、作業服姿の中年男性でした。
 椅子に腰掛けて説明書きを眺めつつ、もぞもぞ上着を脱いで床に置きます。
 小太りの体を揺すりつつ、押下したボタンは、

「本日の日替わりヴォイス 『デビ●マンと呼ばれて』」

 というものでした。ババーン。
 なんでしょう、この「不良●女と呼ばれて」風な日替わりヴォイス。

 受話器に手を掛ける男性、なんとなくどこかで見たような……。
 ああ、CMかな。ドラム叩きながら口上してた人に似てるかも。

【こんにちは】
「こんにちは、ツイてない御苑へようこそ。上着、掛ける所ありますけど」
【ああいやあ、すんません。先刻、鳥のフン浴びちゃいまして】
「ひょっとして、みゃあみゃあいってるヤツですか?」
【それですそれです。みゃあです】
「サイドワインダー喰らっちゃいましたか」

 のっけからツイてないですね。ご愁傷さまです。
 あらためてご尊顔を拝すると、やはり似てらっしゃいますね。

「あの、は●さぁくぅ~定期、やはり加入されてます?」
【え?】
「CM出てらっしゃるでしょ?」
【えっと……な、なんのハナシか】
「60歳女性なら月々――」
【ぼく男で――】
「保障は一生涯――ホントですか?」
【――勘弁してくださいっ!】

 男性は突然叫ぶと、耳を両手で塞ぎました。
 もとい――両手を重ねて片耳を塞いでおります。もう片方の耳はクリアです。
 可愛らしい(おねんねポーズ?)気もいたしますが、意味無いんじゃ?

【……ごめんなさい。最近街中(まちなか)で、知らない人から「けん玉やってみせろ!」って脅されるコトが……】

 震度1くらいでガタガタ震えます。
 マグニチュード?……は分かりません。
 
「失礼いたしました……ところで、この『声』はどなたで?」

 少しだけトーンを上げて問い掛けますと。
 知らないの? 店の人なのに? て感じで、男性は不思議そうなお顔に。

【俳優の、小野み●きさん……だと思います】
「ああ、なーるへそ」

 奇しくも同じお名前で。確か……。
「似ている」というだけで、昔、デ●ルマンのメイクをさせられコントに引っ張り出されたという、伝説の――。





【台所の水栓、シャワーに切り替わるタイプなんです】
「……はあ」

 綾女ちゃんもシャワーで洗ってましたね、そういえば。

【妻もパート出てくれてまして、夕食後の食器洗いは僕がやっているのですが】
「素晴らしいです」
【とんでもない……で、洗おうとしてレバーを捻ると、バッとシャワーが】
「ふむふむ」
【いつも「おわぁっ?!」ってなるんです】
「おわあぁぁぁー! って?」
【「おわぁっ?!」です】
「左様で(細かいな)」
【毎日仰け反ってます。腰がピキッとなります】

 カクンと項垂れ、それはそれは深い溜息を漏らしました。
 トラップ……と言うほどでも?

【妻が朝、洗い物する際に切り替えて、戻し忘れるのです】
「シャワーの方が――」
【洗浄力が上がるような気はします、けど……】
「なるほど。そういえば十田さんが『♪デ●ルチョップはパンチ力』って歌ってました」※1
【はい?】
「チョップなのに、必須なのは「パンチ力」なんですって。深いですよね♥」

 小太り氏が瞬きを止めました。

【……………………えーと】
「(作詞の)阿●悠さんごいすー」
【……意味が分からないのですが】

 デビル●ンのような目でこちらを凝視してらっしゃいます。
 あれは誰だ! 誰だ! Who is he?
 変身しちゃいそう。フフフ。

「デービールッ!」
【分からない……意味が分からない……】

 呆然としたお顔でブツブツ呪文を唱えております。
 変身しませんね。あらあら、まあまあ。

「いつも、ご主人が元に戻される?」
【はいっ?! え、ええ、そうです。毎日その繰り返しです】
「ゲラゲラ」
【普通に笑ってくださいよ。てか笑うトコですか?】
「失礼。常にご主人が後始末を……良い関係性だと思います」
【ええー……何度言っても直らないんですよ?】
「わざと、ではないのですよね?」
【それは、まあ。天然というのか……】

 微笑ましい、そんな気もいたします。

 奥様が穴を掘り、ご主人がその穴を埋めるような日々――不毛? いえいえ。
 思わず眼前で両手をピタリ、合わせてしまいました。

「今のままで素敵だと思います。(はまぐり)のように丁度いいご夫婦で」
【蛤? ですか?】

 蛤は、同一個体の殻でないとピッタリかみ合わないのだそうですね、お母さま。
 殻が合うのは世界でひと組だけ……浪漫ティックじゃありませんか。

「多少驚くのもご愛敬ということで」
【……あんなんでも、毎日寿命が縮んでいく心持ちになるんですよ】
「私はなりませんけど」
【そりゃそーでしょ?!】

 一周まわって(のろ)けに聞こえないことも。

「『人』という字の……」
【え?】
「ご主人は『右側』属性です。間違いないです」
【………………】

 観念したかのように、ご主人の両肩がガクンと落ちました。

「ゴッド・ブレス・ユー」

 人は、相応しい役割を与えられている――のかも。
 私と爽太くんはどうだろ……。

 いい話ふうに纏めてしまいましたが、
「ぐりはま」※2
 なんてことにならぬよう、お祈り申し上げます。





 夜半、家に帰り着き。
 手を洗おうと洗面所へ……綾女がドライヤーで髪を乾かしておりました。

「神幸ちゃんおっつー。あ、カレー出来てるよ~」

 背中にオ●カル様のご尊顔がプリントされたピンクのパジャマ姿。
 ちっ。乙女かよ(?)。

 気の抜けた声を後ろ髪に引き摺りながら台所へ向かい、水栓のノブをガッと捻りますと。
 
「おわぁっ?!」

 ドバっとシャワーが。
 華厳の滝(栃木県・日光市)の如く……。


 ……暫し呆然と眺めてしまいました。
 キ・レ・イ♥……じゃなくて。

 なるほど、確かにどういう訳か「ぴっくり」しますね。
「おわぁっ?!」でした。「おわあぁぁぁー!」でなく。


 ああ妹よ君を泣く……。
 ジョブが済んだら戻しといてね、死ャワー。
 キミシニタマフコト…………。

 寿命が縮むそうですから。

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※1 アニメ『デビルマン』OP主題歌 二番の歌詞
※2 蛤の殻は向きを揃えないと合わないので、「はまぐり」を逆にした「ぐりはま」で「手順・結果が食い違うこと、意味をなさなくなること」を表すそうです。「ぐれはま」とも(by ウィキ)