【 side:ヒスイ 】
長い白の橋を越え、煌びやかな正門をくぐる。そして、俺は白銀の建物の廊下を足早に歩いていた。
「ヒスイ! お前が珍しくやらかしたって本当か?」
よく知る同期の声に俺は振り返る。
「やらかしたのは俺じゃなくてあの上司の方だよ」
「やっぱりそっちか! マジで大変だな、お前も」
俺の所属部署の事情を知る同期が、同情するようにこちらを見て苦笑した。
「それで、相手の記憶は奪ってきたのか?」
その問いに、俺はやるせない思いで首を横に振る。
「好きでもない相手に、そんな事されたくないって……泣き出したからさ」
「まぁ、普通はそうなるよな。人間には意味のある行為だし。それに若い女の子なんだろ? だからお迎え部隊は、死亡が確定してから出向くように少し時間を置いて動いてるみたいだぞ」
「だろ? なのに、あのクソ上司……」
「でた、お前のクソ発言。まぁ、縁故採用であのポジションだからな。俺もあれが直属の上司だったらクソ上司って叫んでるわ」
人が思い描く天使とは、崇高な存在に思われているのかもしれない。たが、天使の世界も人間界と同じで大きな組織の歯車の一つとして働いている。
俺が所属する悪魔討伐本部 第一部隊の隊長は、縁故採用により優遇され実践経験ゼロで部の隊長の座についた男だった。
だからこそ、今の地位を守る為に必死になってポイントを稼ごうとしている。今回の奥井澪の件も、本当に死亡したのか何度も確認する俺の言葉を遮り、早く行けと命令してきたのがこの上司なのだ。
「で、ヒスイ副隊長さんはこの案件をどうするつもりなんだ?」
俺は若い世代の中で唯一副隊長の座についている。
悪魔による大規模侵攻があった二年前に、最前線で悪魔を押さえ込んだ功績が認められた。人間の年齢に例えると、二十代前半で役職付きにまで昇進したのと同じになる。
「とりあえず、宣言してきた」
「宣言? なにを?」
「俺のことを、好きにさせてみせるって」
そんな俺の言葉に、同期が驚いたように目を大きくした後、思い切り笑い出した。
「ふはっ、マジか」
「マジ」
「どんだけ自分に自信あるんだよ。お前」
「自信あるとか無いとかの問題じゃねーよ……。穏便に済ます手段が他にないだろ」
その行為を好きな相手としかしたくないと言われたら、もう好きになってもらうしか方法がない。