臨死体験をした事のある人は、いったいどれくらいいるのだろう。

 そんな事を考えながら、私は制服の白ブラウスに手を通した。そして、紺色のギンガムチェックのプリーツスカートと、それと同じ柄のネクタイを整える。

「前の眼鏡の方がつけ心地良かったけど、壊れちゃったから仕方ないか……」

 鏡越しに新しく買った細い銀フレームの眼鏡を見つめて、肩の長さの髪をブラシでとかしていく。

 私は一ヶ月ほど前に不慮の事故で意識を失い、そのまま二週間も眠り続けていた。目を覚ますとそこは病院のベッドの上で、家族が涙を流して私の目覚めを喜んでいた。

 どうやら私は、学校の側の川に落ちたノラ猫を助けようとして、自分も川に落ちてしまったらしい。それをたまたま目撃した部活の先輩がすぐに通報してくれたお陰で、私も子猫も一命を取り留める事ができたのだと家族から話を聞いた。

 その後しっかり療養して、今はもう体調も普段通りに戻っている。そして今日からまた登校する事になっていた。

「行ってきます」
「澪、気を付けてね!」
「はい!」

 リビングで母に手を振り家を出る。
 マンションのエントランスまで降りて来ると、オートロックのガラス扉の向こうに見慣れた背中があった。

「蓮ちゃん。おはよう」
「おはよ」

 蓮ちゃんは上の階に住む同い年の幼馴染で、名前を立木蓮という。
 小学生の頃にこのマンションに引っ越して来たのだ。しっかり者で頼り甲斐があり、男子バスケ部のエースでもある蓮ちゃんは、勉強もスポーツもどっちもできる人だった。

 何より蓮ちゃんは、小学生の時に虐められていた私を助けてくれた人だ。

 私はそんな蓮ちゃんの事を尊敬しているけれど、蓮ちゃん自身はお兄さんである秀ちゃんに比べて自分はダメだとよく口にしている。
 私からすれば、蓮ちゃんは凄い人なのにな。

「もう、大丈夫なのか?」
「うん。もう大丈夫。心配かけてごめんね」

「澪はさ。危なっかしいんだから、自分以外の事にまで手を伸ばさなくていいんだよ」
 
 蓮ちゃんは時々こんな風に、『澪は何もしなくていい』というような意味の言葉を言う時がある。

 私を心配してくれているからこその言葉だと分かっているけれど、それでもその瞬間に少しだけ、寂しいような、悲しいような、上手く言えない気持ちになる。

「澪は全部、俺を頼ればそれでいいから」
「……うん」

 人見知りで話すスピードの遅い私は、テンポの良い会話の流れを止めてしまう事があり、それが原因で小学生の時に虐められた事があった。
 それ以来、自分から人に話しかける事や、自分の意見を主張することに苦手意識を持つようになった。

 それでも、心の中ではいつもそんな自分を変えたい。変わりたい。そう思っている自分がいた。

 学校に着いて、別のクラスの蓮ちゃんと別れて私は久し振りの教室に入っていった。