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 自室に入ると、ちょうどコンコンッと窓を叩く音がした。これはヒスイさんが窓をノックする音だ。

 私が窓を開けると、ヒスイさんがフワリと浮きながら中に入ってくる。合宿の夜に逃げ出してしまった事を謝ろうとした時、ヒスイさんが私の手をとった。

「澪、時間がない。行くぞ!」
「え? い、行くって……。ど、どこに?」

 合宿から帰ってきたばかりで、まだ制服のままだ。
 ヒスイさんの大きな手に優しく手を握られ、グッと引き寄せられた瞬間、私とヒスイさんの距離が一気に近づく。

「ノラ猫に聞いたんだ」
「何を……って、え? 猫の言葉が分かるんですか!」
「動物はみんな俺達を認識してるから。じゃ、行くぞ。空に」
「そ、空?」

 猫に何を?
 どうして空に?

 そんな疑問を口に出す間もなく、次々と飛び出すヒスイさんの言葉に驚いてばかりで言葉にならない。

「俺と違って澪は人目につくから、もの凄く気をつけて窓から飛んでく」
「窓から……え? 窓から飛んで、え……えぇ?」

 そして、私は一瞬でヒスイさんの腕に抱えられてしまった。少女漫画に出てくるようなお姫様抱っこだ。

「うそ、ちょ、ちょっと待っ」

 焦る私に構わず、ヒスイさんが窓からサッと空へ舞い上がる。その浮遊感が体に伝わる恐怖に、私はギュッと目を閉じてヒスイさんの服を掴んだ。
 すると、私の体を抱き上げているヒスイさんの腕の力が強くなる。まるで、安心しろと言われているような力強さだ。

 こんなにもあり得ない状況なのに、その腕の力強さを感じるだけで、安心できるような気がした。

「着いたよ」

 体感的には十数秒という早さで目的地に着いたらしい。抱えられた状態のまま、私はゆっくりと瞳を開けた。
 けれど、その場所のあまりの高さに息を飲んでヒスイさんの肩口にまた顔をうずめる。

 顔を上げた時に少しだけ見えたその景色は、街を一望できる程の高さだった。恐らくここは、街の外れにある裏山で、そこにある背の高い針葉樹の先端なのかもしれない。

 あまりの高さに軽いパニック状態になる私の耳元で、ヒスイさんが落ち着いた声で「間に合った。澪、始まるぞ」と呟くのが聞こえた。

 始まるって、何がだろう。
 それを問う前に、ドドンッという大砲に似た音が辺りに響いて、私は今日がこの街の花火大会だった事を思い出す。

「街のノラ猫達が、澪の部屋に行く前に教えてくれたんだ。今日は街の花火で、もうすぐ始まるから急いだ方がいいって」

 ヒスイさんの肩から恐る恐る顔を上げ、ギュッと瞑っていた瞳を開ける。打ち上げ花火が自分よりもずっと低い位置から上り、大きな花を咲かせるのが見えた。

「うわぁ……すごい!」

 今まで見たこともない景色に、先程までの恐怖も忘れて私は花火に魅入る。

「花火を上から見下ろすと、こんな感じ」

 そう言って、ヒスイさんが少し得意げな顔で笑う。

 赤、青、黄、緑。
 打ち上げ場所からはだいぶ離れているはずなのに、全てが自分の真下からこちらに目掛けて花開いているように見える。

「キレイ……」
「特等席だろ?」
「はい!」

 しばらくの間、私はその幻想的な花火に感動して見惚れていた。その花火が少し落ち着いた頃、真剣なヒスイさんの声に話し掛けられ、私は花火から視線をヒスイさんへと向ける。