「という訳で、奥井(みお)さん。君は五秒前に死んだので、天界に関するパンフレット一式を進呈します」

 という訳でと言われても……。
 どういう訳なのか分からないまま、私は目の前に立つ背の高い青年を見つめた。

 艶のある黒髪に、黒シャツと黒パンツ。そして、黒のロングコートを羽織った黒一色の出立ちが少しの威圧感を放っていて私は後退りする。

 何より、先程からずっと発言がおかしい。

 彼の涼やかな眼差しは真っ直ぐに私を見下ろし、『五秒前に死んだ』などと縁起でも無い事を言ってくるのだ。

「天界のパンフレットは、簡単に目を通してもらったら大丈夫だから……。あ。それと、これが俺の身分証です」

 まるで黒ずくめの死神のような彼が、『天使協会 悪魔 討伐本部(とうばつほんぶ)副隊長・ヒスイ』と書かれた身分証をこちらに示す。

 やっぱり、絶対に危ない人だ。

 私は彼から目を逸らし、逃げ出すタイミングを伺う事にした。けれど、周囲へ目を向けた途端に私は辺り一体の景色に驚愕する。

「嘘。何これ……」

 彼の存在に気を取られ、周りの様子が全く目に入っていなかった。ここは窓のない白い壁に囲まれた無機質な部屋で、家具と呼べるものは何もない。部屋というより、白い箱の中と表現した方がしっくりくるような場所だ。
 けれど唯一、彼の背中越しに少しだけ空いた扉があるのが見える。その向こうには、部屋と同じ真っ白な長い橋が続いていた。

 私はいつ、どうやってこんな場所に来たのだろう。思い出そうとしても記憶が曖昧で思い出せない。

 焦りと恐怖でプチパニック状態な私の前で、相変わらず彼は平然と話し続けている。

「まぁ。本来お迎え業務は、心残り清算本部の仕事なんだけど、全員出払ってて、仕方なく悪魔討伐本部の俺が……って、えぇ?!」

 話の途中に突然大きな声を出され、私の体がビクリッと震える。彼がイヤホンマイクのような物を付けており、それに向かって大きな声を出していた。

「ちょ、ちょっと隊長! まだ死んでない? 仮死状態って、今更そんなことを言われても! 何度も確認しましたよね? もう身分証を見せましたよ!」

 何か情報の行き違いでもあったのか、彼の声がとても焦っている。

「どうするんですか。身分証を見た意識体は、下界に戻っても記憶は消えませんよ!」