「雫」

 穏やかな声が降りてきて顔を上げるとそこには優しい笑顔があった。次に感じたのは暖かさ。駆が自分のダウンジャケットを脱いで私に羽織らせてくれていることに気づく。

「こんな格好でいるなんてダメだよ」
「ごめん」
「泣いてるかと思った」
「私の涙腺は固いよ」
「そういえばそうだった」
 
 駆は小さく笑った。喧嘩別れして一週間。それなのにいつもの私たちの会話だ。駆がこうしてまた話してくれると思わなかった。
 セーター姿の駆は私の隣に座ると、ポケットから缶コーヒーとココアを取り出して私の手の上に載せた。その熱さが、手がかじかんでいたことを教えてくれる。

「どっちがいい?」
「……じゃあココアで。ありがとう」
「ん」

 駆はコーヒーのプルを開けると口につけた。私はココアを頬っぺたに当ててみる。

「あったかい。――ありがとう、来てくれて」
「おう」
「こないだはごめんなさい」
「俺も余計なこと言った、ごめん。今日も行けなくてごめん」
「ううん」

 駆は缶コーヒーを飲みながらイルミネーションを眺めている。キラキラとした光の粒が駆の髪の毛に反射する。

「駆ごめんね、寒くない?」
「全然。走ってきたから暑いくらい」
「そっか」

 会話はあまり弾まない。だけど迷子にはなっていない。私が一本道をゆっくり歩くのを駆は待ってくれている。

「……弟と喧嘩しちゃった」
「弟? それは意外」
「だよね。そもそも弟とあんまり喋らないんだ。今ばちばちに反抗期なの」
「中二だっけ。だろうな」
「駆も反抗期あった?」
 
 訊ねると、駆は目を細めてイルミネーションを見た。

「俺は啓祐のことがあった時期だったから。反抗期はなかった、むしろいい子過ぎたな」
「……想像がつく」
「そんで?」
 
 続きを促すように駆がこちらを見た。初めて家族のことを誰かに話す。緊張して唇が固い。

「うち離婚の危機みたい。お父さん浮気してたんだって。お母さんは許せないみたいで、まあそりゃそうだよね」
「お母さんは、な」
「うん、そう。お母さんは。私は実はよくわかんない。本当か信じ切れてないとこもある。親のそういうの知りたくないよね、はは」
「うん」

 またへらりと笑ってしまったけど、代わりに駆が真剣な顔をして頷いてくれた。私の喉がぎゅうと締まる。

「お父さんには家族より大事な浮気相手がいるんだろうし、お母さんは弟さえいればいいし、弟のことは怒らせちゃった。私はいらないみたい、へへ」
「…………」
「弟は何も知らなくてずるいって思ったけど、弟はそれが嫌だったのかなあ。ほとんど喋らないんだけど今日は弟もイライラしてたみたいで私もカチンときちゃって。でも弟がいうことも正論で、八つ当たりしちゃったとこもある」

 ココアを一口飲む。一気にしゃべって喉がカラカラだった。甘さが喉にべったりと張り付く。

「最近全部うまくいかないんだ。空気読んで行動してるはずが、正解を選んでるはずが、糸が絡まるみたいにどんどんこんがらがっちゃって」
「岡林たちの件も?」
「うん、まあそうかな。二人の彼氏は友達同士なの。だから輪に入れない部分があって……勧められるままに恋人作ろうとしちゃって。最低だよね、相手にも不誠実だったと思う」
「まあそれはそうだな……。本当に雫のこと好きなやつも落ち込むと思うし」
「私のこと好きな人なんていないんだけどね」
 
 自虐的なことばかり言っては笑ってしまう。こうして駆に事情を喋っていても愛想笑いを続けてる私はなんて情けないんだろう。駆は心配してこうやってここまできてくれてるというのに。
 駆はイルミネーションに目線を戻してじっと何かを考えている。……きっと困らせてしまってるんだ。

 「ごめんね、つまんないことで呼び出しちゃって。さっきはなんでかわからないけどこの世の終わりってくらい落ち込んじゃってた……はは。でも駆が来てくれて元気が出たよ、ありがとう。寒いし帰ろっか。私ダウンも借りちゃってるし」

 明るい声を出してみる。こんなくだらないことで夜に駆を走らせてしまった。罪悪感から逃れるように私は口角を上げる。

「その顔やめろ」

 先日の帰り道のような駆の強い目がまっすぐ私を捕らえた。駆の右手が伸びてきて私の両頬を掴むと、間抜けなひょっとこ顔ができた。

「いはい。ひゃにひゅるの」
「こっちの顔の方がまし」

 駆はそう言ってにやりと笑うと

「雫の言う〝糸がこんがらがる〟ってさ、雫が自分でぐるぐる巻きにしてるとこあるだろ」
「ひぶんへ……?」
「もっと単純に考えてもいいってこと。俺も空気読みがちなとこあるけど、雫はさらに心の奥まで読もうとする。今、俺のことも困らせてるとか思ってただろ」

 駆がまだ手を離してくれないから頷いた。

「残念、それは不正解。俺はどうやってこの口を割らそうかな、どうやったらもっと本心を言ってくれるかなって考えてた。な? 他人の心の奥なんてわかんないだろ」

 駆が私のとがった唇を見るから至近距離で顔を見られていることが恥ずかしくなってくる。私は頷きながら俯く。

「雫の本音教えてよ。前に俺が見たLetterに下書き保存したような本音を。雫っていい子ちゃんして肝心なこと何も言わないけど実は心の中おしゃべりでいろんなこと考えてるじゃん」
「…………っ」

 駆の手が離れた。頬がひりひりと熱いのは掴まれたからだけではない。
 
いつだってうわべの言葉はすらすらと出てくるくせに、心のなかでは細かいことを考えてくるくせに。本音だけ鍵をかけている。

「声に出さなくてもいいから。下書き保存した言葉、見せてよ」
「でもあれは本当に汚くて、みっともなくて」
「でもそれが本音ってもんだよ。誰だってそう。きれいな感情だけじゃないよ、みんな」

 膝の上に載せているスマホをじっと見る。眠った言葉たちがここにある。

「ほんとは俺、啓祐の話は誰にも言うつもりなんてなかった。小説家になりたい事情を雫に話すつもりもなかったし、あの時点では諦めてた。どうせ俺には無理だって。俺は啓祐になれないし、雫が言ってたみたいに本当は怖かった。だけどあのとき雫の150文字を読んで、正直かなり救われた。過去の俺が」
「え……」
「雫の本音が俺を変えたんだよ」

 スマホの上に手を載せると、そこに駆が自分の手を重ねた。彼の温度が私に伝染る。

「雫の想い、聞かせてよ。話すのが苦手なら雫の方法でいいから」
「私の方法……」

 うながされるように、浮かされるように、私はLetterを開いた。百を超える下書き保存。これは偽物のピンクの話でもない。〝オトとキイの物語〟でもない。
 私の、瀬戸雫の、リアルな150文字だ。

「こんなに保存してたのは、誰かに知ってほしかったからじゃないの?」

 書いては投稿できなかった150文字たちがここに眠っている。削除じゃなくて下書き保存していたのは。本当は誰かに言いたかったことだから……?
 一番直近に保存した話は、黒だった。塗りつぶされた黒の感情。すべてが塞がるほどに苦しい黒。

「こんな暗い文章、誰かを嫌な気持ちにさせない?」
「誰かへの攻撃じゃない、大丈夫。clearさんの、雫の言葉は誰かを傷つける言葉じゃない、きっと誰かを救うよ。あの日の俺を救ったみたいに」

【家族、学校、いろんな組織があっていろんな人がその箱を構成してる。
 あの子は、一番大きな柱。
 あの人は、原動力となる大きな歯車。
 あの子は、箱を美しく彩る装飾。
 そのなかで私は、代替可能な小さなネジだ。
 私がなくなったところで箱は壊れないし、そもそも誰にも気づかれない。小さな不必要なネジ】 
 
「暗くない?」
「暗い」
 
 黒色の背景をした投稿画面を見せると駆は笑った。

「でも俺は好き、俺もわかるからこの気持ち」

 駆がこんな黒の感情を抱くこともあるんだ。
 励まされるように私は投稿ボタンを押した。初めて黒の感情を吐き出した。

 「次はこれ。水色。さっきと似てるけど」

【必要な歯車になれないなら、せめて潤滑油になりたかった。
この小さな家族という箱を永遠に続かせることができるように、大切な歯車を守るために。
だけど、噛み合わない歯車たちは外れていってしまって
必要ない私だけがここに残っている。
私は歯車がないと、なんの意味も持たない。
透明で、無価値な私。】

 悲しくて諦めた気持ち。相変わらず暗くて少し笑ってしまうけど紛れもなく私の気持ち、寂しさだ。
 その感情も手から離れていく。

 次に開いたのは赤色。今まではあまり感情に出てこなかった赤。
 
【緑から変化した赤が、燃える。真っ赤にたぎる。
 穏やかで爽やかで心地いい緑のままでいたかったのに。
 君があの子と話すところをみた。
 それだけで広がった緑が簡単に燃やされていく。
 緑が燃えてしまうなら、もうこの感情ごと灰にしたい。
 燃え盛った心が怖い。こんな醜い私を知りたくなかった】

 投稿するのは少し迷った。だってこれは紛れもなく、駆への感情だから。今まで感じたことがなかった赤。怒りでも焦りでもある真っ赤な嫉妬。きれいじゃない、醜い感情。
 だけどこの感情は最近大きく膨らんでいて、無視できない。

 投稿するたびに蘇る、その時の感情が。駆の言う通り、本音を隠しているくせに私は本当はけっこうおしゃべりなんだ。しっかり者で優しいって思われていても、本当は弱くてマイナス思考で心の中では毒づいてたりする。それが本当の私。
 ずっと保存してしまっていた、自分自身を。

 次の背景は黄色。友情について書いてみた150文字。
 
【自分勝手で自分中心で自分大好きな君がむかつく。
 だけど太陽みたいに明るい君の引力に惹きつけられていく。
 どっちでもいいよって顔しておいしいところは譲らない君がむかつく。
 だけど月みたいに穏やかな君は涼やかで憧れる。
 私が君だったら、君になれたら。
 誰かの一番になれたのに。】

 嫉妬と憧れが入り混じった本音。貴方になりたくてなれなかった私。一緒にいて苦しくて大好きで苦しくて。友情の黄色はレモンみたいに爽やかじゃない。濁った黄色は茶色に近いかも。でもこれが私の本当の黄色。

 緑の背景は珍しい。どんな感情を綴ったのだろうかと思い出すように下書きを開く。
 
【ラメがふんだんに使われたゴールドとベルベット素材のレッド。
 ツリーに咲くベルとリボンは小さな頃からの憧れだ。
 きらきらしていて、ちょっとお姉さんで。
 背伸びしてた七歳の私に久しぶりに会えたんだ。
 あの頃から夢中なビーズやマスコットも手のひらに包んで
 ここには私の宝物が詰まってる。】

 ああこれはシンプルにクリスマスマーケットで見た風景だ。
 きれいなものを美しいと思う、穏やかな気持ち。瞼を閉じると、あの日の煌めいたツリーたちが柔らかく光る。醜いだけじゃない、澄んだ感情だって私の中にちゃんとある。

「あれ……」

 瞳からぽろりと涙がこぼれ出た。何年も見ていなかった涙。感情を保存し続けて溜め込んでいた何かが防波堤のように涙をせき止めていた。
 下書きした感情を投稿するたびに、私の感情を手放すたびに、涙が溢れていく。
 私が何度も殺した想いが生きている。言えなかった言葉たちはここに生きていた。ちゃんと私の感情はいてくれて、私は存在している。たくさんの色が溢れてきて、私はもう透明じゃなかった。私を無色にしていたのは他でもない私だった。

 涙が次から次へと溢れてきて、滲んだ視界に現れたのはピンク色。
 
【君といるときの僕が一番すき。
 無理に口角をあげなくてもいいし、変に声を高くしなくてもいい。
 ありのままの僕がいて、君が僕の言葉を受け入れてくれる。
 誰かと一緒にいるといつもどうしようもなく疲れる。
 君といると、ひとりでいるより解放されていて
 ふたりでいることが嬉しいんだ。
 君が好きだよ。】

 あまり飾っていないシンプルな150文字のピンク。
 このピンクは偽物のピンクじゃない。 
 これは駆への想い。オトでもキイでもなく、私から駆への。
 
「これで終わり。全部」

 作り上げた仮面が剥がれたら、表面しか生成されていない私は消えてしまうと思っていたのに。仮面を剥いだらぐしゃぐしゃに泣いている私が現れた。絶対絶対変な顔に決まってるけど、いつものへらへらした顔よりはマシな自信はある。

 こんな恥ずかしい顔を見せて駆は引いていないかな。
 駆を見ると、自分のスマホをじっと見ていて、彼の瞳から一粒雫が落ちる。私の言葉を受け止めてくれている。

「やっぱすごいよ雫は。俺ほんとうに雫の言葉が好き」
「……ありがとう」

 連投したからタイムラインは私の言葉、私の色で埋まっていた。だけどここは誰かの感情を受け止めてくれる場所。
 雑音も何もない。ただ人の心に寄り添ってくれるあたたかい場所。私の、私の一部が誰かに届く。それは本当は怖いことなんかじゃなかった。

「ありがとう」

 私はスマホを抱きしめて、どこかの誰かに呟いた。
 誰にも届かなくてもいい。こうして気持ちを、ただ受け止めてくれる場所があるだけで。嫌いな時間も灰色の日々も大きくは変わらない。でも私自身にはたくさんの色が溢れていた。それを溜め込まなくたっていい。

「ひどい顔してるよね」
「まあな」
「でもいつもの顔よりいいでしょ」
「んー? 俺の前では前から雫いい顔してたけどな」

 少しだけ赤い目で駆は笑った。駆にはやっぱり全部ばれている気がしてしまう、私の気持ちも。

「泣いてる雫さん。どうですか、俺の肩貸せますけど」
「ではお邪魔します」
「え、素直」

 今夜はもう少しだけ本音をさらけ出してもいいでしょう。私たちはしばらく優しい光の下で寄り添っていた。


 ・・


 玄関の扉を静かに開ける。廊下もリビングも明かりはなく、一階には誰もいなさそうだった。
 そろりとリビングに入って二階に向かおうとするけれど、すぐに二階の電気がついて急いた足音が近づいてくる。

「雫!」

 転がるようにお母さんが階段からおりてきた。先ほどまで凪いでいた気持ちがすぐに波打つ。

「どこに行ってたの!」
「……ごめんなさい」

 小さく声に出すと暗がりからお母さんの表情が見えた。眉が下がり慌てた様子で――それは心配している表情だ。
 怒られることは予想していたけどそんな表情をされるとは正直思っていなかった。

「心配したのよ! ……もう」
「ごめんなさい」
「離婚の話のせい?」

 お母さんはいつだってストレートだ。だけどこのストレートさは糸をぐちゃぐちゃにしないのかもしれない。

「うん……まあそれもある、かな。私もけっこう繊細だったみたい」

 少しだけ笑って見せるとお母さんはハァと息を吐いて、次の言葉に悩んでいる。お母さんも言葉に詰まることあるんだ。

「二人が離婚するのはもう仕方ないとは思ってる……。私にはわからないこともあるし」

 これ以上、糸を絡ませたくはない。駆が言った、私が自分でぐるぐる巻きにしてしまってると。人の心の奥まで読んでしまって。
 時には真っすぐ伝えることも必要なのかも。私は少しだけ息を吸うと小さく口を開いた。

「だけど私あんまり知りたくないんだ。大人の事情を。ごめんなさい。お父さんの出かける件、協力できない。見たくないんだ」
「…………」

 お母さんは目を丸くして私を見て、思い当たったようにまた息を吐いた。

「……わかった。ごめん。雫のこと頼りすぎてた」
「ううん。……えっと、それじゃあもう寝ます」

 私はそれだけ言うのがやっとでお母さんの隣をすり抜けて階段をあがっていく。これ以上お母さんの顔や言葉を受け入れる余裕はなかったし、お母さんの声も後ろから追いかけてはこなかった。

 お母さんに言いたいことや、変わってほしいことは正直色々ある。だけど絡まった糸をいっぺんにほどくことは難しい。今はこんがらがってぐちゃぐちゃになってしまったものをひとつだけ解けたら、今日はそれで上出来だよね。

 二階まで上がると悟の部屋の前に立った。

「悟、起きてる?」

 返事はないけど、電気はついているからまだ起きているはずだ。

「さっきは言い過ぎた、ごめんね。ちょっと八つ当たりしちゃった。……悟のこといらないなんて、本当は思ってないです」

 少しだけ待ってみたが返事はなかった。だけど今日はこれでいいや、自分の気持ちを伝えられたから。喧嘩になってしまったけど、久しぶりに本音をお互いぶつけたのかもしれない。

 部屋に戻って悟からメッセージが届いていることに気づく。頭を下げているスタンプ一つ。

「……なんだこれ、ふふ」

 悟だってひどいことを言ってきたんだから謝罪してくれてもいいはずだけど。反抗期の彼の精一杯を感じる。
 そうだよね、今日はこれくらいでいいよ、お互いに。私たち兄弟の距離は扉ひとつ分あっていい。

 私はそのままメッセージアプリを開く。この勢いにまかせてもう一つこんがらがっている糸をほどきたい。直接顔を見て自分から切り出す勇気は明日にはもうなくなっているかもしれない。
 私はもう一度深呼吸して、香菜と友梨のグループメッセージに『いろいろ計画してくれてありがとう。明日話したいことがあるんだ』と送信した。

 ・・

「昨日のメッセージなに!? 意味深なんですが……!」
 
 登校してすぐに香菜が私に飛びついた。相変わらず声が大きいから私は周りを見渡す。朝の教室はざわざわしていて、特別私たちに目を向ける人はいなかった。

「ここではちょっと……」
「もったいぶるねー」

 いつの間にか登校した友梨もいてこちらを見ている。友梨の後ろに駆が見えて、私は声を潜めた。

「少しだけ外に行こう」

 香菜の声は大きいから駆に届いてしまっては困るのだ。 
 私は二人を階段の踊り場まで誘導した。あまり使われないこの階段は誰も通らないから話をするにはちょうどいい。緊張する暇もなく香菜が待ちきれないように

「それで一体なに!? まさかもうケンくんと付き合ってるとか!?」
「そんなわけないでしょ。連絡先どこで手に入れるの」
 
 そわそわしている香菜に友梨が呆れた顔をして笑う。
 ……なんと言おうか。二人が私に視線を向けるから落ち着かない。
 
「二人に謝りたいことがあるの」

 私の言葉に二人は緊張した面持ちに変わる。その真剣な顔にどくどくと私の心臓も音を立てる。どんな反応が来るのか怖い。

「本当に申し訳ないんだけど、紹介してくれるって話、辞退させて欲しいの……」
「え?」

 香菜がわかりやすく嫌そうな表情になるから怯みそうになる。
 でもちゃんと言わないと。心の奥はわからないから。

「実は私好きなひとがいて……だから、その、せっかく紹介してもらっても付き合えないと思う」
「ええーっ!」

 香菜が叫んだ。友梨も驚いた顔で私を凝視する。
 次に続く言葉は言わなくてもいいことかもしれない。だけど、ちゃんと心を少しでも明け渡したい。

「私、駆のことが好きなんだ」

 叫んでいた香菜の動作が止まり、友梨は不思議そうに「駆って?」と聞き返す。あまりピンときていないようだ。
 
「同じクラスの鍵屋駆」

 先程まで緊張して固くなっていた声が少し柔らかくなる。駆のことを思うといつも少しだけほぐれるんだ。
 
「えーっ! 鍵屋!?」
「え、うそうそ、なんでそんなことに!?」

 いつもはそこまではしゃぐことのない友梨も大きな声をあげた。やっぱり教室じゃなくて正解だった。
 二人の反応を見ると怒ってはいなさそうで、ほっとして話を続ける。

「いろいろあって、ちょっと仲良くなって。一緒にイルミネーション見に行く約束をしてて。だから他の人とイルミネーションにいくのは――」
「えーっ、そこまでいってるの!? なにそれもう付き合うじゃん」
「早く言ってよもう! おめでとう!」

 興奮している二人に少し面食らう。
 
「付き合ってるとかはないから! ……それでごめんね。黙ってて。せっかく紹介してくれようとしたのに」
「ほんとだよ、もっと早く言ってくれたらよかったのに! 私たち雫が恋人いないからお節介しようとしちゃったよ。……私もごめんね」 
「雫、恋人いないの嫌なのかなって思って。困らせてた?」

 私、もしかして二人の心の奥を見すぎてしまったのかな。
 そして二人も私の心の奥を見ようとしてくれただけかもしれない。
 やっぱり糸をぐちゃぐちゃにしていたのは私だったんだ。

「ううん。二人の気持ちはありがたいよ。言わなかった私が悪かったから、ごめんね」
「じゃあこれにて仲直りってことで! まあ喧嘩はしてないんだけどね!」

 明るく香菜が笑った。カラッとした香菜の笑顔はいつだって眩しい。

「それより! 付き合ってないって言ったけど、一緒にイルミネーションにいくなんて、もうそれはそういうことでしょ!?」
「ち、ちがうよ!」
「だって、二人でいくんだよね? やっぱりおめでとう!」
「今度はちゃんと教えてね。二人の話を」

 友梨がそう言ってくれたから私はしっかりと頷いた。話そう、自分のことを少しずつ。本音も含めて。

 教室に戻る途中、まだ興奮冷めやらぬ香菜に「教室ではこの話しないでね」と小さく注意してみる。

「なんで?」
「そりゃ鍵屋がクラスにいるからでしょ!」

 わかっていなさそうな香菜に友梨がつっこんで、私たちが笑いながら教室に入ると駆と目が合った。香菜と友梨の視線を背中から感じて身体が熱くなる。
 人に宣言してしまった、駆のことが好きだと。言葉にすることで駆が好きなのだと強く感じてしまう。言葉ってすごいな。好きな気持ちが何倍にもなる。

 私は席に着く前に、山本さんの席に寄り道した。

「山本さん、昨日の投稿すごく良かった」

 美術室以外で、彼女に話しかけるのは初めてだ。山本さんは読んでいた本から顔を上げて意外そうな顔をしたのちに小さく笑んでくれる。

「ありがとう、瀬戸さんのも」
「ねえ今度山本さんの150文字の作り方、教えて欲しいな」
「私も教えて欲しい。特に、誰かさんに向けた恋愛話、とか」

 どうやら私の気持ちはLetterを通じて山本さんにはバレバレだったらしい。山本さんはいたずらっこのように微笑んだ。



 ・・
 
 何かが大きく変わったわけじゃない。
 両親はこのまま離婚に進むかもしれないし、悟中心の生活も変わらない。やっぱり空気を読んでしまって美術の時間はペアになれないし、二人の話に入れないこともあるし、駆がやめろと言った笑顔もまだまだ現役だ。
 でも口癖の「大丈夫」はほんの少し減った。どうしても嫌なことは断ろうと思っている、百パーセントの自信はないけどできるだけ。

 それから私はLetterで偽物のピンク以外の投稿も始めた。Letterの反応はハートかリポストしかできないから、今までのclearを好きでいてくれた人がどう思っているかはわからないけど。
 
 そして駆と私の〝オトとキイの物語〟はついに完結を迎える。

 元々約束していた日から二週間遅れてしまったクリスマス近くの土曜日。私たちはイルミネーションを見に行く。
 イルミネーションシーン以外は完成しているから、その場でイルミネーションの150文字を完成させて、一緒に投稿しようと決めていた。
 二カ月半の物語がついに終わる。昨日の夜はいろんな思いでなかなか寝付けなかった。

 私は玄関でコートを羽織り、思いついた文章をLetterの投稿画面に打ち込む。

【初めて一緒に出掛けた日は薄手の長袖だったのに、
 今日はニットにコート、マフラーまで巻いている。
 秋に生まれた小さな恋は、赤く色づいて。
 たくさんの雪を降らせてこの気持ちを埋めてみたのに。
 積もったこの白い感情は、全部君への恋だった。】

「……ふふ、さすがにこれは投稿できないや」

 久しぶりに私は下書き保存をした。だけど嫌な気はしない。
 今度は駆への思いがたくさん下書き保存されてしまうかもしれないな。

「なに笑ってんの」

 怪訝な表情をした悟が後ろにいた。独り言を聞かれてしまったことがきまずくて苦笑いを返す。

「別に! 悟はどこかでかけるの? 今日練習休みだったんだね」
 
 悟の恰好はラフなまま。朝から出かけずに一日中家にいたことは知っていたけど、他に返す言葉も見つからなかった。
 
「出かけない」
「そうなんだ」

 私たちの会話は依然ぎこちないままだ。これ以上会話が広がることもないだろうと、悟に背を向けて玄関に座りブーツを履く。

「俺やっぱ母親の方にするわ」

 頭上から悟の声がおりてきた。
 そういえば悟から話しかけてきた、玄関にまで来て。悟は私に話がしたかったのか。

「お母さんの偉大さを知ったか」

 私は振り向いて軽い感じで返してみる。

「ちげーよ。お前、母親の方にするんだろ」
「え、うん。多分そうだね」
「お前があの女のいいなりにならないように俺が見てやるよ」
「ん?」

 立ち上がってみると、悟の気恥ずかしそうな顔が見えた。すぐにさっと目をそらされる。

「お前が父親の方に行くならそっちでもいいけど」

 ……もしかして。

「悟は私と一緒に来てくれるの?」
「父親が知らん女と再婚したりしたら、そこでもお前いいなりになるだろ」
「……もしかして心配してくれてるの」
「はあ? ちげーよ」

 怒ったような声を出すけど、あの日彼がぶつけてきた怒りとは違った。
 そらされた瞳に冷たさはなく、幼い日の悟をなぜか思いだした。

「まあ離婚するかしないかしらんけど。母さんは思い込み激しいから浮気だって本当かわからないだろ」

 ……案外悟は両親のことを考えていたんだな、お母さんのことも実は私よりわかっているのかも。彼は彼なりに過保護な対応だとか子ども扱いだとか、悩んでいることもあるのかもしれない。私とは異なる悩みを持って。

「ま、俺はお前の方に行くから、そんだけ」

 悟はもう私を見ずにリビングの方に帰って行ってしまった。
 ブーツを履いている途中の不格好な姿で、私はそれを見送る。
 ずっと大嫌いだった弟。――私の弟。

「そっか、悟はこれからも私と一緒にいるんだ」

 せっかく薄くメイクをしたのに。涙がじんわりと目尻にたまるからハンカチでそっと抑えた。どうやら涙腺は柔らかくなってしまったらしい。

 ・・

 私たちが訪れたイルミネーション会場は、シーズン以外は季節の花を楽しむ大型の公園だ。点灯前後は混み合うし、どうせなら公園も歩こうと少し早めに会場入りした。
 冬でも咲いている花もあるし、年中花を咲かせている温室もあり、それらを見て150文字を考えるのも楽しい。

「これはアイスチューリップだって」
「へえ、チューリップって冬にも咲くんだ」

 可愛らしい色と形のチューリップは春に咲いているものとほとんど変わりがない。チューリップ花壇のすみには小さな看板がたっていて、その理由が説明してあった。

「外よりももっと冷たいところで保存しておいて、春と勘違いさせるんだって」
「しかも普通より長く咲いてられるんだ」
「私チューリップ好きだな」
「ここ春もチューリップで有名らしい」

 駆が入口でもらったパンフレットを見せた。おすすめの時期が書かれていて、チューリップ以外にもネモフィラ畑やひまわり畑。それぞれの時期にそれぞれ魅力的な花がある。
 ……秋と冬だけじゃなくて。春と夏も駆と一緒に過ごすことができれば。そんな未来を望んでもいいんだろうか。

「俺アジサイ好きなんだよな。アジサイもいいな」
「また来たいな」
「一緒にいこうよ」
「うん」 

 今日で〝オトとキイの物語〟は終わって、私たちは一緒にいる意味はなくなる。
 だから約束とはいえないほどの小さな不確かな約束でも嬉しい。

「そういや雫に報告」

 駆の言葉は軽いけど、胸が跳ねる。……まさか、恋人ができたとか? いや今約束したばかりだしそれはない? じゃあ――。

「悪い報告じゃないから」

 私の表情の変化に気づいたらしい駆が笑った。心の中でおしゃべりなのは全部お見通しだ。

「俺、親に見せたんだ〝オトとキイの物語〟。一応啓祐の話使っちゃってるし。キレられる覚悟もあったんだけど、親感動してめっちゃ泣いてたわ。啓祐の文章が世に出た!って。ただのSNSなのにな」
「そうなんだ、ご両親嬉しかったんだね」
「それで、もう一回相談するらしい。啓祐の幻の受賞作を世に出せないかを出版社に」
「えっ」

 私の小さな驚きに駆は笑みをこぼして、嬉しそうな声で続けた。

「前回ナシになったときは親が反対してたらしい、啓祐の文章が少しでも変わるのが嫌だって。でもなんか俺のを読んで、こだわりすぎてたことに気づいたとかなんとかで」
「じゃあ鍵 音太郎先生のお話が出版されるんだね!?」
「んー? まああれから一年たってるし無理かもしれないけど。でもいい形になればいいなとは思ってる」
「そうだね。お兄さんのお話、読んでみたいなあ」

 前向きな展開に私も笑みがこぼれた。

「雫のおかげだよ、ありがとう」
「私のおかげ?」
「うん。こうやって〝オトとキイの物語〟始められたのは雫が喝いれてくれたから」
「か、喝? いれたっけ」
「うん、かなり必死でいれてくれたよ」

 駆はからからと笑った。あの日、駆がお兄さんのことを打ち明けてくれた日。私はやたらムキになって、一緒に物語を作ろうと言ったんだった。

「ずっと誰にも言えなかった話を受け入れてくれるだけじゃなくて、自分のことのように真剣になってくれた」
「あれは自分と駆を重ねちゃって。なんだか放っておけなくて……」
「それで本当に今日物語が完成するんだもんな。――ありがとう」

 駆は目を細めて私を見つめる。恥ずかしいやら、嬉しいやら。くすぐったい気持ちで私も笑った。

「じゃあ私も報告。うちは離婚問題はよくわかんない。だけどお母さんは私に愚痴は言わなくなったし、お父さんは恋人のもとにはいってないのか家に帰ってきてる。弟もちょっと素直になったかも」
「そっかあ」
「前は家にいると息が詰まって仕方なかったんだけど。一時期よりは全然いい」

 冬の風が頬を撫でる、この冷たさが心地いい。前よりずっと空気が美味しく感じる。

「まもなく園内がライトアップします」と園内アナウンスが流れ、だいぶ日が沈んでいることに気づく。園内にいる人も増えてきて、皆そわそわとライトアップのときを待っている。

「そろそろだね」
「あー俺たちの〝オトとキイの物語〟が終わるなあ」
「二カ月半あっという間だったね」
「濃かったけどな」

 駆が白い歯をこぼして笑う。こんな風に誰かと大切な時を過ごせると思わなかった。

「どうなるかな、受賞しちゃったりするか?」
「ふふ、結果は春だって。長いねー」
「受賞したら書籍化だもんな」

 春の私たちはどうしているんだろう。受賞結果に喜んでいるのか、落ち込んでいるのか。でも春も一緒にいられるといいな。

「駆はこれからも小説家目指すの?」
「目指さない」

 駆ははっきりと言い切った。小説家にどうしてもなりたい。必死な顔をしていた駆はもういなくて、柔らかい顔をしていた。

「才能もないしな」
「そうかな? 駆にしかない感性もすごく素敵だと思ったよ」
「でももう書けないだろうしな、今回だけでも大変だった! やりきった感がある。……それに小説家になりたいわけじゃなかったことに気づいたから。――俺、啓祐になりたかっただけだった」
「そっか。お兄さんにならなくていいよ、駆は駆がいいよ」
 
 私の呟きに駆は楽しげに笑った。

 お兄さんの座っていた席には座れない、たとえそこが空席でも。私も悟の席には座れない、一番になれない。でも私たちにもちゃんと椅子はある。自分だけの椅子が。

「小説家にはならない。ま、だからといってやりたいことがあるわけでもないけど。これからのんびり探すよ、俺のことを。そういう雫はどう? 小説家は」
「私もならないよ。私はLetterが好きなだけだから。あ、でもね。Letter部門にも出してみることにしたんだ」
「おーいいね!」

 Letterにも選ばれなかったら、すべてに拒絶されてしまう。そう思って一人では出せなかった150文字。
 だけど、Letterのコンセプトを思い出した。
『あなたの色とりどりの気持ちを教えて。あなたの感情は、どこかの誰かに届く』
 私には届けてみたい気持ちがある。それが評価されなくても、誰かに届かなくても。150文字を書くとき、私の中に眠っていた感情に気づくことができるから。隠れて泣いていた私の心を、私自身が知ってあげるんだ。

「ちょっと怖いけどね。でも挑戦」
「いいね」

 そしてここに150文字の叫びを、受け入れてくれる人もいる。
 
「あとは今回駆と一緒にやってみて、教えるのも楽しいなあって思った。まだ全然決めてないけど教師もいいかなって」
「え、雫に合ってる。なるべき」
「ふふ。まだわかんないけどね! 他にやりたいこともできるかもしれないし! 選択肢の一つ。でもね。もし本当に教師になるなら一つ決めてることはある」
「なに」
「自由にペアを作らせない」
「あはは」

 駆が笑ってくれる。私の感情を受け止めてくれる。
 君がいるから私は――。 
 
 その時。ぱあっと花が開くように、園内が一斉に点灯した。私たちの近くの大きな木がクリスマスツリーのように鮮やかに光り、周りの木々や花壇にも細かな光のLEDが仕込まれていて、まるでお昼のように明るくなる。
 わあ……!と歓声が波のように広がって、それは私の心も浮足立たせた。
 
 駆が金色の光に包まれて魔法のようにキラキラと輝いて見える。光の中で嬉しそうに笑う駆を見て、なぜか涙が出そうになった。

 君が笑ってると嬉しい。
 光がない場所でも君は眩しい。光の中にいても何よりも輝いて見える。まばゆい光景までもが私に訴えかけてくる。

 ――駆が好き。
 こんなに大切な存在になると思わなかった。私の心の奥に君はいて、私を内から照らしてくれる。

「え、雫泣いてる?」
「泣いてないよ」
「涙腺かたいって言ってたもんな。のわりに涙がしっかり見えますね」
「涙腺弱まったかも」
「じゃあ今日は俺の手を貸しましょうか」

 差し出された手は今日は少しだけ冷たかった。
 光の粒の中で、迷子にならないようにしっかりと手を繋ぐ。
 そこからは言葉少なに、二人で光の海を泳いでいく。ブルー、グリーン、ピンク。いろんな色のLEDが目に飛び込んでくるけど、生まれてくる感情はひとつだった。
 
 ああやっぱり、オトとリンクしちゃったな。〝オトとキイの物語〟の最後ひとつの150文字が生まれてくる。身体の中から溢れてくる。

 夢中でイルミネーションを見ている駆が振り向いた。何万個の光が駆を照らす。
 
「あれ見て、光のトンネルかな?」

 駆が前方に見えてきた眩しく白いトンネルを指差す。
 
「うわー、すごそう」
「うん? これ葉のトンネルだって」

 イルミネーションのパンフレットを見ながら駆が言った。
 取り付けられている無数のLEDはよく見ると、葉の形をしていた。
 葉のトンネルはまばゆい白から始まり、奥に見えるのは緑のライトだ。私たちは緑に誘われるようにそのまま進んでいく。

「すごい! 圧巻だね」
「なー」

 このトンネルは百メートルほどあるらしく、どこまでも光が続いていて美しい。人工的な葉のトンネルは、新緑とは違う幻想的な緑が揺らめいている。 

 そして、緑の光は赤色に変わった。

「紅葉思いだすな」
「ね」

 紅葉。小さく始まった恋。それらを思い出すように緑から赤に変わっていく。駆の髪の毛が赤に染まるのを眺めていると

「雫の髪の毛、赤色」

 駆が私の髪の毛にさらりと触れた。私たちは同じ色に染まりながら歩いていく。同じ景色をこうやって今までも取り入れてきた。

「わあ……」

 最後は赤から水色に変わった。天井から雪の結晶のライトがぶらさがっていて、上から下に流れるような光の演出になっている。

「雪みたいだね」

 雪の結晶は白い光で、落ちてくる光を見ていると雪が降っているみたいだ。
 光が、白が、私たちに降ってくる。降り積もっていく。
 
 葉のトンネルを抜けたところには、この公園で一番大きなツリーがそびえ立っていた。イルミネーションスポットのツリーらしく、全体が光り輝いていて光の塔みたいだ。
 闇の中に輝くそれは圧巻で言葉をなくして見上げる。
 
「雫、断れるようになった? 嫌なこと、嫌って言える?」

 しばらくツリーを眺めていると、駆が唐突に訊ねた。突然の質問を不思議に思うけど、駆の瞳はどこか真剣で私は素直に答えることにする。
 
「うーん、百パーセントとは言い切れないけど。でもそうだね、嫌なことはちゃんと嫌って言えるようになりたい」
「百パーセントじゃないんかい。でももし俺のことで嫌なことあったら嫌って言ってよ」
「それは言える、駆には」

 駆の前ではもう取り繕わない。口癖の大丈夫も、偽物の笑顔も、ぜんぶ取っ払うんだ。その自信はある。


「わかった。じゃあ言うわ。俺と付き合って」

「……え?」


 真っ直ぐな目が私を見ていた。頭の中が真っ白になる。
 今、駆はなんて……?
 

「雫のことが好きだから、俺の恋人になってください」 

「…………」


 駆の頬が赤い。繋がれた手も熱い。
 私の頭はまだ固まったままだ。人って嬉しいことがあったときも頭が真っ白になって動けなくなるんだ。
 
「……断ろうとしてる?」
「ち、ちがう! ちょっと、かなり、びっくりして……えっと、はい。お願いします」
「今迷ってなかった? 大丈夫?」 
「大丈夫だよ!」
「雫の大丈夫は信頼ないんだよなあ」

 しどろもどろになる私を疑うように駆はじっと見る。
 駆は何を考えているんだろう。
 ……駆が私の心の奥をのぞこうとして、私の気持ちが間違って伝わってしまったらどうしよう。
 糸が絡まらないように、ちゃんとはっきりと伝えないと……!
 
「私、駆のことが好き!」

 焦りから少しだけ大きな声が出た。周りの人が何人かこちらを見た気がする。こんなところで告白なんてベタだよなあなんて思われたかも。でもそんなことはどうでもいい。
 目の前で、少しだけ目を見開く駆に伝わってくれたらいい。
 
「駆に言われたからじゃないよ……! 信頼がないなら、私が駆に送った150文字たち見てほしい。〝オトとキイの物語〟って言いながら、ほとんど私の想いになっちゃってるから……!
 最近clearが投稿してるピンクのお話も全然想像になんなくて、全部私の本当になっちゃってる! ……全部駆のことだよ。私の150文字、駆で埋まっちゃった」

 一息で想いをぶつけてしまった、白い息がなくならないうちに。
 少しだけ息を弾ませて前を見ると、駆の頬が更に色づいていた。
 ……言い過ぎたかもしれない。私の耳まで熱さが広がる。指の先まで燃えるように熱い。

「あはは……! すごい告白!」

 駆は楽しそうに笑って

「〝オトとキイの物語〟も最近のclearさんの投稿も今から読み直していい?」
「や、やめて! 恥ずかしいから……! でもさっきイルミネーションを見ながら考えた150文字を送ってもいい? 〝オトとキイの物語〟最後のピースをはめたい」
「うん。投稿しよう、俺たちの物語を」

 先程身体の中から湧き上がった150文字を入力して、駆に送る。


【光の粒が君に纏う。
 他の人も輝いているのに、どうして君だけカラフルに輝いているんだろう。
 君のことが好き。
 どの色も僕に教えてくれる。
 ほのかな恋のピンクも、眩しい黄色も、切ない水色も、燃える赤も。
 全部、君への想いにつながっていく。
 一斉点灯した鮮やかな色たちは、僕の初恋。】


 私の感情が、君に届く。
 駆は私から送られたメッセージを読むと、少しだけ口を緩ませて「照れる」とつぶやいた。

「これ何色の投稿にする?」
「白がいい」

 たくさんの色が、感情が合わさって、白になった。全ての色が重なって光る、ただひとつの白色に。

 駆がkeyの投稿画面に150文字を貼り付けて、背景を白に設定した。私たちは顔を見合わせて「せーの!」で投稿ボタンを押した。

「私やっぱりもう他のお話は書けないな」
「俺も」

 私の、私たちが色づかせた物語が羽ばたいていく、白い世界に。
 そして私たちの物語は明日からも続いていく、カラフルな世界で。