「……一曲だけ」
「一曲?」
「あぁ、VOICE、またやりたいなって。ただ、スタジオで合わせるだけでも」


 そういうと相馬さんが声を出した。

「いいよ、俺んとこ使って」
「本当ですか? ありがとうございます」



「俺、あれ以来ベース持ってないねんけど……でも、練習するわ」

「真菜ちゃん、僕のスケジュールは?」
「いやー、厳しいですー」
「空けてよ、ね」
「えええええ……分かりましたー」

「ふっ、楓雅に言われたら断れねーよな、なんか面白そう、俺も乗った……スタジオよりライブハウスで歌いたくない?」

 西山さんも乗り気になった。

「そりゃ、そうですけど」
「小さい箱、取るから。一夜限りの再結成したらどうだ?」
「俺、副業禁止なんでそれバレたらクビっすね」

 葛藤する心は苦悶する表情に出ている。

 陸はあれからボランティア活動で全国を周り、後に消防士となった。

「いやー、でもやりたい」

「金、取らなかったら副業にはならなくない? 一夜限りの復活は世間の注目を集める。そしたらVOICEはまた今の世代の若者たちが手に取る。そしたら無料ライブをやっても結果儲けが出るんだよなー」

「西山、いつからそんな打算的に……でも、頼もしくなったな、そのくらいの気持ちがなきゃこの世界やっていけねーよな」

 優しさを捨てきれず損得よりもアーティストの気持ちを優先しすぎて最後まで出来なかった相馬さんの意思を、西山さんが時には非情になりつつも強い気持ちで引き継いでいた。

「幸翔、仕事休める?」


 そう楓雅さんが聞くと幸翔さんは笑った。

 それを見て楓雅さんの口角も上がった。

 あの時いつも見ていたこの二人の悪戯な笑顔。いつも二人で楽しそうにコソコソと笑い合ってて、それをいつも空さんが、遠くから優しい目で見守っているんだ。

 三人は同じ歳なのに空さんが少しお兄さんみたいに見守ってる、その関係が好きだった。

 楓雅さんと幸翔さんのその顔を見た時、また、あの空さんの顔が見られるかと思って、空さんの方に視線をずらすと……やっぱり変わらない、あの穏やかな顔で二人を見て笑っていた。


「空もいいよね、僕のスケジュールが空くってことは空のスケジュールも空くって事なんだから」

 少し強引にそう言った。

 楓雅さんは知っている。楓雅さんは誰よりも相手の気持ちが分かる人。相手が嫌がっている時、こんなに強引に決めつけない。

 さっきの真菜さんに対してもそう。相手の答えが分かるから、敢えて「いいよね」って聞き方で答えやすいように誘導する。

「(あぁ)」


 その穏やかな笑顔にこの言葉以外は合わない。それがわかってたように楓雅さんはその言葉を聞いた瞬間、少し得意気に頬を緩めた。


「あとは、ましろ……」


 みんなの視線が一気に私に向けられて、私は少し緊張しながらゆっくりと、頷いた。


「よっしゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「でけーよ、声」
「いやぁぁぁ忙しくなりますね、ヤバいですね。大変ですー」


 大変だって言ってる割に真菜さんの顔はずっと笑っていて全然大変そうじゃなくて、楽しそうなのが見て取れた。

 それがとても嬉しかった。

 私だけじゃなくてみんなの気持ちが同じ方向をまた見られたことが何より、とても嬉しかった。


 西山さんはライブハウスを押さえてくれた。


 それはとても小さい箱だった。


 私は小さい箱が好き。聞いてくれる人との距離がゼロに近いから。

 後ろの人までちゃんと肉眼で見られるから。

 後ろの人までちゃんと肉声が届けられるから。

 きっと付き添いできた、そんな人がほとんどいないから。

 途中で座ってる人がいないから。

 反響する音が自分の中に戻ってくる時間が短いから。

 同じ音を聞いていられるから。



 そして、スポーツ紙の一面を飾った。


『レドブラ一夜限りの再結成!!』


  _あの伝説のバンド、レッドモンスターとブラックモンスターがなんと、一夜限りの再結成。
 消息が途絶えていたMashiroが奇跡の復活。名曲VOICEを歌う。
 表舞台から姿を消したSora、Yukito(共に元レッドモンスター)、Riku(元ブラックモンスター)も駆けつける。