「……おった」
見間違える訳がない、あの見慣れた後ろ姿。ずっと後ろで演奏してきたんだ。俺ら二人は誰よりもましろの後ろ姿を知っている。
いざとなると少し腰が引けてしまって、柄にもなく緊張している自分がいた。
ごくり、と唾を飲み込んで息を吸った。名前を呼ぶ準備は万端なのになかなか言葉が出てこない。
そんな俺に気付いたのか、隣にいた龍がゆっくりと口を開いた。
「……ましろ?」
いつも龍の声、デカくてよく通ってうるさいって言ってたよな。こんな静かな田舎道、まだ歌を歌ってはいない。お客さんもいない。
たった、一人、ましろが一人いるだけ。
なのに……なんで……
「聞こえてないんかな」
「あ、あぁ、ましろ?」
もう一歩近付いた。
ここまで来たら肩に手をつけることが出来る距離で、それでもましろが振り返ることはなかった……
「なぁ……」
ましろの肩に手を乗せようとした龍の手を取った。悲しそうにこちらを見る龍に俺は静かに首を振った。
やめよう。
これが……答えなんだよ。
ごめんな、ましろ、そりゃ迷惑だったよな。
「帰るぞ」
「でも」
まだ納得いかない、そんな顔の龍を引っ張ってでも連れて帰ろうと腕を掴んだ瞬間……
「あっ」
それは、見覚えのある女性、一瞬目が合った。
「美鈴ちゃんちゃう?」
そう龍が声を出すと美鈴ちゃんは表情を変えず視線をましろにやった。
しゃがんでましろに耳打ちするようにそっと告げた。
「ましろさん、私仕事で呼び出されちゃって……すみません。今日は」
その言葉を聞くとましろは
「あ、うん、ありがとね」
小さくか細い声でそう答えた。
こんな声、だったっけな……
そんなやり取りを見入っていたら美鈴ちゃんがスクッと立ち上がって
「あっちに」
まるでそう告げるように俺たちに目配せをした。
俺と龍は思わず目を見合わせた。うん、とお互い頷くとましろに見られないように美鈴ちゃんの後をついていった。
ましろの横を通り過ぎ、もういいだろう、そんな距離まで来た時、気付かれないように小さく振り返った。
あ、変わってない。ましろだ。
「ご無沙汰してます」
近くのカフェ店、コーヒーを注文すると俺は早速本題に入った。
「ねぇ、美鈴ちゃん、俺ら……迷惑だったのかな?」
そう言うと美鈴ちゃんは言いづらそうに少し言葉を詰まらせた。
「いえ」
そう言ったあと、美鈴ちゃんは一つ、一つ、言葉を選ぶように慎重に話し出した。
「会っていってください。きっとましろさん喜ぶはずです。いつも皆さんのお話しています」
「いや、さっき声掛けてんけどなぁ、無視されてん」
龍がそう言うと寂しそうにまた表情を歪ませた。
「聞こえてないんです」
「え?」
「無視したんじゃないです、聞こえてないんです」
「いや、結構近くから話しかけたで?」
「このくらいですか?」
そう言うと美鈴ちゃんは立ち上がり、龍の耳に触れるんじゃないかってほど顔を近付けた。
「あっ、いや」
思わず龍が慌てるほど、そんなパーソナルスペースの中まで美鈴ちゃんは近付いたんだ。
「背後からの場合、ここまでしないと聞こえませんよ」
そう言うと届いたコーヒー。
美鈴ちゃんはふーふーと冷まして両手の袖を引っ張ってカップを持ち上げ一口啜った。
「あの日」
そして話し出した、あの、消えた日の話を。
見間違える訳がない、あの見慣れた後ろ姿。ずっと後ろで演奏してきたんだ。俺ら二人は誰よりもましろの後ろ姿を知っている。
いざとなると少し腰が引けてしまって、柄にもなく緊張している自分がいた。
ごくり、と唾を飲み込んで息を吸った。名前を呼ぶ準備は万端なのになかなか言葉が出てこない。
そんな俺に気付いたのか、隣にいた龍がゆっくりと口を開いた。
「……ましろ?」
いつも龍の声、デカくてよく通ってうるさいって言ってたよな。こんな静かな田舎道、まだ歌を歌ってはいない。お客さんもいない。
たった、一人、ましろが一人いるだけ。
なのに……なんで……
「聞こえてないんかな」
「あ、あぁ、ましろ?」
もう一歩近付いた。
ここまで来たら肩に手をつけることが出来る距離で、それでもましろが振り返ることはなかった……
「なぁ……」
ましろの肩に手を乗せようとした龍の手を取った。悲しそうにこちらを見る龍に俺は静かに首を振った。
やめよう。
これが……答えなんだよ。
ごめんな、ましろ、そりゃ迷惑だったよな。
「帰るぞ」
「でも」
まだ納得いかない、そんな顔の龍を引っ張ってでも連れて帰ろうと腕を掴んだ瞬間……
「あっ」
それは、見覚えのある女性、一瞬目が合った。
「美鈴ちゃんちゃう?」
そう龍が声を出すと美鈴ちゃんは表情を変えず視線をましろにやった。
しゃがんでましろに耳打ちするようにそっと告げた。
「ましろさん、私仕事で呼び出されちゃって……すみません。今日は」
その言葉を聞くとましろは
「あ、うん、ありがとね」
小さくか細い声でそう答えた。
こんな声、だったっけな……
そんなやり取りを見入っていたら美鈴ちゃんがスクッと立ち上がって
「あっちに」
まるでそう告げるように俺たちに目配せをした。
俺と龍は思わず目を見合わせた。うん、とお互い頷くとましろに見られないように美鈴ちゃんの後をついていった。
ましろの横を通り過ぎ、もういいだろう、そんな距離まで来た時、気付かれないように小さく振り返った。
あ、変わってない。ましろだ。
「ご無沙汰してます」
近くのカフェ店、コーヒーを注文すると俺は早速本題に入った。
「ねぇ、美鈴ちゃん、俺ら……迷惑だったのかな?」
そう言うと美鈴ちゃんは言いづらそうに少し言葉を詰まらせた。
「いえ」
そう言ったあと、美鈴ちゃんは一つ、一つ、言葉を選ぶように慎重に話し出した。
「会っていってください。きっとましろさん喜ぶはずです。いつも皆さんのお話しています」
「いや、さっき声掛けてんけどなぁ、無視されてん」
龍がそう言うと寂しそうにまた表情を歪ませた。
「聞こえてないんです」
「え?」
「無視したんじゃないです、聞こえてないんです」
「いや、結構近くから話しかけたで?」
「このくらいですか?」
そう言うと美鈴ちゃんは立ち上がり、龍の耳に触れるんじゃないかってほど顔を近付けた。
「あっ、いや」
思わず龍が慌てるほど、そんなパーソナルスペースの中まで美鈴ちゃんは近付いたんだ。
「背後からの場合、ここまでしないと聞こえませんよ」
そう言うと届いたコーヒー。
美鈴ちゃんはふーふーと冷まして両手の袖を引っ張ってカップを持ち上げ一口啜った。
「あの日」
そして話し出した、あの、消えた日の話を。