仕事が終わって誰にも気付かれないように扉の前に立ってノックをした。

 中から扉が開いて、目が合うと腕が伸びてくる。吸い込まれるように中に入ると穏やかな笑顔。

「もう風呂入った?」
「はい」
「俺も」

 大好きって言葉じゃ足りなくて、一分でも多く会いたくて、感じたことの無い心臓の痛みは傷みではなくて、この苦しさは逃げ出せない苦痛ではなくて。


「明日のスケジュールなんですか?」
「アルバムのレコーディング」
「同じだー」


 愛おしくて愛おしくてたまらない、そんな苦しさ。


 ぎゅーっと抱きついたら受け止めてくれる。


「ましろ一曲書いたんだって?」

 私の両頬を空さんが少し膝を曲げて包み込む。

「はい……なんで知ってるんですかー、恥ずかしい」
「聞きたい、楽しみだな」

 そのまま唇が触れて、もっともっと恥ずかしくなる。


「顔、真っ赤だけど」
「恥ずかしい……」
「まだ俺に慣れないの?」
「慣れるわけないじゃないですかー」


 震える声でそう答えたら空さんはふっと笑った。


「かーわーい」


 そしてそう言ってまたキスをした。



 一世一代の大恋愛だったと思う。


 空さんの手をぎゅっと握りながら眠りにつくと、とても穏やかな気分になって落ち着く。

 たまにまだ眠れない時は自然に口ずさんでくれる空さんのメロディを聴きながら眠りに落ちた。


「私達、これからどうなるんでしょうね」

 ベッドの中でよく話をした。それは未来の話、今の話、そして過去の話。


「さぁな、今の人気が続くとは思えない、ただのブームだからな」
「空さんて絶対的に自信家な感じがするのに時々どこか客観的に自分のこと見てますよね」
「俺が一番だって言ってるのは、言ってればそうなれるかなっていう言霊だったりもする」
「言ってればいつか叶うってやつですね、本当に叶いましたね」
「いや、まだ……もっと上にいかなきゃ、もっと売れてー」
「もっと? これ以上? ゴール……あるんですか?」
「わっかんねー、俺さ、親父が作曲家なんだよ」
「え?」
「ミリオンガンガン出してるような作曲家でさ、まぁ、時代ってのもあったと思うよ。当時はミリオン連発してた時代だからさ、でも、そんな親父によく言われてたんだよ、お前は俺に勝てねーって」

 そこには空さんが抱えてるお父さんとの確執があった。