「……じゃあ、空さんにもCD渡してくるから」
「あぁ、歌詞、見とくよ」

 少し時間を置いて空さんの部屋の前に行き、ドアをノックした。空さんに話したいことが沢山あったから早く声が聞きたかった。


「……は……い」


 いる。……でも、寝てたのかな?

「あ、ましろです……」
「あぁ、んんっ」

名前を言うと咳払いをして扉を開けてくれた。

「寝てました? すみません」
「いや、起きてたよ」
「喉、また調子悪いんですか?」
「あぁ、大丈夫」
「待っててください、はちみつレモン、持ってきます」

 そう言って部屋に戻ろうとしたら空さんは私の右手を掴んだ。


「……え?」
「大丈夫、あるから」
「あ、そうですか? ……あ、デモ出来たので持ってきました」
「ありがとう」


「昨日……」

 そう言いかけて空さん喉の調子が悪いのに話したいことがたくさんあるからって引き止めちゃ悪いと思って

「なんでもないです、お大事に」

 そう言って帰ろうとしたら

「何、気になる」

 そう言ってまだ掴みっぱなしだった右手を突然引っ張るから体勢が崩れて、小さな衝撃と共に

「あ……」

 視界は真っ暗、目の前に空さんの胸。

 衝撃とともに一歩踏み出して入った扉の中。

 パタン、とドアが閉まったことを私の背後、小さく出た音で知った。

「あ、ははっ、すみません……よろけちゃった」

 慌てて明るく取り繕っても、うるさいくらいに速度を上げてく心臓が表情を固くする。

「あ、えーっと……言いかけてやめるのはダメですよね、あはっ、昨日、緊張解すためのセッション、ありがとうございました。あと、歌録りも、最初にしてくれたんですね、お陰でとても歌いやすかったです、ありがとうございました」

 目も合わせず一気に早口でそう捲したてた。


 返事が来なくて不安になってゆっくり顔を上げると、目が合って暴れる胸を……制御できない。

 入らないようにしていたパーソナルスペース、踏み込んだらもう戻れない。


 鼻の奥がツンと痛んで瞳の奥が揺れる。


 なんで……何も言ってくれないの。


「ねぇ、空さん」

 振り絞るように名前を呼ぶと

「……んー?」


 やっと声が聞けた。


「これ」


 そう言ってCDを指さした。


「届けるの……空さんと話す口実が出来てよかったって……」

 口から出るのはもう偽らない想い。

「ダメだ……」

 空さんの胸を拳を作りトン、トンと叩いた。

「戻れない……」


 そしてついに口にしてしまった。


「憧れじゃなくて………好きなのかもしれない」