「幸翔さんなんですけど」
「幸翔?」
「あ、はい、あの……辞めたり……しないですよね?」

 少しの沈黙がとてつもなく長く感じる。




「うん」




 良かった。




「今は、まだ……」
「え?」
「契約残ってるからさ」



「え、それって」


「音合わせ終わった?」

 
 聞こうとした時に龍が顔を出した。


「ん、あぁ俺らは一通り終わったよ」
「俺も楓雅さんと合わせたので後は録るだけです」
「ダブルドラムにダブルベースってどんな感じになるかワクワクするね」
「あぁ、音も喧嘩しあわないようにアレンジしてるから大丈夫だと思うけどな」

 そんな話をしていたら幸翔さんと陸も戻ってきた。

「お待たせー」
「お待たせしましたー、終わりました」


「じゃあ次はベースだね、行こっか」
「はい、行ってきまーす」

 基本的にバンドはリズム隊から作り上げてく。まず基盤のドラムがあって、その次ベース、その次メロディ隊が入る。

 私達の場合そのメロディ隊はギターとキーボード。その後にヴォーカルが入る。


「り……く」
「……あー、俺、見てこようかな、レコーディング」
「あ、なら俺も見てこよ」



 二人が出てった部屋の中。


「喧嘩でもしたの?」

 気付かれた二人の少しの隙間。

「いいえ、してないです」

 小さくかぶりを振った。

「そう?」

「陸を頼らなかったこと、それで少し歪みが出来てしまって……」
「そうか……やっぱりずっとやってきた仲間だし、頼ってもらえなかったのは悲しかったんじゃないかな?」
「そうですよね」


「ねぇ、空さん、キスってどんな意味があると思いますか?」
「えっ? キス??」
「はい、恋人同士以外のキスです」
「……したの?」



 小さく頷いた。



「拒めよ、って言われて……」
「拒まなかったの?」
「拒まなかったんじゃないです、拒めなかったんです、拒んだら嫌われる……じゃなくて、私が陸のこと嫌いって思われたら困るから。私は陸のこと好きなのに」



「その好きってどういう意味で?」





 情熱の赤に影の黒、太陽の赤に闇夜の黒。

 私達は真逆だ。だけど私達は似ている。

 その事にもっと早く気づけていればよかったのにね。

 気付けなかったのは、あまりにも……真逆だったから。