「ふざけんなよ」

 空の声が狭い会議室に響き渡る。

「時代、作りたいだろ?」

 相馬さんが冷静にそう諭す。

「俺はいいよ、メジャーにそんなに拘りないし、ドラム叩ければ何でもいいな」
「幸翔(ユキト)、お前のそういうところがおぼっちゃまなんだよ」


 空の虫の居所が悪い。それはデビューが遠のいたからだってのは火を見るより明らかだ。


「まぁまぁ、落ち着いて」


 そして、クッションになるのはいつだって僕だ。


「例のバンドのせい?」
「は? まさかあいつらが先にデビューするんじゃねーよな?」
「いや、まだ迷ってる、俺もさ、下手打てないんだよ、首かかってるから。不発に終わるアーティストデビューさせたら大損害だよ?」
「俺らは不発に終わんねーよ」
「そうだとは思ってるよ、お前らは時代を築く」
「そんなに凄いの? そっちのバンド」
「かなりやばいんですー。ボーカルは女の子なんですけど超歌上手いんですよ。ベースもどこか儚げなイケメンなんですけど、喋ると関西弁ていうギャップでアイドル人気間違いないって感じでーしかもー」

 突然興奮したように話し出したマネージャーの真菜ちゃん。
 相馬さんに言われて真菜ちゃんて呼ぶように言われてるけど実際この真菜ちゃんは僕達より随分歳上だと思う。化粧は流行り遅れのギャルメイクだし、何より今どき「超」なんて使う子いるかな?

 だけど悪くない人だって分かったから信頼してるよ。少なくとも、僕はね。

 人の良さが体から全面に漂っている。だけど親切心からいつもより饒舌になったのも今のこのタイミングはちょっとまずかったかな。


「は? しかもなんだよ?」


 空の口調がまた一つ強まった。


「あっ、あっ」

 高圧的な空の言葉にさっきまでの勢いはどこへやら、みるみるうちに萎んでしまった彼女に幸翔が優しく声をかけた。

「大丈夫だから、続き教えて?」
「あ、はい、ドラムがとにかくすごいんです。とにかくやばいっていうか、すごいんですー」
「お前日本語壊滅的だな……」
「あー、ごめんなさいですー」


 そこで相馬さんが補足をした。


「そう、そのドラムの奴が空、お前みたいな感じなんだよ、スター性とカリスマ性を兼ね備えてて、で、俺はね? お前らの方が売れるんじゃねーかなーって思ってんだけど、上に待ったをかけられたってわけ。慎重にいけよ、コケたらどうなるかわかってんだろーなって」
「圧力かけられたのね」
「俺、しがないサラリーマンだよ? こえーよ、だからちょっと待って、考えるから。お前らが他の誰にも追いつけない程の……最強のアーティストになる道を」
「最強のアーティストねー」
「僕も見てみたい、そっちのバンドの資料映像ないの?」
「あぁ、あるよ」

 開いてあったパソコンで彼らの演奏を見た。

 みんな声も出さずにただ見ていた三分半。 一曲が終わるのってこんなに短かったっけ?まだ少し荒削りな部分はあるけれど、「待った」をかけられた意味がなんとなく分かった。“オーラ”かな。彼らにはそれがある。

 引きつける“オーラ”が。