冷たい風が和らぎ春先頬をくすぐる少し温い風。
俺達はバンドを始めてデビューを目指した。
そしてそこから遡ることほんの二ヶ月くらい前の話……
***
「はぁ、今日もばり寒いな」
座って歌ってるのには厳しい季節、一月の中旬。
お正月ムードもとうに終わり皆、また普通の生活に戻る頃、俺も龍と弾き語りを再開した。
こんなに寒くても俺達が路上に出ればもうついてる固定のファンの子達が場を温めてくれる。
悴む手、寒さを吹き飛ばすように歌えばそこはまるで小さなライブハウス。
この感覚、好きだった。今でもまたやりたいなってたまに思うよ。
「あ、あの子もまたおるな」
「あぁ」
「なぁ、ずっと思っててんけど……あの子可愛いよな?」
「……はぁ? 余計なこと考えてないで早くギター出せよ」
その時はそんなこと言ったけど、俺も思ってたよ。
可愛い子だなって。
「なぁ、女性ボーカルってのも……悪くないよな」
「あの子? 声掛けるん?」
「……いやー、どう思う?」
「ええと思う。曲のバリエーションも増えるし、なんと言っても男二人より見栄えがええよな」
だけど最初は反発も多かった。
「いやー」
「女の子なんて入れないで」
だけど圧倒的な歌唱力、澄んだ歌声、その声が全部捩じ伏せたんだよ。
「あ、絡まれてる」
女の子一人で流しなんてやるから……
「ちょっとー可哀想」
「なにあのオヤジきもっ」
「ねぇ、助けてあげてよー」
最初に声を掛けるように言ってくれたのは実はファンの子だったんだよ。
いい子だろ?俺達のファン。
「陸」
「あぁ、行こうか」
「ねぇ、いいでしょ? もうみんないなくなったし歌ってても意味ないじゃん」
「いや、俺らが今から聞くから、連れてっちゃ困るよ」
「そうや、ね、歌って? 自分めっちゃ歌上手いな、いつもここで歌ってるやろ、俺らあっちで歌ってんねん」
「おじさん帰れー」
「帰れ帰れー」
「ありがとうございます」
「ううん、気を付けなね、あ、俺陸」
「俺、龍」
「あ、私はましろです」
「いつもいるよね、俺らもあっちにいるんだ」
「あ、知ってます」
「ねぇ、一曲ちょっとセッションしてみない?」
「えー、聞きたい!」
「聞きたい聞きたい」
「あ、はい」
「よっしゃ、なんの曲がええかな?」
コード表を渡すとましろは二、三回鍵盤を押して確認した後頷いた。
「大丈夫です、これにしますか?」
初めて歌ったのは「春一番」
そこから毎日のように三人で歌った。
元々俺らはそんなに頻繁にはやってなかったから俺達のファンの子は喜んじゃって毎日俺達の声聞けるのはましろのお陰だってましろに感謝してたな。
「こんばんは、こういう者なんですけど」
そんな矢先声を掛けられた。
「西山さん……レコード会社?」
「そう、レコード会社の人間なんだけど君達大きい箱で歌ってみる気ない?」
「え、大きい箱?」
「俺と一緒にデビュー目指してみないか?」
それは初めて歌ったあの歌と同じ春一番が吹く春の事だった。
「え、デビュー?」
「実は何回か見てたんだ、その透き通る声は惹き付けるものがあるよね。男の子二人もその圧倒的ビジュアルは武器になるよなー、それに最近歌ってる歌、オリジナル?」
「あー、そうです」
「あれ、バンドにアレンジしたらかなりいいと思うんだけど」
「バンド?」
「うん、女の子ボーカルのスリーピースバンド」
最初は別にデビュー目指して歌ってたわけじゃないし戸惑ったけどましろの目が輝いてたんだよ。
ずっと歌っていたいって言ってたよな。
ましろは子供の頃、親が離婚して、新しく来たオヤジさんのせいでかなり苦労してて、そんな時に現れた一筋の光に縋るような目をしてた。
叶えてあげたいって思ったんだよ。
「陸……手のタコ痛そう」
「んー? こんなの別になんてことねーよ」
「ドラムって体力いるねんなー、鍛えてるやろ」
「あぁ」
毎日毎日ドラムを叩いて、それでも上達しない。するわけなんてない。
たった数ヶ月で一人前になんてなれるわけない。だけど俺は毎日叩いた。
肉体改造もして出来ることはなんだってやった。
それもこれもましろに歌を歌って欲しかったから。
ドラムってもんは、ほら、一家の大黒柱みたいなもんだろ。
ましろの後ろでどっしり構えてましろが楽しく歌えるように基盤を作っていたかったんだ。
そして、夏が来て、秋が来て、また冬が来た……
「デビュー、出来るかなー?」
「どうだろ、で、さっきの契約ってなんだったの?」
「はぁ? だーかーらー、事務所に入る契約」
「あぁ、そうか」
「寒ーい」
その日は風が強くて、その年一番の寒波がやってきた日だった。
「なぁ」
「んー」
「デビュー、しような」
「うん!」
「よっしゃ、頑張ろな」
「それにしても寒そうやな、もっと温かい格好してきーや」
「あのね、龍。オシャレには我慢が必要なの」
「はぁ? そうなん? よーわからんな、女の子の事は」
その瞬間またぴゅうと強く風が吹いた。
「ひゃっ、さむー」
「ほら」
「んー?」
「絶対デビューするぞーー」
そう言って俺はましろを抱きしめた。だけどそれには理由が必要だったから、決意表明ってことで、ましろ越しの龍を掴まえて俺と龍二人で挟んでましろを思いっきり抱きしめた。
「あはははははっ、痛いよー」
その無防備に声を出して笑うのが好きだった。
「でも、温かい」
俺達はバンドを始めてデビューを目指した。
そしてそこから遡ることほんの二ヶ月くらい前の話……
***
「はぁ、今日もばり寒いな」
座って歌ってるのには厳しい季節、一月の中旬。
お正月ムードもとうに終わり皆、また普通の生活に戻る頃、俺も龍と弾き語りを再開した。
こんなに寒くても俺達が路上に出ればもうついてる固定のファンの子達が場を温めてくれる。
悴む手、寒さを吹き飛ばすように歌えばそこはまるで小さなライブハウス。
この感覚、好きだった。今でもまたやりたいなってたまに思うよ。
「あ、あの子もまたおるな」
「あぁ」
「なぁ、ずっと思っててんけど……あの子可愛いよな?」
「……はぁ? 余計なこと考えてないで早くギター出せよ」
その時はそんなこと言ったけど、俺も思ってたよ。
可愛い子だなって。
「なぁ、女性ボーカルってのも……悪くないよな」
「あの子? 声掛けるん?」
「……いやー、どう思う?」
「ええと思う。曲のバリエーションも増えるし、なんと言っても男二人より見栄えがええよな」
だけど最初は反発も多かった。
「いやー」
「女の子なんて入れないで」
だけど圧倒的な歌唱力、澄んだ歌声、その声が全部捩じ伏せたんだよ。
「あ、絡まれてる」
女の子一人で流しなんてやるから……
「ちょっとー可哀想」
「なにあのオヤジきもっ」
「ねぇ、助けてあげてよー」
最初に声を掛けるように言ってくれたのは実はファンの子だったんだよ。
いい子だろ?俺達のファン。
「陸」
「あぁ、行こうか」
「ねぇ、いいでしょ? もうみんないなくなったし歌ってても意味ないじゃん」
「いや、俺らが今から聞くから、連れてっちゃ困るよ」
「そうや、ね、歌って? 自分めっちゃ歌上手いな、いつもここで歌ってるやろ、俺らあっちで歌ってんねん」
「おじさん帰れー」
「帰れ帰れー」
「ありがとうございます」
「ううん、気を付けなね、あ、俺陸」
「俺、龍」
「あ、私はましろです」
「いつもいるよね、俺らもあっちにいるんだ」
「あ、知ってます」
「ねぇ、一曲ちょっとセッションしてみない?」
「えー、聞きたい!」
「聞きたい聞きたい」
「あ、はい」
「よっしゃ、なんの曲がええかな?」
コード表を渡すとましろは二、三回鍵盤を押して確認した後頷いた。
「大丈夫です、これにしますか?」
初めて歌ったのは「春一番」
そこから毎日のように三人で歌った。
元々俺らはそんなに頻繁にはやってなかったから俺達のファンの子は喜んじゃって毎日俺達の声聞けるのはましろのお陰だってましろに感謝してたな。
「こんばんは、こういう者なんですけど」
そんな矢先声を掛けられた。
「西山さん……レコード会社?」
「そう、レコード会社の人間なんだけど君達大きい箱で歌ってみる気ない?」
「え、大きい箱?」
「俺と一緒にデビュー目指してみないか?」
それは初めて歌ったあの歌と同じ春一番が吹く春の事だった。
「え、デビュー?」
「実は何回か見てたんだ、その透き通る声は惹き付けるものがあるよね。男の子二人もその圧倒的ビジュアルは武器になるよなー、それに最近歌ってる歌、オリジナル?」
「あー、そうです」
「あれ、バンドにアレンジしたらかなりいいと思うんだけど」
「バンド?」
「うん、女の子ボーカルのスリーピースバンド」
最初は別にデビュー目指して歌ってたわけじゃないし戸惑ったけどましろの目が輝いてたんだよ。
ずっと歌っていたいって言ってたよな。
ましろは子供の頃、親が離婚して、新しく来たオヤジさんのせいでかなり苦労してて、そんな時に現れた一筋の光に縋るような目をしてた。
叶えてあげたいって思ったんだよ。
「陸……手のタコ痛そう」
「んー? こんなの別になんてことねーよ」
「ドラムって体力いるねんなー、鍛えてるやろ」
「あぁ」
毎日毎日ドラムを叩いて、それでも上達しない。するわけなんてない。
たった数ヶ月で一人前になんてなれるわけない。だけど俺は毎日叩いた。
肉体改造もして出来ることはなんだってやった。
それもこれもましろに歌を歌って欲しかったから。
ドラムってもんは、ほら、一家の大黒柱みたいなもんだろ。
ましろの後ろでどっしり構えてましろが楽しく歌えるように基盤を作っていたかったんだ。
そして、夏が来て、秋が来て、また冬が来た……
「デビュー、出来るかなー?」
「どうだろ、で、さっきの契約ってなんだったの?」
「はぁ? だーかーらー、事務所に入る契約」
「あぁ、そうか」
「寒ーい」
その日は風が強くて、その年一番の寒波がやってきた日だった。
「なぁ」
「んー」
「デビュー、しような」
「うん!」
「よっしゃ、頑張ろな」
「それにしても寒そうやな、もっと温かい格好してきーや」
「あのね、龍。オシャレには我慢が必要なの」
「はぁ? そうなん? よーわからんな、女の子の事は」
その瞬間またぴゅうと強く風が吹いた。
「ひゃっ、さむー」
「ほら」
「んー?」
「絶対デビューするぞーー」
そう言って俺はましろを抱きしめた。だけどそれには理由が必要だったから、決意表明ってことで、ましろ越しの龍を掴まえて俺と龍二人で挟んでましろを思いっきり抱きしめた。
「あはははははっ、痛いよー」
その無防備に声を出して笑うのが好きだった。
「でも、温かい」