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「……ちゃん? ……ましろちゃん? ……ましろちゃん?」
「あ、立石さん、すみません」
「何ぼーっとしてなんか考え事?」
「いえ、ちょっと思い出してました。路上でまだ歌ってる頃、陸と龍と出会って西山さんに声をかけてもらった時のこと……」
「そう……あ、シャワー浴びてきたら?」
「……はい、あっ、あの、立石さん……約束……」
「約束は守るよ」
「ありがとうございます」


 陸、龍、こんな私を拾ってくれてありがとうね。二人がいなかったら私は今でも歌を歌えていたのか分からないよ。

 お母さんが再婚した頃から家に居場所がなくて歌だけが私の全てだった。十八になる時家を飛び出して、そこからバイトを掛け持ちした。

 だけどいつまでも歌ばっか歌ってなんかいられないって分かってた。

 所詮夢は夢で、夢は金食いだから、見れば見るほど窮屈になる。

 あの時声掛けてもらえなかったら私は生きるために生きてたのかな。ただ毎日生きるために生きて、死んだように生きてたんだろうね。

 西山さんも声を掛けてくれて私の人生は一気に色がついたんだよ。


 快晴の青は希望の色。
 黒を身をまとい覚悟を決める。


「お待たせしました」
「おいで……」





「え? CMが決まった?」

 会議室一室に陸の声が響き渡った。

「そうなんだよ、しかもこれ、ビール」
「確か、ビールと車と家のCMはめっちゃええんよな」
「なにそれ、そんなのあるの?」
「あったような……なかったような……」
「なんだよそれ……まぁ、でもそうだよ、なかなか貰えるCMじゃないよ」
「ほーら、当たっとるやないか」



「そろそろセカンドシングル発売だし、その後アルバム制作に入って」
「はい」


「今夜ましろのとこ引っ越しだから、もう陸も龍も完了してるから」
「あ、はい」
「バレないように夜中のうちにしよう」
「はい、あ、あの、西山さん、私これからちょっと買い物したいんで帰りは一人で大丈夫です」
「そうか、じゃあまた夜連絡する」
「はい」

 西山さんと別れてタクシーを捕まえようと事務所から出ようとした時、会議室前で会話しているスタッフの方の声が聞こえてきた。


「ブラモンビールのCMだってー」
「すげー」

 さっきの話がもう社内中噂になってるのか……

「売上でちょっと置かれてたけど、ブラモン一気に捲るな」
「捲るって?」
「追い上げるってこと、レドモンが決まってたCMブラモンが取ったらしいよ」


 え、なに?


「えー、マジで?」
「じゃなきゃハタチそこそこでビールのCMなんて貰えるわけねーだろ」
「確かに……あいつらいくつだっけ? 二十一とかか」
「それにましろ、枕やってるみたいだよ」
「マジで?!?!」


 うそ……


 外に出ようとしたけど慌てて踵を返し走り出した。


「相馬さん!」
「あれ、帰ったんじゃなかったの?」
「どうした?」

 まだ西山さんも残ってる。

「さっきのCM……元々レドモンに来ていたCMだったんですか?」

「……あぁ、その話か」
「なに? そうなの?」

 西山さんは知らなかったようだ。

「んー、俺もよく分かんないんだけど、急にスポンサーの人がそう言ってきたんだよ、元々レドモンに来てたのは本当だよ」


 私のせいだ……どうしよう。

「なぁ、この話が出たからついでに聞くけど……ましろ、枕なんてやってねーよな?」
「は? なんだよ枕って」
「いや単なる噂だよ、やってる訳ないと思うけどさ、俺も突然CMブラモンにって言われておかしいなって思ったんだよ」

 言葉に詰まった。慌てる西山さんの顔を見ることが出来ず俯いた。

「嘘だろ? ましろ?」
「ごめんなさい」
「えー? なんで?」


 声のボリュームが上がる西山さん。


 それに反して


「………誰と?」


 相馬さんは聞いたこともない低い声を出した。