引越しの準備とドームのリハーサルを並行し、数日後、ついにドーム当日を迎えた。

 控え室は各々のスタイルで過ごしていた。

 部屋に用意されていた数種類の雑誌、ファンション誌や週刊誌やゲーム誌まで、それをパラパラと捲る龍。

 机に突っ伏して眠ってるのかな?動かない陸。

 ストレッチを始める空さん、スティックを取り出して机を叩く幸翔さん。


 ……楓雅さんは見当たらない。


 どこ行ったんだろ……


 ドテッと言う音が静かな室内に響き渡った。

 ゆらゆらと椅子を揺らして雑誌を捲っていた龍が……椅子から落ちた。


「はっ、朝?」

 その音で目覚める陸。

「ちょっと龍大丈夫?」

 慌てて駆け寄るとバッと立ち上がった。

「これなんや」

 そして手に持ってた雑誌を私に見せてきた。


「なに? どうした?」

その声に空さんも駆け寄ってきて 、見ると「え……」という声を漏らした。
 
 それは……紛れもなく水着姿の私が表紙の雑誌だった。

「なにこれ」
「なに、こんな仕事してるの?」

 カーッと顔が赤くなってその雑誌を奪って部屋を飛び出した。


 よりによってみんなに見られてしまうなんて……恥ずかしすぎて顔から火が出そう。

 慌ててトイレに駆け込んで鏡に映った自分を見た。

 ふぅ、と一呼吸。パンっと両手で頬を弾いて気合をいれた。

 もう時間がない、本番はもうすぐなんだから。

 よし、私なら大丈夫!いける。自分に言い聞かせるようにそう言ってトイレを後にした。

 戻り際、男子トイレの前を通ると、嘔吐いてるようなそんな声、おえ、おえっと苦しそうで思わず入口から声を掛けた。

「すみません、どうかされましたか?」

 声に気付かないのか、返事が出来ないほどなのか嘔吐く声はなくならず

「入りますよ?」

 他に人がいないことを確認して一歩、中に踏み出した。

 その瞬間後ろから腕を掴まれて、振り向くと幸翔さんだった。

「ましろちゃん、もうすぐ始まるよ、ほら、行って」
「あ、はい、あの、誰か体調崩してるみたいで」
「俺が見るから大丈夫」
「あ、お願いします」

 男子トイレから出ると、壁にもたれている空さんの姿が。

「早く、始まるぞ」
「あ、はい」

 急かされるように腕を取られて連れてかれたけどそれでもなんとなく気になって後ろを振り返った。

「楓雅だから」
「え? 今の楓雅さん? 大丈夫なんですか?」
「いつものことだから」
「いつもあんなことになってるんですか?」
「あいつは人一倍プレッシャーを感じやすいんだよ」
「ステージ上ではあんなに堂々と輝いてるのに」
「プロだからな、あいつは」

 本番三分前、ステージ裏で待っていた私達の元に幸翔さんと楓雅さんが小走りでやってきた。

「ごめんごめん、お待たせ」

 チラッと楓雅さんの顔を見たらその視線に気づいたのか風雅さんもこっちを見て目が合った。

「ちょっと時間間違えてて……ごめんね」

 そしてそういつもの笑顔で言った。



 今日は六人の手を重ねた。


「西山さんも」
「ん、あぁ」

「ほら、お前も」
「えーいいんですかー?」


「東京ドーム二days初日、最高のパフォーマンスを届けるぞ」

「おー」

「まぁ、とにかく…………楽しむぞーーーーーー!」

「おーーーーーー!!!!!!」


 空さんが気合を入れてくれて、みんなのスイッチが入った。


「喉大丈夫?」
「あぁ、問題ねーよ」

「楓雅さん……」
「……ん?」
「楽しみましょうね!」
「うん、もちろん!」

 やっぱりいつもの楓雅さんと何も変わらない。 穏やかで可愛らしい楓雅さんがそこにはいた。

 心の叫びや体の悲鳴、何もかも音楽に乗せてぶつけよう。

 きっと伝わるはずだ。

 届くはずだ。



 会場の照明が落ちると一瞬の歓声。


 すぐに静まりみんなの緊張が伝わってくる。


 暗闇の中、立ち位置についた。

 まだ私達が出てきた事に気付かない会場、煽るようにコールが始まった。

 みんな声を枯らすほどコールをしてる。


「レドモン! レドモン! レドモン!」
「ブラモン! ブラモン! ブラモン!」



 競い合うようにその声が少しずつ大きくなる。



「キャーーーーーーーーーーー」



 照明が照らされると、一気に会場のボルテージが上がる。


「やばい、みんないる」
「動いてる」


「お前ら盛り上がれるかー!!!!」


 空さんが煽るとそれに応えるように会場の歓声が上がった。