「ですから今月の予定はもう埋まっておりますので来月以降でお願いします。……ええ、はい」
忙しない話声に私はうとうとしていた意識を浮上させる。
随分イライラしている声だ。付き合いが長いとよく分かる。
ひとつ伸びをして、肩を鳴らす。
完全に眠ってしまうと声が掠れてしまうから、本番前の仮眠は浅い眠りを心掛けている。
早朝からのリハーサルは色々揉めたがようやく終わり、夕方からの本番に備えて少しでも体力を温存しなければならない。
喉を守るためのマスクをずらして、私は苛立つ声の主に話しかける。
「どうしたの土井ちゃん?」
「聞いてよ凛夏、雑誌の取材ねじ込んで来ようとしたから怒っちゃった! 全国ツアー中だって分かってんのかな!?」
相変わらずぷりぷり怒る土井ちゃんに苦笑して、一口水を飲む。
喉の調子は悪くない。
ツアーで酷使している自覚はあるが、毎日のケアでなんとかなっている。
他の仕事を控えてくれるマネージャーのおかげだ。
「スケジュールは敏腕マネージャー様にお任せします」
「そうやって丸投げするんだからもー!」
そう言って土井ちゃんはグレーのビジネススーツの内ポケットから手帳を取り出してちゃきちゃきとメモを始める。