目の前に現れた自分とそっくりな姿をした存在に、美琴は得体の知れない恐ろしさを感じた。


「瞳の色まで同じに作れるのにな。欠けているものがあるせいで、これは話すこともできない人形だ。なにが欠けているかわかるかい?」

 答えの出ない美琴をトウヤは面白がるように眺めた。


「痣だよ。莉乃に現れたのと同じ朱色の印。姿形は似せられても、痣は偽物には現れない。あれは特別な力を秘めた印だ。そして今も莉乃の中で魂と身体を繋ぎ止めている。肉体の腐敗もなく美しいままに。───ねぇ、あの印は君のどこにあるのかな?」


 トウヤの手が美琴の頬に触れた。


「まだあいつにも誰にも触らせてないんだろ?」


 美琴は嫌悪感からその手を振り払うように強く顔を背けた。


「反抗しても無駄さ。僕にはわかるよ、君の身体はまだ無垢だ」


 トウヤの手が頬を離れ、指先が胸元の衣へ伸びた。


「………へぇ。泣き叫ばないのかい?」


 真っ直ぐに怒りの眼を向けてきた美琴に、トウヤは少し驚いた表情を見せた。

「強がっていられるのも今のうちだ。衣服を全て剝ぎ取られても平気でいられる?」


 トウヤの指先から黒い靄のようなものが現れ、それが美琴の衣に触れた途端、ちりちりとまるで焦げたような穴をあけた。


「君が印の場所を言わなければ衣服が穴だらけになる。僕は楽しいからそれでもいいけれどね。さて、次は大胆に背中を丸出しにしてやろうか」

 ビクン、と美琴が身体を震わせたそのときだった。


「───ヤ……。トウヤ……」

 薄暗い部屋の奥からその声は聞こえた。


「……そこにいるの?」


 とてもか細い女性の声だった。

 トウヤは美琴に向けていた手を下ろすと背を向けて声のする方へ進んだ。


 目を凝らせば奥には寝台があり、誰かが身体を起こそうとしていた。

 淡く輝いて揺れる銀髪の中に混ざる黒い色。


(あの人は…… !)


 薄明かりの中に見えたのは墓地で見た亡霊───莉乃だった。

 けれどあのときのような妖艶さはなく儚げな面差しをしていた。


「莉乃、起きてはダメだ。寝ていないと」


 トウヤの声に莉乃は弱々しく首を振る。


「眠りたくないの。眠れば怖い夢を見るから」


「大丈夫、僕が傍に居る。夢の中でも僕が守るよ。悪夢なんて追い払ってやる。だから安心して休むんだ。莉乃、もうすぐ薬が手に入るからね」


「お薬?」


「そうだよ。莉乃が元気になる薬だ。たくさん歩いたり走ったりできるようになるんだ。そしたらもっと明るくてお日さまが照らす場所へ行こう。莉乃の好きな花がたくさん咲いてるところへも行けるよ」


「お花が……。行きたいわ、とても」


「ああ。だからそれまでよく休まないとね」


 莉乃は再び横になった。

 眠りについたのを見届けると、トウヤは莉乃から離れた。


「莉乃が持つ痣の力が弱まっている」

 美琴に近付きながらトウヤは言った。

「だが君が薬になることで莉乃は元に戻るだろう。髪の毛一本にさえ霊気を含むんだ。ならば君の朱印から流れ出る血はもっと強い霊薬になるはず。莉乃はもちろん、僕にとってもそれは力となる。無垢な乙女の血肉から得られる力は絶大だからな」

 狂気に満ちた表情でトウヤは美琴の前に立った。


「服を溶かしながら印をゆっくりと探すのも悪くないが。君とそっくりなこの人形を囮に、あいつをここへおびき寄せ、あいつの前で君を辱めた方がきっと愉しい」


 トウヤは美琴の姿をした傀儡を腕の中へ引き寄せた。

 辺りから瘴気を含んだ(もや)が立ち込め、二人を包む。

 そしてあっという間に美琴の前から二人の姿は消え失せた。


 美琴はどうにかして自由になれないものかと縛られた身体を捩った。

 少しでも縄が緩くなればいいのだが。けれどそれは動けば動くほど美琴の身体を締め付け、痛みと苦しさを与えた。


(ここから逃げなければ)


 そして囮を使ったトウヤの罠を紫珱に伝えることができたら。

 ───ああ、でも。どうやって……。

 捕えられ、何もできない自分が嫌になる。


(紫珱さまの力になりたい。たとえ手足が千切れようとも……)


「───おやめなさい。それ以上動いたら、痛みで気を失ってしまう」


 その声に、美琴はハッと顔を上げた。


 目を凝らさなければ見えなかった部屋の奥に、ぼんやりとした明かりが灯る。


 寝台の上で身体を起こした莉乃が真っ直ぐに美琴を見つめていた。


「縄には妖術がかけられているから。簡単には解けないわ」


 それはトウヤに呼びかけていたときとは違う、驚くほど凛とした声だった。