翌日、夜中まで床で寝転けていたせいで凝り固まった体を解しながら登校する。覚えていないけれど、ブランケット一枚では寒かったようで、朝目が覚めたらきちんと自室の布団で眠っていた。

教室には疎らに人がいて、窓際のわたしの前の席の住人はまだ来ていない。連絡先は知っているけれど、今朝は何も送らなかった。

自分の席に座り、まだピキリと張ったままの肩を揺さぶり指圧していると、背後から伸びてきた手がぐっと肩を押す。


「肩こりですか、月深さん」
「あー……そこ、そこもっと」
「ここ? なに、変な寝方でもしたの?」
「朝起きたら全身が軋んでた」
「ブリキか」


からかうように笑いながら、丁度いい力の加減で肩や背中を揉んでくれる友人に顔だけを振り向く。


「千夏さんや」
「なんだい、月深さんや」
「オプションで課題を見せてもらったり、なんてのはない?」
「それはね、タダじゃ難しいかなあ」


ケチとぼやくと間髪入れずに、文句ある? と凄まれる。

今日に限って数学と現代文の課題が出ていたことを忘れていた。ワークや書き取りは朝早く目が覚めて終わらせたけれど、数学だけは手付かずで鞄に入っている。


「ジュース一本でどうでしょうか」
「いや、別にいいよ。はい」


提示した対価はあっさりと跳ね除けられて、即座に数学のノートを渡された。おしまい、と肩を最後に軽く叩かれて、早く写しなよと去っていった千夏には、後できちんとお礼をすることにして急いで課題を書き写す。

一限が始まる間際に写し終えた課題は、答え合わせが見事に回ってきて当てられた。数学教師は出席番号と日付を紐づけて指名したがるけれど、どうせ20人にも満たないこの教室では大抵の人が当たるし二周することだってある。


風太は、来なかった。

空っぽの前席を見つめて、それから、窓の外を見遣る。ここから桟橋は見えない。見えたところで、風太は昨日と同じ場所にはいないだろう。

青い空と、ちぎれた白い雲。凪いだ海。

小さな海町。わたしの生きる、せかい。


お弁当の中身になりそうなものは冷蔵庫にいくつかあったけれど、今朝は課題に追われて用意する時間がなかった。購買のパンを調達し、そのまま食べる場所を探す。教室には戻らず、空き教室のある棟の日当たりのいい一室で海を眺めながら食べた。携帯には何の連絡も来ていない。どこにいる? と風太に一言聞こうと思ったけれど、やめた。


予鈴を合図に教室に戻る途中、廊下を歩いていた千夏と合流。


「どこでお昼ご飯食べてたの?」
「空き教室。もしかして待ってた?」
「ううん、戻ってこないと思ったし。それよりさ、来てるよ」
「え?」
「十時。さっきちょうど来て、教室にいるよ」


それを聞いて、持っていた財布を落としそうになる。教室まで数十メートル。歩いたってそう変わらないのに、小走りに。開けっ放しのドアから風太の後ろ姿を見つけた。頬杖をついて、外の景色を見ている。


「相変わらず、痛々しいね」


追いついた千夏が小さく、そう呟いた。一瞬呼吸の波が止まったような感覚に陥るけれど、千夏に他意がないことはわかっていた。

痛々しい、その言葉が出てくるのも無理はなかった。風太の顔の左側には怪我の跡がある。皮膚の盛り上がりや赤み、ケロイドとなった傷は首筋に伸びて、制服で隠れた部分にも至る。