冬休み中は、ほとんど家で過ごしていた。大掃除や年始の準備の手伝いをしていたら、あっという間に日が経つ。一度だけ千夏と隣町へ遊びに行った。そのときに買ったモッズコートを着て出かけるのはもっぱら夕方の神社に行くとき。神社の清掃を手伝う日もあった。この時期には、小さな神社にもしめ飾りと上りが掲げられる。


大晦日に関係なく、おばあちゃんは二十一時過ぎには眠ってしまった。わたしは自室で千夏と通話を繋げている。


「初詣は行く?」
「行きたいけど、多いよね。学校が始まってから帰りに寄ろうかな」
「それなら、私も一緒に行くよ。一週目は部活休みだし」


この町で初詣に人が集まるような大きな神社は一箇所しかない。一日どころか三箇日、人でごった返すことは分かりきっていた。

明日の朝に家の近くの神社にはお参りをするけれど、小さな神社だし千夏の家からは離れている。ここまで呼ぶのも忍びなくて、始業式のあとに約束を取り付けた。

携帯に表示された時間が日付を超えるまで一分を切る。居住まいを正して、通話の向こうの千夏とカウントダウンを始めた。


「3、2……」
「1、あけましておめでとう、千夏」
「あけましておめでとう。いい年にしようね」
「そうだね、さしあたっては、三年も同じクラスがいいな」


新年を迎え、千夏は親戚が集まっているからと電話を切った。ひんやりとした廊下に出る。おばあちゃんが起きてくる気配はない。マグカップを片付け、他の友人やクラスメイトのメッセージに一通り返信を終えてから、布団に入る。


そのまま眠りについていた。明け方に目が覚める。寒さとは別に、何かの音に起こされたような気がする。上下にひっついた瞼を引き剥がし、薄闇の中で携帯を手に取る。わたしが眠ったあとにいくつか来ていた返信やメッセージの上に、真新しい通知が一件。


【初日の出】


新年の挨拶はなく、短い四文字とともに水平線の向こうから顔を出した朝日の写真。薄い雲に覆い重なるように伸びた、太陽が引き連れたオレンジ。海の上に一筋伸びた道は真っ直ぐに写真の縁にぶつかっていた。


この景色を風太は今見ているのだろう。カーテンを開けたところで、家からは木々の隙間に小さく揺れる海が見えるだけだ。足元と首をしっかりと防寒し、コートを羽織る。

居てもたってもいられず、自室から外に飛び出した。分厚い靴下はサンダルに合わず、何度も脱げそうになる。外に出たあとで、携帯も忘れてきたことに気付いた。

行くから待っていてと一言も入れず、海岸沿いを走れば見つかるだろうって安直な考え。自分の吐いた白い息をまといながら、水平線から飛び立とうとする太陽を見やる。

まだ目を覚ます前の町を駆け回る。案外簡単に、人影を捉えた。


「風太」


姿が見えて遠くから呼びかけると、びく、と背中が跳ねる。そのまま振り向いて、何度か首を振るとわたしの姿を見つけて瞠目する。


「来ると思わなかった」
「ね、今びっくりしてたよね」
「するだろ、突然呼ばれたら。来るなら来るって言えよ」
「携帯忘れてきちゃった」
「そんなに急いでこなくても太陽は逃げない」


いつかの桟橋に座って、風太は海を見ていた。

わたしもその横に座って、赤く燃える太陽を見つめる。


「風太」
「うん?」
「風太がいてくれてよかった」


一緒に見たくて、飛び出してきた。太陽は逃げなくても、風太とすれ違いになる可能性は十分にあった。まだここに留まっていてくれてよかったと胸を撫で下ろしながら、ようやく落ち着いた呼吸と共に伝える。

波の打ち付ける音が耳に心地よくて目を閉じていた。風太が何も言わないことを不思議に思い、目を開けて横を向く。


「なに、そのかお」


風太は顔を真っ赤にしていた。唇を引き結んでは何か言いたげに薄く開いて、白い息だけを残して口を噤む。


「いや、なんか、勘違いしそうになって」
「なに、勘違いって。何考えたの?」
「……月深、おれに、会いに来たのかなって」


いつもハキハキと喋る風太にしては歯切れが悪い。さっきそう伝えたではないかと眉を潜めてしまうけれど、先の発言を思い出すといくつか言葉が足りなかったようにも思う。


「風太と見たかったから来たんだよ」


風太がここにいなかったら、風太を見つけられなかったら、わたしが飛び出してきた意味はない。綺麗な初日の出を見る、という体験はできたのかもしれないけれど、そんなのは二の次だ。


「そ、そうか。なら、いいんだけど。寒いし、おれなんか買ってこようか、そこの自販機。月深は何がいい?」
「ココアがいいな」
「わかった、待ってて」


口元を手で覆って、風太は早口に言うとささっと走って自動販売機へ。戻ってきたときにはいつもの調子に戻っていた。お互いに言葉少なに飲み物を飲み終えたあと、近隣の人が家の外に出てくるのを察知し、どちらからともなく帰ろうかと言って立ち上がる。


「あ」
「え?」
「あけましておめでとう」
「え、そうだ。忘れてた。あけましておめでとう、今年もよろしくお願いします」


抜けてた、と笑う風太に、喉の奥がじんと痺れるような感覚。年が明けていちばんに会えるとは思わなかった。ここに来てよかった。短い時間だったけれど、この日のことをずっと忘れないだろうなと思った。