(私……なにしてるんだろう……)

 昔は基紀に恋愛相談をしていた。
 そのときは楽しかった。顔を見られるだけで嬉しくて、彼が笑ってくれたらもっと嬉しくて。
 隼人と二人で会う機会はそう多くなかったけれど、隼人への恋心を語っていると、あっという間に時間が過ぎていく。
 基紀と希美と三人で遊ぶことも珍しくなかったから、長々とおしゃべりに興じていたものだ。二人は飽きずに千花の話を聞いてくれて、親友のように思っていた。
 そんな基紀にも、隼人との結婚生活が破綻しているとは言えなかった。
 基紀は優しい。きっと自分と隼人の間で板挟みにあって困るだろうから。

(まだ……まだわからない。隼人とちゃんと話さなきゃ)

 千花は冷やしたワインをテーブルに置いて、グラスを用意した。時刻は二十三時を過ぎた。もうそろそろ帰ってくるだろう。
 テーブルセッティングは完璧だ。料理もケーキも用意した。あとは彼が帰ってくるのを待つだけ。
 千花はしんとした室内で、ただテーブルの上のワインを眺めていた。

 その日、隼人が帰ってきたのは深夜一時を過ぎた頃だった。
 ソファーで眠ってしまった千花は、物音に気づきのろのろを身体を起こした。

「隼人……? おかえりなさい……」
「あぁ。今日、誰か来たのか?」

 テーブルに置いてあるワインを見て、隼人が言った。

「あ、それね、基紀お兄ちゃんが持ってきてくれたの」
「……へぇ、兄貴が」

 基紀の名前を出すと、隼人の声がさらに低くなる。

「もう遅い時間だけど、飲む? 話もあるし。ほら、今日……」

 結婚記念日でしょう。そう言いかけた千花の言葉を隼人が遮った。

「いやいい、もう寝る。明日も早い」
「あ……そっか」

 隼人の前でため息をつかないようにこらえる。
 けれど、落胆は抑えられなかった。
 なにが悪かったのかと考えない日はない。
 涙が滲み、手の甲でぐいと拭うが、彼はこちらを見てもいなかった。
 彼がこちらを向いてくれる日はこないのだと諦めてしまった方がいい。
 それなのに過去の懐かしくも優しい思い出が、千花に諦めることを許してくれない。もう少しだけ、そう期待するのをやめられなかった。
 隼人のことが大好きで、結婚できたことが嬉しくて、幼馴染みの延長のようなものだとしても仲のいい夫婦になれると、結婚式したときは疑いもしなかったのに。

(私の、なにが悪かったんだろう……)