千花は浮き立つ気持ちを抑えて、玄関に急いだ。
誰かも確認せずにドアを開けて、そこに立っていた基紀に驚く。
「やっほ。来ちゃった」
「基紀お兄ちゃん! どうしたの!? あ、とりあえず入って入って!」
基紀に会うのは久しぶりだ。
彼は、隼人と千花が結婚したあとに、希美と籍を入れて紫藤家を出ていった。
当主補佐として紫藤の仕事は手伝うらしいが、当主でもない自分が本邸に住むのはおかしいからとマンション住まいをしている。
紫藤家とは離れて暮らしたいと希美も望んでいたようだった。
「隼人は帰ってくるのが遅いんだろう? 千花が寂しがってるんじゃないかと思って」
「うん、紫藤家が事業を手広くやっているのは知ってたけど、ここまで隼人が忙しくなるとは思わなかったよ。今日は希美ちゃんは?」
「あ~ちょっと体調が悪くてね……」
「え、もしかして」
千花が聞くと、基紀は照れたように頬をかきながら頷いた。その顔は幸せに満ちていて、おめでとうと思う気持ちはたしかにあるのに、それ以上に羨ましいと思ってしまう。
「実はさ、希美は妊娠しにくいって言われてたんだよね」
「そうなの?」
「だから、紫藤家当主の妻になれば、彼女を追い詰めてしまうかもしれないと思ったんだ。ほら、うちはさ、どうしても跡継ぎを求められるだろう?」
「……あぁ、そうだよね」
だから基紀は当主の座を隼人に譲ったのかと理解する。同時に、そこまで大事に想われる希美が羨ましかった。
「おめでとう。希美ちゃんにも伝えてくれる?」
「ありがとう。もちろんだよ、生まれたら会いに来て」
「うん、楽しみにしてるね」
千花は頬を引き攣らせないように、精一杯の笑みを浮かべた。
実は千花は、結婚してからただの一度も隼人とそういった関係になっていない。
まだ結婚して一年だから誰にもなにも言われずに済んでいるが、二年、三年と経てば、そろそろどうかとプレッシャーがかけられるのは目に見えている。
(隼人は、どうしたいんだろう)
今の状況では妊娠などとても考えられない。
幼馴染みだった頃よりも隼人が遠い。普通に話すことすら敵わない。
結婚式のときに千花に向けて笑みを向けてくれたのは、仲睦まじいフリだったらしいと知るのに時間はかからなかった。
千花と一緒に本邸に顔を出す用事があるとき、彼は結婚式の日のように千花に微笑みかける。その顔を見るのが最近では苦痛になってきた。
笑ってはいるが、彼の目の奧は冷え切っていると、気づいてしまったから。
「千花? どうかした?」
「あ、ううん。なんでもない!」
「俺はそろそろ帰るよ。これよかったら二人で飲んで。今日は結婚記念日だろう? ケーキは千花が用意してると思ったから。ワインにした」
「うわ、ありがとう! いただくね。希美ちゃんによろしくね。体調に気をつけてって伝えて」
「わかった。じゃあ、行くね」
ワインを受け取り、基紀を見送る。
なんだか気持ちが落ち込み、千花は玄関先でずるずると座り込んだ。
基紀も希美も大好きなのに、二人の幸せを素直に祝えない。愛し愛される二人が羨ましくてたまらない。どうして自分たちはそうなれないのかと考えてしまう。
誰かも確認せずにドアを開けて、そこに立っていた基紀に驚く。
「やっほ。来ちゃった」
「基紀お兄ちゃん! どうしたの!? あ、とりあえず入って入って!」
基紀に会うのは久しぶりだ。
彼は、隼人と千花が結婚したあとに、希美と籍を入れて紫藤家を出ていった。
当主補佐として紫藤の仕事は手伝うらしいが、当主でもない自分が本邸に住むのはおかしいからとマンション住まいをしている。
紫藤家とは離れて暮らしたいと希美も望んでいたようだった。
「隼人は帰ってくるのが遅いんだろう? 千花が寂しがってるんじゃないかと思って」
「うん、紫藤家が事業を手広くやっているのは知ってたけど、ここまで隼人が忙しくなるとは思わなかったよ。今日は希美ちゃんは?」
「あ~ちょっと体調が悪くてね……」
「え、もしかして」
千花が聞くと、基紀は照れたように頬をかきながら頷いた。その顔は幸せに満ちていて、おめでとうと思う気持ちはたしかにあるのに、それ以上に羨ましいと思ってしまう。
「実はさ、希美は妊娠しにくいって言われてたんだよね」
「そうなの?」
「だから、紫藤家当主の妻になれば、彼女を追い詰めてしまうかもしれないと思ったんだ。ほら、うちはさ、どうしても跡継ぎを求められるだろう?」
「……あぁ、そうだよね」
だから基紀は当主の座を隼人に譲ったのかと理解する。同時に、そこまで大事に想われる希美が羨ましかった。
「おめでとう。希美ちゃんにも伝えてくれる?」
「ありがとう。もちろんだよ、生まれたら会いに来て」
「うん、楽しみにしてるね」
千花は頬を引き攣らせないように、精一杯の笑みを浮かべた。
実は千花は、結婚してからただの一度も隼人とそういった関係になっていない。
まだ結婚して一年だから誰にもなにも言われずに済んでいるが、二年、三年と経てば、そろそろどうかとプレッシャーがかけられるのは目に見えている。
(隼人は、どうしたいんだろう)
今の状況では妊娠などとても考えられない。
幼馴染みだった頃よりも隼人が遠い。普通に話すことすら敵わない。
結婚式のときに千花に向けて笑みを向けてくれたのは、仲睦まじいフリだったらしいと知るのに時間はかからなかった。
千花と一緒に本邸に顔を出す用事があるとき、彼は結婚式の日のように千花に微笑みかける。その顔を見るのが最近では苦痛になってきた。
笑ってはいるが、彼の目の奧は冷え切っていると、気づいてしまったから。
「千花? どうかした?」
「あ、ううん。なんでもない!」
「俺はそろそろ帰るよ。これよかったら二人で飲んで。今日は結婚記念日だろう? ケーキは千花が用意してると思ったから。ワインにした」
「うわ、ありがとう! いただくね。希美ちゃんによろしくね。体調に気をつけてって伝えて」
「わかった。じゃあ、行くね」
ワインを受け取り、基紀を見送る。
なんだか気持ちが落ち込み、千花は玄関先でずるずると座り込んだ。
基紀も希美も大好きなのに、二人の幸せを素直に祝えない。愛し愛される二人が羨ましくてたまらない。どうして自分たちはそうなれないのかと考えてしまう。