「本当にいいのね、千花」

 母は真剣な目で、千花に確認をする。
 自分が承諾すれば、隼人との結婚が決まる。まさか、こんな幸運があるなんて。千花は神様ありがとう、と祈りながら、平静を保ちつつ答えた。

「うん、いいよ」
「わかったわ。じゃあ、紫藤さんにそう伝える」


 後日、結納のために、千花は久しぶりに紫藤家を訪れた。
 立派な門を潜った先にあったのは、とても個人の邸宅とは思えないほどの壮大な建物である。
 一面に芝生が広がり、木で造ったオブジェがそこかしこに置かれている。
 庭の中央には大きな噴水があり、無駄に広い。幼い頃はこの庭でよく鬼ごっこをしていたものだ。

 紫藤家はこの国に多大な影響を及ぼす一族である。
 情報通信に物作りから流通、銀行、不動産、アパレルなど、どの業界のトップにも紫藤の名前がある。
 政治にも深い関わりがあり、紫藤が関わると経済が大きく動くとまで言われているくらい国内のどの業界にも名を連ねているのだ。
 だから本来ならば千花のような一般庶民が、関われるような一族ではない。

 しばらく歩くと、二階建ての横に広い木造住宅の中央にエントランスが見えてくる。
 チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開けられる。ホテルのような両開きドアの先には、年配の女性が立っており、千花に向けて深々とお辞儀をした。

「いらっしゃいませ、千花さん」
「こんにちは。お邪魔します」

 リビングで待っていると、基紀が顔を出した。

「千花」
「基紀お兄ちゃん!」

 千花が先に一人でここに来たのは基紀に呼びだされていたからだ。両親はあとで合流することになっている。

「久しぶりだね」

 基紀は柔和な顔立ちをしており、笑うとえくぼができる。彼が怒ったところなど見たことがない。
 彼はいつだって優しく、千花はそんな基紀を兄のように慕っていた。なんなら千花が隼人に片思いしていることを、基紀と希美だけは知っていた。
 二人は、隼人が結婚に了承すれば、自分たちの妹になるねと冗談でよく言っていた。
 隼人は親に決められた結婚なんて冗談じゃない、と幼い頃から言っていたから、それは絶望的だったのだが。

(なんで隼人はOKしたんだろう?)

「千花、聞いたよ。隼人と結婚するんだって。おめでとう」
「ふふ、ありがと。ね、基紀お兄ちゃんと希美ちゃんも結婚するんでしょう? おめでとう! ようやくね」
「あぁ、ありがとう」
「そういえば、なんか用事があったの?」

 千花が聞くと、基紀はポケットの中からなにかの袋を取りだした。

「そうそう、結納の前にこれを渡そうと思って呼んだんだ」
「なにこれ?」
「プレゼント」

 隼人に手のひらサイズの紙袋を渡される。特に包装もされていないところが、特別なプレゼントという感じがせず、基紀らしい。
 二人はどこかにデートに行くたびに、千花にお土産を買ってきてくれる。このタイミングなのは、結婚のお祝いを兼ねているのだろう。