終章


　一度死んで、二度目の人生を生きるきっかけを神様から与えられた。
　だが、千花は今、非常に困惑していた。

　結婚記念日の翌日。
　隼人は有休消化だと言って仕事を休むと、朝からキッチンに立った。

「え、待って。卵は電子レンジに入れちゃだめ！」
「なんでだ？」
「爆発するって、子どもでも知ってるでしょ！」
「俺は知らん。なぁ千花、目玉焼きの作り方を教えてくれ」

　どうして急に料理をしようと思ったのか。
　おそらくだが、隼人なりの一度目の千花への償いなのだろう。しかし、包丁一つ握ったことのない紫藤家のお坊ちゃまが急に料理なんて無理がある。
　結果、千花も一緒になってキッチンに立つ羽目になり、ハラハラしながら隼人が卵を割るのを見つめているのだった。

　案の定、彼の手の中でぐちゃっと潰れた卵が無残な形でフライパンに流れていった。
　自分のために頑張ってくれているとわかるからなにも言えないが、心の中で自分がやった方が速いのに、と思っていた。

「あ、殻が入った」
「箸で取れば大丈夫だから。もう一個の卵も割っちゃって」
「わかった」

　もう一つの卵は綺麗に割れて、それを見た隼人が〝褒めて〟と言うように目を輝かせてこちらを見た。

「よかったね」
「あぁ、よかった」

　隼人は、千花が冷凍庫にストックしているスープを取って、電子レンジの前で千花に助けを求めるように振り返った。

「これ、何分温めればいい？」
「三分くらいかな。もしまだ冷たかったから十秒くらいずつ、追加で温めればいいよ」
「わかった」

　隼人に食べていい、と言ったのに冷凍スープのストックが減ってなかったのは、もしかしたら温め方がわからなかっただけなのかもしれない。
　スープを皿に移し、焼けたパンと冷え切った目玉焼きと作り置きしているサラダを皿に盛りつけ、テーブルに運ぶ。
　綺麗に焼けた目玉焼きが千花の前に置かれているのを見て、たったそれだけのことが嬉しかった。